第49話 異次元の戦士
「くっ!」
リンファは怨めしそうに柄の切断面を見る。
「ソレ、まだ使ってみるか? 棒術ぐらいならできるかもしれねぇぞ?」
クザの挑発的な言葉にリンファは顔を歪ませる。もはや武器としての用途を見出だせないと判断した彼女は、真っ二つに両断されたウォーハンマーの片割れを躊躇なく床に捨てた。
そして両拳を構え、徒手空拳の体勢へと移る。
「……止めとけ。俺に素手の格闘術は通用しねぇよ。お前さん程度の使い手、今まで数え切れないぐらい伸してきたんだ。それとも胸の中に隠した短刀でも使うか? それもオススメできねぇがな」
「……」
リンファはクザの忠告を聞き入れるように、無言のまま拳を下ろす。もはや勝負は決したも同然であった。
「降参しな。生憎俺は紳士なんでな。不利になった相手を一方的に甚振るマネはしねぇよ」
『武器を破壊されてしまったリンファ選手!! これはもう後がない! もはや手も足も出ない! このまま降参を受け入れてしまうのかーーーッ!?』
◆
「すごい……さすが! さすがクザさん!!」
あのリンファを追い詰めてしまった彼の実力に、俺は感嘆の声を上げずにはいられなかった。最初からクザさんの勝利を信じて疑わなかったが、正直ここまでとは思わなかった。試合前に激励を送ったクレアン様とエミリィさんも御満悦そうにしている。
「さすがはお兄様のライバルだ。こうでなくちゃな」
「ええ。いくらリンファ選手が多彩な戦術を操るといっても、こうなってはどうしようもないはずです」
「カズキくんの最後の相手として立ちはだかるのは、やはりクザ・トリガーじゃの」
「いやいや、まだリー選手が残ってじゃないか」
「あんなヨボヨボの爺さんぐらい、なんとかなるわい!」
「それアンタが言うのかい……」
そうやって皆で盛り上がっているなか、アンナ一人だけが神妙な顔を浮かべていた。
「どうしたのですか? アンナ様」
「うん……、いやね。たしかにクザさんが勝ったも同然なはずなのに。なのになんで、“リンファさんの表情にまだ余裕があるのかな”……って」
◆
「ふっ……ふふ、ふふふ。そうね、もう……やめようかしらね」
武器は壊され、手口は読まれ、もはや正攻法で勝つ術はないのにも関わらず、リンファは余裕綽々とばかりに微笑んだ。
「殊勝な心掛けだ。だがそれにしちゃ随分とお上品だな? もっと怒ったり慌てたりしてもいいんだぜ」
その様子を不気味に思ったクザは強がってみせるものの、内心では嫌な予感を憶えていた。
――この女にはまだ“何かがある”。彼の戦士としての直感が暗く囁いた。
「――たしか。次の対戦相手は」
「あ?」
突拍子もない彼女の言葉にクザはもちろん、会場中の誰もが当惑する。
「あの“魔法戦士の雑魚”か、もしくは“リーのジジイ”……か。大したことないわね」
「……何言ってやがる?」
「あの二人に比べたら貴方の方が強いかも。……なら、この試合は“事実上の決勝戦”ってことになりそうね」
「てめぇ……。降参するのか? しないのか? ハッキリしやがれ!」
リンファの訳の分からない語りに苛立ったクザが怒鳴ると、彼女は獰猛な肉食獣のように口角を尖らせた。
「――降参? ハッ! そんなのするわけないでしょ! 私がやめるのは“手加減”よ」
「……なに!?」
リンファは両腕を大きく交差させると、何かが来るのを待つように掌を大きく開く。
「貴方を“最大の敵”と認めたの。だから……」
彼女の両手の上にそれぞれ小さな魔法陣が出現する。その光の輪から二対のハルバードが出現した。
「――ここからは本気で蹂躙してあげる」
◆
「そんな!? あれは……!」
「――召喚魔法だと!?」
エミリィさんとクレアン様が同時に声を上げる。驚いていたのは二人だけでなく、観客たちも同様にざわめいていた。
『な、なんだぁ!? 一体何が起こった!? リンファ選手の両手に突如として出現した魔法陣! そして二つの武器! まさか召喚魔法なのかーーーッ!?』
そう、リンファが使ったのは十中八九召喚魔法だ。
――召喚魔法とは小動物や精霊、魔物と縁を結び、さらにそれらと“魂の契約”を交わすことで召喚獣として使役することができる魔法。だが、彼女が行った召喚には不可解な点が二つあった。
「なんであの女は“武器を召喚”できるんだ!? しかも“無詠唱”で……」
武器の召喚というのは前代未聞の事態。しかも召喚魔法を発動するには例外なく召喚用の詠唱が必要不可欠となるはずだ。
「エミリィさん。武器の召喚というのは可能なんでしょうか?」
俺の疑問にエミリィさんは真剣に答える。
「……不可能か可能かと言われれば、理論上は可能なはずです。ただ、無生物の召喚は非常に難易度が高い。魂の契約という道標も無しに任意の武器を転移・召喚させるのは困難です。よほど召喚者と武器の縁が強くなければ……」
「なら、無詠唱の召喚も……可能ですよね? あの“リー老師のように”」
「おそらくは……」
教会の修道女のドナさんは連絡用の使い魔を詠唱も無しに召喚していた。彼女は常日頃から訓練することで、それが出来るようになった。
リーの高速移動の無詠唱魔法も、リンファの無詠唱召喚も、おそらくは“本質は同じ”のはずだ。
◆
「な……あ……」
「あは! なんてイイ間抜け面なのかしら。元が綺麗だから余計に味わい深いわぁ。私の武器の“一つ”を破壊した程度でいい気になっていた気分はどぉ? クザ・トリガー?」
信じ難い光景を目の当たりにしたクザは打ちひしがれていた。
今までリンファが複数の武器を使いこなしていたという事実が示すものを理解したとき、彼の脳裏に敗北の文字がチラつく。
(くそ……! なに弱気になってんだ!)
そうだ。こんなところで負けるわけにはいかない。
ライアン様のライバルとしての矜持を守るために。
決勝戦でカズキの前に立ちはだかるために。
そしてなにより……エミリィさんに優勝の杯を捧げるために!
「――へへ、なるほどな。通りで色んな武器や戦術を使えるわけだ。それがアンタの切り札か。……そうこなくちゃ面白くねぇ!」
「あらよかった。……てっきり弱腰になっているかと」
「――抜かせッ!」
クザは全身に闘志を滾らせると、リンファに向かって駆け出した。彼女も同様に肉薄しようとする。が。
「はっ!」
「!」
リンファは突然、持っていた片方のトマホークを上空に投げ飛ばす。クザはついそちらの方に気を取られてしまった。
「ばーか」
その僅かな隙を突くようにリンファは残った方のトマホークで斬りかかる。しかしクザは咄嗟にその狙いに気付いた。盾の防御が間に合い、金属同士の衝突音が木霊する。
「狡いことするじゃねぇか……ッ」
「よく間に合ったわね。偉い偉い。……でも残念、50点」
「……なに?」
リンファがニタリと笑った次の瞬間、回転しながら宙を舞っていたトマホークが、盾を支えている左腕に落ちてきた。
「――があああああっ!!」
クザが絶叫する。高高度からの自由落下という凶器を纏った手斧の一撃は、ミスリルの篭手を容易く砕き、骨に達するまで彼の上腕筋を切り裂いたのだ。
しかしながら、彼は壮絶な激痛に悶えながらも、盾を持つ手の力を緩めることは決してなかった。彼が常日頃から信条とする『心の握力』の賜物であった。
「へぇ? ガッツあるじゃない。――だったらもう片方はどう!?」
リンファは素早いバックステップを繰り返しながら距離を取り、残ったもう一本のトマホークを投擲する。それは放射線を描きながら正確にクザの右の腕に刺さった。
「ぐううううッ!!」
一本目とは違い威力は低かったが、狙いが精密なぶん篭手と手甲の隙間を縫うよう右手首を的確に抉っていた。
「いってぇ……」
囮に見せかけて無造作に上空に投げたトマホークを時間差で当てることのできる空間認識能力。そして投擲の精度。リンファ・メイルの恐るべき技量には畏敬の念すら憶える。
しかし、クザはこの程度で戦意を失うほどヤワではない。幸い、左の篭手と右の手甲を損傷しただけだ。傷も超回復結界ですぐ治る。何も問題はなかった。彼が両腕に刺さったトマホークをどうにか抜き取っていると、会場に妙なざわめきがあるのに気付いた。
「なッ!!」
距離を空けていたリンファはその場で新しい武器を召喚していた。
遠距離武器? 弓? クロスボウ? ……いや、“ソレ”はそんなチャチなものではなかった。
リンファが構えていたのは、木組みの台座の上に備え付けられた規格外のサイズの弩(いしゆみ)。攻城兵器として広く知られる『バリスタ』であった。彼女の身長弱はある長大な弦は既に引き絞られ、鋼鉄の槍が装填されている。決して人体に撃ってはならない極大の破壊力を産む死の矢が、クザの首に標準を定めていた。
「――果たして避けられるかしら?」
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