第51話 風が唸る・前編

『――長らくお待たせしました! ただいまより準決勝戦! 第二試合始まりますッッッ!! まずは北東の方角ッ!! 魔法! 剣撃! エンチャント! 変幻自在な戦術!! 予測不可能の魔法戦士!! 冒険者、カズキ・マキシマッッッ!!』


 ダーネット女史の紹介とともに沸き立つ声援を一身に受けながら、武舞台に足を踏み入れた。

 期待、羨望、尊敬、あるいは敵意。これまで以上にあらゆる人々の混濁した感情が向けられる。そのことをしっかり自覚し緊張感を憶える。しかし、今の自分はそれらとは比べることも甚だしい、もっと“大事なもの”を預かっている。緊張している場合などない。そう考えると手の震えがすっと収まった。


『対して! 南西の方角ッ!! 武術の達人か!? はたまた魔術師か!? 二回戦で恐るべき謎の高速移動技を披露し、相手を瞬殺してしまった最強の老人ッ!! シンハン寺院老師、リー・ナムッッッ!!』


 反対側から老人の姿が現れる。

 一見枯れたように見える彼の顔つき、しかしその深い皺の奥にある細い双眸から鋭い光を放っている。それを認めてしまったとき、全身の肌が粟立つ感覚が襲った。

 

(……今からこの人と戦うんだ)


 彼の今までの戦いぶりを思い出す。決して生半可な相手ではないのは明白だ。

 俺の最終目標はクザ兄貴を下したリンファ・メイルを決勝戦で打ち破り、優勝すること。しかしながら、あのリーも彼女とは勝るとも劣らない強敵なのは間違いない。


『ダークホースとダークホース!! かたやCランク冒険者と馬鹿にしていたら、びっくり箱ッ! かたや御老体と侮っていたら、圧倒的武力ッ! そんな我々の予測を裏切り続けた二人がついにぶつかりますッ!! この試合の行方、もはやこの会場の誰にも予想がつきませんッッ!!』


 会場のボルテージがピークを迎える。

 だが銅鑼の音の準備が整えば、少しずつ沈静化していった。


「……」

「……」


 スカーレットを抜刀して合図を待ちわびる。リーの方はというと、一回戦、二回戦の時とは違い、構えらしい構えを取っていた。


(……ここに来て、彼もギアを上げてきたってわけか)


 例の移動技の分析も済んだ。対策も考えた。

 あとはなるようになる。いや、なるようになんとかする。ただそれだけだ。


「――!」


 銅鑼が鳴る。

 戦いが始まった。


「――ハッッ!!」


 相手の出方を伺う思考に移った、その瞬間だった。

 リー老師は気合の一声とともに掌を前に突き出す。


――ヒュンッッ!


 一筋の陣風が大気を切り裂きながら差し迫った。

 いわば“空気で出来たライフル弾”とでも言うべきものだった。

 ソレが真っ直ぐ自分の首を狙っていた。


「っ!!」


 俺は脊髄反射的にスカーレットに“火属性”の魔力を送り、防いだ。

 刃を纏う燃え盛る炎が、風のライフル弾を掻き消す。風の魔力で練り上げられたものであれば火には無力。当然の結果だ。


『え、ええええ!? なんだ今のは!? リー選、手初っ端いきなり何かを手から放ちました! ですが、カズキ選手はそれを何とか防いだ模様、なのでしょうか!?』


 一瞬の出来事だった。が、少しずつ実感する。かなりの危機を脱したのだと――


「あ、あぶねぇ……」


 心臓がバクバクする。咄嗟の対応としては本当に上出来だった。尤も、リーの高速移動技が風属性に由来するものであること。そしてそこから“風系を得意とする”という先入観をもとに、咄嗟に“火属性で対処する”という行動に繋がったのだ。

 もしも事前に予測を立てていなければ、今の技で瞬殺されていたかもしれない。


「……く、く……くくく」

「……?」


 初見殺しの一撃をいなされ、唖然としていたリーだったが、ふいに肩を震わせた。


「――ガーッハッハッハッハッハッハ!!! あーっはっはっはっは!!!」


 口を開けっぴろげて大笑いする。

 今まで寡黙な態度を貫いていた彼の豹変ぶりに、今度は俺の方が唖然とする番だった。会場中にもどよめきが奔る。


「……何がおかしいんスか?」

「く、くく……。いやはや、申し訳なかった。若人よ」


 リーは次第に落ち着きを取り戻しながら、謝罪の言葉を述べる。初めてまともに聴く彼の声は、年相応に嗄れながらも低く、威厳に満ちていた。


「よもや、未だかつて防がれたことの無かった儂の烈風拳(れっぷうけん)を。初見でこうも見破られ、完璧に対処されるとは夢にも思わなんだ。しかも君のような二十そこいらの青二才が、だ。まさに青天の霹靂。あまりの痛快ぶりに、年甲斐もなく気持ちが茹だってしまったのだよ」

「烈風拳……さっきの“風の攻撃魔法”のことですね」

「ほう? なるほど、そうか。そういうことか。……どうやら儂は“手の内を明かし過ぎた”ようだ。だがそれも致し方あるまい。二回戦の相手はそうでもしないと少々危うかったからな」

「では、答え合わせということでよろしいんですね? 貴方の高速移動の技も“風魔法の一種”だと?」

「ああ、そうだとも。疾風脚(しっぷうきゃく)は風の魔法だ。嘘はつかんよ。今更誤魔化しも効くまい」


 リー老人は驚くほどあっさりと答える。よほどの自信があるのだろうか?


「ひとつ聞いていいですか? リー老師」

「言ってみなさい」

「さも当然のように無詠唱で魔法を使っていますが……、一体どれほどの修練を積んだんですか?」


 俺が問うと、老人はニヤリと不敵に笑い、答えた。


「貴様程度の小僧が想像すら及ばないほど。と、答えておこう。――それと、ひとつ訂正させなさい」

「え?」

「烈風拳と疾風脚は断じて魔法などではない。“奥義”だ。儂自信が創り上げた。儂だけのオリジナル。そして儂だけが独り占めした“奇跡”だ」


 リーはそう言うと、またもや構えを取った。腰を横に捻り、両足を大きく開けて姿勢を低くし、右手を前に突き出している。


「若人よ。会話はこれくらいにしておこうぞ。観客どもを退屈させてしまう」


 リーはおそらく烈風拳を撃ち込む準備を整えている。

 これ以上の言葉は不要。彼の立ち姿がそう語っていた。


「――さぁ! ゆくぞォッ!!」

「ッ!」


 相手はノータイムで放つことのできる射撃を有している。対して俺は攻撃魔法を撃つのにいちいち詠唱と集中力が必要だ。このまま遠距離での戦いに持ち込まれれば、こちらが不利のは明白だった。

 俺はスカーレットの刀身に火のエンチャントを滾らせ、縦に構えながら走り出した。


「ハァッ! ハァアッ!」


 リーは短く、太く、強い呼吸を繰り返し、掌の先から風のライフル弾を二連射する。


(狙いは右腕……それに左足だ!)


 たしかに烈風拳は弾丸のように軌道は細く、そして恐ろしいほど速い。とはいえ風属性魔法特有の半透明の緑色をしていて、視認性が悪くないため容易に見切れる。むしろ本物の弾丸とは違い、本質的には小さな風の塊であるため激しく盛る炎に近づけただけでも消えてしまう。

 だからフィクションでよく見られる、刀でピストルの弾を弾くような超人的な剣筋でなくとも、大雑把に払うだけで防げる。


『リー選手! カズキ選手に烈風拳とやらを浴びせ続けます、が! カズキ選手は燃え盛る緋色の剣で難なく払っている!! たしかに烈風拳は驚異的な技ですが、カズキ選手にエンチャント剣がある限り、もう何も怖くありません!!』


 絶え間なく打ち込んでくる烈風拳をその都度払いながら、徐々に距離を詰める。

 当初はこちらの魔法攻撃で自分のペースに引き込む予定だった。しかし相手にあの烈風拳がある以上、遠距離での優位性は皆無。もはや接近戦を仕掛けるほかない。

 しかしながら一回戦で見せたように、相手は格闘家として最高峰の達人のはず。こと接近戦においては今大会最強と言ってもいいだろう。


(けれど、俺にはアレがある……!)


 俺にはある秘策があった。本当は対クザ・トリガー用の切り札として温存するつもりだったのだが、彼が脱落した以上もはや隠しておく必要もない。

 “アレ”が巧く決まれば、彼を出し抜けるかもしれない。


(ほう? この儂にあえて接近戦を仕掛けにくるか。太刀筋は悪くないが、剣士としてはまだまだ未熟。定石で考えれば自殺行為に等しい……が。今までの彼奴の戦い、全てにおいて“己が不利となるはずの接近戦闘”で勝利してきたのは紛れもない事実……!)


 烈風拳を凌ぎつつ、ようやく武舞台中央まで差し掛かったときだった。


(真に警戒すべきは、烈風拳を初見で見切った驚異的な反射神経と対応速度。そしてなにより“底無しの発想転換”ッ! むしろ“こちらが接近戦を挑む方が自殺行為”か! ……ならばッ!!)


 リーは突然烈風拳を連打するのを止め、体勢を横向きに変える。


「――この儂にあえて接近戦を挑もうというその気概、褒めてやろう。付き合ってやりたいのは山々だが……距離を取らせてもらうッ!」

「――なっ!?」


 てっきり得意の接近戦で迎え撃つのかとばかり思っていた。だが、リーの取った行動はその真逆であった。


『おっと!? リー選手! このままカズキ選手と接近戦をするかと思いきや、旋風脚で逃げたぁ!?』


 風が吹き荒れるような轟音を鳴らしながら真横に急発進し、老人の姿はつぶさに俺の視界から消えてしまう。慌てて消えた方へと振り向いて彼の姿を追うと、自分の周囲を回るように武舞台の縁側を高速移動していることが分かった。

 そして次の瞬間、素早く動き続ける彼の残像から烈風拳が飛来した。


「うわ!?」


 どうにかギリギリ剣の構えが間に合い、その不意打ちに対処することができた。彼の恐るべき狙いを理解する。


(――つくづく接近戦に持ち込まなくて正解だった。まさか今のも退けてしまうとはな。恐ろしいヤツよ。……だが、これならどうするッ!?)


 読み通りの展開。ゆえに戦慄する。

 目で追い続けるのも困難なスピードでグルグルと武舞台を周り続ける人間の体から、風のライフル弾が矢継ぎ早に放たれたのだ。

 

『な、なんとお!? リー選手! 舞台の上をグルグルグルグルと時計回りに移動しながら、カズキ選手に烈風拳の応酬だああああッ!! 恐ろしい戦法です! これにはさしものカズキ選手も防戦一方かぁ!?』



「ぐぬぬぬぬぬ! なんなんだアイツ!? もう無茶苦茶さね!」


 予想外の戦法を披露するリー老人に、モルモネは怒りを向ける。


「非常にマズイですね……。高速移動しながらノータイムであらゆる方角からの飽和射撃。これではカズキさんは手も足も出ません」

「今はなんとか防ぎ切っているけど、このままじゃカズキの集中力が持たないよ……!」

「ええ。そして、あの音と速度。一発一発が致命打になりうる威力のはずです。もし“一発でも命中してしまえば”、そこからなし崩し的にゲームセットまで持ち込まれてしまいます……」

「ええい! どうにか逆転の策を思いつくんだよ! カズキぃ!!」



 緑色の弾丸が大気を切り裂く独特な音が、絶え間なく会場に響き渡る。

 俺は今、周囲360度から無作為に打ち込まれ続ける烈風拳、そのひとつひとつの軌道を見極めなければならないという過酷な対応を強いられていた。

 

(くそ! やられた! 火の罠魔法を移動先に設置するか!? いや、詠唱している暇なんかあるわけない! どうしたら……どうしたらいいんだ!?)


 遮二無二に風の弾丸を消しながら必死に思考を巡らすが、妙案は何も浮かばない。

 リー老師の作戦は、まさに“詰みの一手”だった。


(ちくしょう! こんなとこで……こんなとこで躓いてたまるか……!!)


――ん? ……躓く?

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