第50話 戦う理由
無慈悲な鉄鋼の嘶きとともに死の矢が放たれる。
ジャッキンが使っていたクロスボウとは威力も速度も次元が違うものが、確実にクザの首元を目指していた。
(マジかよ……そんなのアリか!?)
いくらクザ・トリガーとて、それを回避するなど到底不可能であった。せいぜい彼に出来ることと言えば、盾を構えることでバリスタ矢の威力を少しでも軽減することぐらいだった。
――パアアンッ!!
ミスリルの盾が割れ砕ける音域の高い爆音が会場中に轟いた。それを間近で聴いていたクザの鼓膜が破れかけるが、即時に回復する。
自慢の盾は完全に破壊されてしまった。だが肝心なのは、そのおかげで白磁のネックレスにまでバリスタ矢が届かなかったことだ。なんとか敗北は免れた。それが彼にとっては重要だった。
「ちくしょう……てめぇ……! この盾は安物じゃねぇんだぞ!?」
「それはご愁傷さま。でもこれ以上戦いを続けるのなら、その鎧も剣も、そしてアナタのプライドも砕け散っていくわよ?」
「バカ言え。俺のプライドはオリハルコンより頑丈だ。お前ごときには壊せねぇ、壊させねぇ!」
「へぇ? そこまで言うのなら……意地でも壊したくなっちゃう!」
リンファはバリスタを魔法陣の中に沈めると、入れ替わるようにして新たな武器を召喚する。
「そーら!」
取り出したのはジャベリンと呼ばれるやや小型の投げ槍。彼女はつぶさにそれをクザに向かって投擲する。
「!」
盾を失ったことで却って身軽になり、豪速で飛来してくる槍をクザは難なく回避する。だが、回避されることも織り込み済みなのか、リンファは投擲と同時にクザの元へ肉薄していた。
「あははっ!」
彼女の両手には身の丈ほどの長大な両手剣がいつの間にか握られており、既に右横に薙ぎ払われていた。もう回避が間に合わないほど、両手剣のリーチがクザの胴体を捉えている。彼は致し方なくアダマンタイト剣でのガードを強いられた。
「チぃッ!」
ゴーレムの腕に横殴りされたかのような衝撃が両手を襲う。筋力ブーストを使用しての全力のガードによってどうにか押し留めることに成功した。
「安心するのはまだ早いわよぉ?」
ところが、彼女はクザがガードすることすら予想していたかのように目尻を下げた。大剣の一撃を加えた瞬間、左手だけを離して真横に伸ばす。すると左手の先から魔法陣を展開し、バトルメイスを素早く取り出すとそのまま勢いをつけて彼の左側頭部に打ちつけた。
「――がっはッ!!」
激しい出血とともに頭部に鈍痛が奔る。
彼の視界がぐわんぐわんと揺れ動き、平衡感覚を失う。足元がふらつき、立つのもやっとであった。
「あらあら、具合はいかが? ……目覚めの一発、プレゼントしてあげる!」
リンファは小馬鹿にするように言うと、大剣を別次元に納入し、頭頂部目掛けてメイスを振り下ろした。
「ぐっ!」
昏倒寸前にも関わらずクザは気合と根性で辛うじて彼女の一撃を認知し、なんとか左腕で防いだ。メイスが左腕の骨までめり込んで軋み、痛みに呻く。
「へー、すごい。“我らがクザ・トリガー”は伊達じゃないってことね」
「俺は……絶対……負けねぇ……ッ!」
意識が虚ろになりつつあるなか、それでもなおクザは勝利への執念を捨てておらず、リンファに対して凄まじい眼光を浴びせながら剣で斬りつけた。
「そんなグロッキーな攻撃、当たるわけないでしょ?」
しかし苦し紛れの遮二無二な攻撃が命中するはずもなく、軽々と見切られてしまう。リンファはそんな這々の体のクザを嘲笑すると、メイスを魔法陣のなかに捨て、右手を天に掲げた。すると上空から発生した光の輪から鎖がジャラン、と落ちてくる。彼女がそれを掴むと、そのまま釣り上げられるかのように上へと昇った。
「――でもね。私、しつこい男は嫌いなの」
リンファはそう言って左手でクザの頭上に魔法陣を発生させる。その魔法陣は今までにないほど大きく、中からは二回戦で使用したフレイルより何倍も大きい鉄球が顔を出した。そして、それを容赦なく落としたのである。
「……あ、っ!?」
ろくに足を動かすこともままならない今の彼がそれを見切れるはずもない。クザはあえなく落下してきた超巨大鉄球の下敷きになってしまった。。
――ガキッバキ!
空から振ってきた質量兵器によってクザの全身が仰向けに潰される。
聖闘祭のヒーローが一方的に嬲られる絶望的な光景を見せつけられて静まり返った会場に、ミスリルアーマーと全身の骨が粉砕される不快な音が鳴り響いた。
「あ……が……あ……」
巨大鉄球が魔法陣によって退去すると、粉々に砕けた鎧の破片と大量の血に塗れ、大の字になった彼の姿が顕となる。目の焦点は合わず、手足はピクリとも動かない。
超回復結界内でなければ即死していてもおかしくない。全身の肉と骨がバラバラになる甚大なダメージを受けてなお、それでも“剣だけはを手放していなかった”。それでも気絶寸前まで踏み止まっていた。
――クザ・トリガーの信念の強さは、紛れもなく本物であった。
「お、れ……は、俺……は……ま……」
「はぁ……」
不屈の精神に満ちた男の姿を見て、リンファは大きな溜息をついた。
「呆れた。まだ諦めてないの?」
リンファは床に這いつくばったクザの元までゆっくり近づく。そして彼が最後の最後まで守り通そうとした白磁のネックレスを、呆気なく踏み潰した。
「――でも残念。私を相手にした時点で貴方は負けてたのよ。ふふ……、あははははは!!」
◆
――俺は……負けたのか?
視界はぼやけていて何も見えない、希薄な意識のさなか、蕩けるように甘く、狂気に濡れた高笑いだけが聴こえていた。
傷は完治していたが、痛みだけが余韻として全身に残っている。
ふと首元に手を置く。そこにあるはずの、まだそこに残って欲しかったはずのものはもう無かった。
――そうか……俺は負けたんだ……
その歴然たる事実を徐々に噛み締め、悔しさと己への怒りがこみ上げてくる。
――すまねぇ、ライアン様、クレアン様。俺はアンタたちの誉れを守れなかった。
――すまねぇ、カズキ。決勝戦で戦う約束、破っちまったな。
――すまねぇ、エミリィさん。せめて……貴女の前では……カッコつけていたかったなァ……
◆
「負けた……あのクザが……」
沈黙を破るようにクレアン様が愕然と呟く。彼は力なく項垂れ、スタッフたちが舞台上に散らばった鎧の破片や血痕を掃除していく様子を虚ろに見つめた。
リンファ選手は確かに底知れぬ強敵だったはずだ。しかし心の底では誰もがクザ・トリガーの勝利を信じて疑わなかった。クザさんが圧倒的な力でリンファを捻じ伏せる姿を渇望していた。
だが現実は違った。クザさんはリンファに叶わなかったどころか、相手に傷一つ付けることなく一方的に蹂躙されてしまった。あまりにも圧倒的で、悲惨で、無慈悲な結末に皆が皆声を失っていた。
「――エミリィさん。俺の次の対戦相手、リー選手のあの高速移動。どう思いますか?」
「え?」
しかし、ここで打ちひしがれている場合ではなかった。例えクザさんとの決勝戦が泡となって消えたとしても。いや、だからこそ俺はここで奮起しなければならなかった。しなくちゃいけない理由ができた。
「俺は風属性魔法の一種だと睨んでいます。エミリィさんの意見も聞かせて下さい」
「カズキさんは……悔しくはないのですか?」
エミリィさんは気落ちした様子で答えた。
「……悔しいです。悔しいですよ。悔しいに決まってます。……だから、次の試合は絶対に勝ち上がらなければならないんです」
「カズキ……」
「カズキ。お前……」
俺はひと呼吸置いて、改めて自分の意志を表明する。
「俺、聖闘祭は『魔法戦士を布教する為に』なんてテキトーな気持ちで参加したんです。優勝するなんて口では言うけど、本当は『行けるとこまでいければいいや』って軽んじてた。――でも今は違います。俺は絶対に勝ちたい。リー老師にも、そしてリンファにも。それが、それだけが、俺がクザさんにしてあげられる唯一のことなんです」
こんなこと考えるのは烏滸がましいかもしれない。
だとしても、俺は彼の分まで勝ちたいと力強く拳を握りしめる。相手を打ち負かして勝利するというのは、“それまでに散っていた全ての敗者の無念や想い”を継いで進んでいくということでもあるのだ。
「……わかりました。そういうことでしたら不詳エミリィ。カズキさん、そしてクザさんの為にも。知恵をお貸し致しましょう」
エミリィさんはそう言って、優しく頷いてくれた。
「事後処理が長引いているようですし、試合までまだ時間はあります。今のうちに対応策を練りましょう」
「カズキ、アタシも微力ながら協力させて戴くよ。スカーレットに関することでアドバイスができると思うさね。なんたって賭金も掛かってるしな?」
「エミリィさん……モネさん……。ありがとうございます!」
こうして俺たち三人は、対リー・ナム選手に向けて緊急会議を開くのであった。
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