第54話 最後の闘い

「――リンファがああなってしまったのは全て儂のせいだ。時を重ねるごとに膨れ上がってしまった強大な力を扱いこなすには、あの子の心は繊細過ぎた。あの子は自らの力に飲み込まれてしまったのだ。儂は誰よりも彼女の傍にいながら、正しく教導してやることが出来なかった。今の自らの力に溺れたあの子には、おそらく誰の声も響かない。だが、あの子を聖闘祭で打ち負かし、力を持ってして認めさせることができれば、あるいは声が届くかもしれない。あの頃のリンファの心を取り戻してやれるかもしれない。それが武術家として、そして親代わりとして儂にできる唯一の贖罪であり、責任なのだ」

「……それが、今まで頑なに聖闘祭に関わろうとはしなかった貴方が、参戦した理由だったんですね」


 リーは重々しく頷いた。


「儂は……まだあの子の中に『優しかった頃のリンファ』が生きていると信じているのだ。愛する娘を苦しみから解き放ってやりたかった」


 そう言って、彼は俺に頭を下げる。


「君と闘い、対話したことで確信した。カズキよ。君ならば、あの子を救ってやれるかもしれない。この哀れな老人の代わりに、リンファ・メイルに……あの子に勝ってくれ。そしてどうか……あの子を救ってやってくれまいか? どうか……頼む……!」


 縋るように言うリーに、優しく語りかけた。


「……俺は彼女のことをよく知りません。彼女が抱える哀しみを……いやそもそも彼女が本当に苦しんでいるのかも、今の俺には判別できかねます。そして例え俺が彼女に勝利し、諭すことができたとしても。それが本当の意味でリンファ・メイルの救いとなるのかも分からない。ですから約束はできません」


 けど、と俺は続けた。


「勝利するというのは、“それまで散っていた全ての敗者の無念や想い”を継いで進んでいくということでもあります。俺は貴方の想いをしかと受け止めました」

「カズキ……」

「俺は必ず勝利してみせます。リーさんに頼まれたからだけじゃない」


 この聖闘祭を優勝するという目標のために、俺は色んな人に色んなものを託されてきた。

 出場権を譲ってくれたライアン様、修行に付き合ってくれたアンナ、アドバイスをくれたエミリィさんとモルモネさん、俺を応援してくれるクレアン様とムッシュさん、今まで戦った選手たち、そして決勝戦で相まみえることを誓い合ったクザさん。それら全てを背負いながら、ここまで来たのだ。


「すまない……ありがとう……」


 リーは再び頭を深く下げた。偏屈で頑固そうなこの武術の達人が、若輩者に頭を下げるほど必死になっていた。彼にとってリンファはそれだけ大事な人なのだろう。

 ――負けられない理由がまた一つできた。今一度、拳を強く握りしめるのだった。



 決勝戦が始まるまで時間の問題だろうと思い、観客席には戻らずスタッフの指示に従って北東の選手控え室で待機することにした。椅子に腰掛け深呼吸をして精神を落ち着かせながら、リンファの今までの試合を振り返る。

 一回戦目のフルールとの試合。髪飾りに偽装した小型投げナイフでフルールを怯ませ、その隙を突いて彼女を磔にして甚振った。アンナの介入もあったりしたが、フルールの戦意喪失による判定勝利という結果となった。しかしながら、リー老師から聞いた話から照合すると、リンファは彼と出逢ったときの出来事に端を発する“報復の精神”をポリシーにしているフシがある。だからフルールが挑発に対してああまで過剰に反撃したのかもしれない。

 二回戦目はガルダのときもそうだった。ただ勝ちに行くのなら、ガルダの正中線に拳を打ち込んで怯ませた時点でネックレスを狙えば、それで終わっていたはずだ。だが彼女はそうしなかった。わざわざ相手の得物を奪い、意味もなく急所を貫き、悶絶する様を見ていた。ガルダもまたリンファを侮辱するような態度を取っていたから、そうしたのだろう。もしかしたら彼女のその“精神性”が攻略のカギとなるかもしれない

 

「……とはいえ。どうしたもんかなぁ」


 深々と溜息をつく。リーさんに大見得を切ったはいいものの、正直なところリンファと戦って勝てるビジョンがまるで見えない。おそらくリーさんを凌駕するであろう天性の武術センスもそうだが、なんといってもあの武器召喚が厄介過ぎるのだ。

 詠唱もなしにあらゆる武器を瞬時に調達してくる上、何を持ってくるかは彼女にしか分からず、事前に察知するのが難しい。いやそもそも、一体何種類の武器をいくつ持っているのかすら、こちらは全く知らないのだ。クザさんとの試合で出したものを警戒するのは可能だが、それは当然向こうも把握している。未知の武器で想定もしない使い方で不意をつかれたらひとたまりもない。

 徐々に思考の風向きが怪しくなってきたときだった。控え室のドアがコツコツ、と小刻みに叩かれる音が反響する。


「……? どなたですか?」


 ノックされるばかりで、誰かが部屋に入ってくる気配が一向にない。奇妙に思った俺はおそるおそるドアを開けてみることにした。


「――のわっ!?」


 ドアの隙間から何かが飛び出してきて思わず声を上げる。それはバサバサと羽音を立てながら部屋の中にあるベッドの上に降り立った。


「フクロウ……? なんでこんなところに――」

『やっほー、聴こえてるかーい? 驚かして悪いねー』


 突然、聞き覚えのある声がフクロウから響いてきて、俺は目を丸くした。


「え? モネさん?」

『お、よかった。ちゃんと聴こえてるようだね。ソイツはただの使い魔さ。で、遠音魔法も併用して会話できるようにしてるってわけさ』

「……なるほど? でもどうして」


 俺が疑問を返すと、フクロウから別の声が聞こえてくる。


『それはカズキが心配だったからだよ~!』

「あれ、今度はアンナの声?」

『……とまぁ、こんな風に私だけじゃなく、ここにいる全員の声も拾えるのさ』


 つまり、今この使い魔を通して観客席にいる皆と会話していることになるのだろうか。


『試合が終わったあと、リー選手と控え室に向かいましたよね? いつまで経っても観客席に戻ってくる気配が無かったもので、てっきり何かトラブルに巻き込まれたのかと……。それでこっそり様子を見ようということになったのですよ』


 今度はエミリィさんの声が聞こえる。


「あー、そうですよね……。あの状況、たしかに傍から見たら何かあったと考えるのが普通か……」


 彼と一緒に控え室に行った理由、そして彼から聞かされたリンファの過去の話のあらましを簡潔に説明する。


『……そういうことだったんですね』

『何故彼が今になって聖闘祭に参加したのかずっと疑問だったが。全ては己の大切な人の為を想っての行動だったというわけか。まさか奴がそのような情に厚い男だったとはな』


 リー老師の真意がよほど意外に思えたのか、クレアン様は驚きを隠せない様子だ。


『人は見かけによらぬもの。ってやつかね?』

「そうですかね? 結構見た目通りの人だと思います」

『え?』

「彼の試合のときの姿で分かります。姿勢の良さ、顔つき、立ち振舞い、そして洗練された技。荒々しいけれど、透き通っていて実直な人。彼の話を聞いたあとでも、その印象に違いは無かった」

 

 確かに一見頑固で朴訥な人だが、彼の実直さは闘うなかでありありと感じ取れた。そしてリンファを想う気持ちの温かさも本物だった。


『よぉ。とりあえずは決勝戦進出おめでとう。ってとこかな?』

「! クザさんっ! もう大丈夫なんですね!」


 医務室で休んでいたはずの彼の声が聴こえ、喜びが湧き上がる。


『――すまねぇ、カズキ。約束……守れなかった』

「そんな……いいんです。確かにめっちゃ悔しいですけど……。でも、だからこそ俺は貴方の分まで勝ちたいんです』

『……カズキ』

「リンファは間違いなく強敵です。どうか、彼女と戦って感じたこととか、なにかあれば教えてくれませんか?」

『ああ、わかったぜ! ……そうだな』


  彼は少し考えてから言った。


『たしかにヤツはあらゆる武器を使いこなし、好きなタイミングで手軽に召喚できる。しかしな、いきなりどこからともなくパッと現れるわけじゃねぇ。召喚する際にはまず魔法陣が発生し、そこから取り出している』

「そうか! つまり魔法陣が現れるかどうかに気を配れば、事前に身構えることができるということですね?」

『そういうこった。つっても実際に出てくるまでどんな武器かは分からねぇし、召喚魔法にばかり気を取られて足を掬われれば本末転倒だ。あくまでそういう“予備動作”があるということだけ認知していれば良いと思うぜ』

「なるほど……、ありがとうございます!」


 クザさんの助言を胸に刻み、俺は改めて気持ち奮い立たせる。


『あまり試合前に言うべきではないのかもしれませんが……。なにか勝算はあるのですか? カズキさん』


 エミリィさんは心配そうに言う。普段なら具体的な攻略法の一つや二つ提案するところであろうが、さしもの彼女もお手上げといったところなのであろう。


「正直な話、正攻法では到底叶わない相手だと思います。一応作戦はありますが、実際の試合でどこまで活かせられるかどうか……」


 そこまで言って、「でも」と区切る。


「――それでも。俺は……勝ちます」

『うんうん! その意気さね』

『頑張って! カズキ!』

『ええ……きっとカズキさんなら……』

『お兄様の名誉の為にも、むしろ勝ってもらわないと困るんだからな』

『俺の分まで頼むぜ!』

「みんな……」


 思い思いの声援に暖かい気持ちになる。それらに報いるためにも、絶対に負けられない。


「……カズキ選手! そろそろ準備をお願いします」


 ドアの向こうからスタッフの声がする。どうやら時間が来てしまったようだ。俺はフクロウの使い魔に「行ってきます」とひと言伝えると、控え室を後にするのだった。

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