第55話 美しき狂気・前編

『――第二十一回エルスニア聖闘祭……決勝戦ッッ!! いよいよこれが最後の試合ッ! いよいよこれが最終決戦ッ! 数多の勇猛な戦士たちが頂点を競う戦いの祭典ッ! ついに雌雄を決する刻がやってきたのでえすッッッ!!!』


 実況解説のダーネット・ヨハンは今日一番のハイテンションで叫ぶ。それに呼応するかのように観客たちも熱狂の渦に飲み込まれていた。


『それでは決勝戦進出を果たした栄えある選手二名をご紹介致しますッ!!! 北東の方角ッ! 魔法戦士の冒険者ッ! カズキ・マキシマッッッ!!』


 歓声がゲリラ豪雨のようにドッと降りしきる。エルスニア地方最大の武術大会の決勝戦だけあって、一回戦目とは比べ物にならないほどの熱量だ。だが俺はそれらには目もくれず、ただ一点だけを見ていた。


『ライアン・ボナハルト様の代理という鳴り物入りで参戦したものの、パッとしない経歴の彼でしたが、これまでの試合でその前評判をいい意味で裏切り続けてくれましたッ! そしてついにはシンハン寺院の総元締めであるリー老師すら下し、ここまで上り詰めてきたのですッッ!!』


 そう、ただ一点。武舞台の反対側に立った“彼女”の姿を。


『南西の方角ッ! 変幻自在の武具使いッ! リンファ・メイルッッッ!!』


 リンファの名が出ると、再び歓声が上がる。しかしながら、それらの中には不満や怒号も含まれていた。彼女の必要以上に相手を痛めつける戦い方は支持を得難く、そして誰もが活躍を望んでいたクザ・トリガーをあえなく惨敗させたのだ。いくら実力があるといっても、もはや完全にヒールの扱いだ。


『対戦相手を甚振り蹂躙する、残酷で怖ろしい方ですがッ! 何より怖ろしいのは、槍、ナイフ、フレイル、ハンマー、そして素手ッ! あらゆる武器を使いこなし、そしてあらゆる武器を自在に召喚できるというインチキじみた戦法ッッ!!』


 観客の熱意と悪意がドロドロに混ざったものを一身に受けてもなお、彼女はそれらを意に介さず、長槍を携え不遜な表情でこちらを見つめ返していた。


『四大元素の魔法とエンチャント剣術が織りなす無限の戦術ッッ! ありとあらゆる武術と武器召喚が繰り広げる無限の戦術ッッ! 無限と無限ッ!! 果てが無くッ! あまりに未知ッ! もはやこの戦いの行く末はッ! 一体全体どうなってしまうのでしょうかッッッ!?!?』


 臨戦態勢で合図を待つ。

 試合開始を目前にして会場のボルテージが高まりを見せるなか、その熱気とは裏腹に俺とリンファは静かに睨み合い、永遠にも思える時間が流れていた。


――ジャアアン!!


 最後の銅鑼の音色が力強く反響する。

 刹那、戦いの火蓋が切って落とされた――


「――ウインドカッター!」


 開幕早々、牽制としてウインドカッターを放った。

 高速回転する風の刃がリンファの元へ飛来する。彼女はそれを事も無げに躱すと、持っていた長槍を投擲してきた。


「なッ!?」


 まさかいきなり最初の得物を投擲武器として使ってくるとは思わなかった。面を食らい反応が少々遅れたものの、どうにか見切る。

 しかし彼女は即座に二つの魔法陣を展開して弓と矢筒を取り出し、追撃するかのように弦を振り絞る。そして目にも留まらぬ早業で三本の矢を連続で放った。


「――ウォーターフォール!」


 呪文詠唱とともに床から水柱がせり上がる。三本の矢は水柱を抜けることなく勢いを失い、絡め取られた。ウォーターフォールは地属性のトーチカのような防御系統の魔法だ。物理防御力では一段劣るものの、トーチカと違い半透明なので視認性に優れるという利点がある。それはつまり、相手の位置を確認し、“防御からの反撃へ転じやすい”ということでもある。


「――カタラクトッ!」


 両手の先に意識を集中し、ウォーターフォール越しに水の中級攻撃魔法を発動する。

 直後、掌から怒濤のごとく大奔流が顕現した。それはウォーターフォールを取り込んで大きく成長し、扇状に広がりながらリンファの元に迫っていった。


『初っ端から遠距離攻撃の応酬ッ!! しかし! ここでカズキ選手! 水の中級攻撃魔法、カタラクトで大攻勢に出たぁああッ!!』

「防御魔法を再利用し、攻撃魔法の威力を増大を図るとは……。考えたわね」


 全てを飲み込む大洪水を目の前にしながらも、リンファは冷静に振る舞う。


「――でも」


 すると彼女は二回戦で戦ったゴッゾが使っていたような巨大な盾を召喚して構える。そしてそのまま大奔流に押し流されることなく、真正面から受け切ってしまった。


 やがて洪水が収まると、リンファは得意げに笑った。


「結局、防御すればいいだけの話。発想は悪くないけど詰めが甘いわね」

「――果たしてそうかな?」


 俺はスカーレットを抜刀して濡れた床に突き立てる。そしてすかさず、風属性の魔力を迸らせた。


「――ライトニングストライク!」

『あああ!? なんとカズキ選手のエンチャント剣から雷が発生してますッ! これはまさかッ!?』


 呪文を詠唱した途端、刀身に青白い電撃が奔り、カタラクトの余波で濡れた床一面へと瞬く間に伝搬していった。盾で防いだとはいえリンファの足元まで浸水している。このまま感電し気絶させることができれば勝ったも同然だ。


(水魔法はあくまで布石。これが本命!)


 しかしながら、あと少しで電撃が直撃するというところで彼女は大きく跳躍し、空中に作り出した魔法陣から垂れてきた鎖を掴んでぶら下がった。


「なっ!?」

『しかしリンファ選手! 空中への退避で華麗にやり過ごしましたッ!!』


 ゆらゆらと揺れる鎖に身を委ねながら、リンファは余裕綽々といった表情でこちらを見下ろす。そうこうしているうちに床一面に広がっていた水がカラリと蒸発してしまった。あれらは普通の水分ではなく、あくまで魔法現象の残滓に過ぎないので即座に気化してしまうのだ。


「……やはり“詰めが甘い”」

「完全に決まったと思ったのに……!」

「作戦自体は悪くないわ。けど、悠長に呪文詠唱してればイヤでも狙いが分かる」


 そう言ってリンファは安全になった武舞台上へ優雅に降り立つ。彼女の言うとおり、たしかに呪文詠唱の猶予はあるにはある。しかし、だからといって詠唱時間はせいぜい1、2秒程度だ。その僅かな時間に雷系の風属性魔法と判断し、かつ伝搬の到達スピードよりも速く跳躍するなんて、普通の人間の処理能力ではない。

 ――やはりリンファは只者ではない。

 彼女の実力の高さを改めて思い知らされ、冷や汗をかいた。


(……ダメだ。ロングレンジ戦闘じゃ埒が明かない。徒に魔力の浪費するだけだ)


 水と電気のコンボで感電を狙う作戦があっさり破られてしまった以上、遠距離で戦っていては何も有効打になり得ないだろう。また彼女にはどれだけの魔力量があり、さらに召喚魔法一回ごとにどれだけのコストが掛かるのかは分からないが、こちらの方が先に息切れを起こす可能性は充分にある。


「――やはり接近戦しかないか」


 俺はスカーレットを構え、姿勢を低くする。遠距離で決め手に欠けるなら、対応猶予がシビアなショートレンジで勝機を見出すしかない。


「あら。せっかく攻撃魔法で遠くから安全に戦えるのに?」

「……魔法と近接。その両方を時と場合によって臨機応変に切り替えるのが“魔法戦士”だからな」

「ふーん? ……なら、お手並み拝見といきましょうか?」


 言い終わるや否や、俺とリンファは同時に駆け出した。


『両選手! ここで遠距離戦をやめて、互いに一気に距離を詰めましたァッ!!』



「カズキのやつ、なんでわざわざ接近戦を仕掛けに行くんだ!? せっかく攻撃魔法があるのに!」


 走り出したカズキを見たクレアンは思わず声を上げる。彼の言うことは尤もだとばかりにアンナも首を傾げた。


「確かにリンファ選手は投擲や射撃武器も使える。距離が離れているからといって必ずしも有利なわけじゃない。だとしても、高い身体能力を持ち、あらゆる武器を即時用意できる彼女と接近戦で戦うのは危険過ぎるよ……。だのにどうして?」

「……カズキさんに何か考えがあるからではないでしょうか」


 アンナの疑問に対し、エミリィが答える。


「考えって?」

「それが何かまでは分かりません。……ですが、少なくとも遠距離から攻撃魔法を撃っているだけでは決め手に欠ける。そう判断したのかもしれません」

「ふむ。たしかに攻撃魔法は消費魔力が高いしのう」

「……それだけじゃないさね」


 関心した風のムッシュに、モルモネは深刻そうに言う。


「今しがた気付いたんだが、リンファが使ってるあの武器召喚。無機物を使役するという形式なのが厄介なんだよ。召喚魔法は対象の動物や魔物を召喚する際にも魔力を消費するが、さらにその顕現の維持費もかかる。だが無機物の召喚は例外的に維持費を必要としないのさ」

「え? それってつまり……」

「――コスパがいいんだよ。だからもしあのまま遠距離で撃ち合っていたら、間違いなくカズキの方が先にバテていた。結果としてアイツの判断は正しかったのさ」

「しかしよ。アイツはさっき『作戦はある』って言ってた。けど、さっきの水魔法と電撃のヤツがそうだったんじゃねぇか? だとしたら、今のカズキは無策で破れかぶれに突っ込んでるっつうことになるんじゃ」


 クザの言葉に誰もが言葉を失うなか、ただひとりムッシュだけが呑気に呟いた。


「ほほ、そうでもないかもしれんぞ?」

「? どういうことだ? 爺さん」

「カズキくんにはまだ“隠しているもの”がある。なんとなくそんな気がするんじゃ。彼はそれを今使おうとしているんじゃないかの?」

「隠し玉……ですか?」


 エミリィの問いかけに、ムッシュはこくりと首肯する。


「ま、あくまでワシの勘じゃがの~」

「いやいや、根拠なしかよ!」

「――本当にそうかもしれない」

 

 アンナの神妙な言葉に、全員の注目を集める。


「カズキのあの表情を見て。とても自棄になっている人の顔には見えないよ。芯の通った戦いをする人の表情をしてる――」

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