第48話 負けられない戦い

『聖闘祭もいよいよ大詰め! ついに! 始まります! 準決勝戦ッ! 第一試合ーーーッッ!!』


 聖闘祭の会場は今日一番の熱狂をみせている。

 準決勝戦という山場なのだからこの盛り上がりは当然と言えば当然なのだが、やはり明確な理由があった。

 

『ようやく! この戦いの舞台に姿を現しましたーーッ! 北東から“彼”がやってきたッ!』


 入出口から武舞台上に上がってきたその者に大歓声の雨が降りそそぐ。重厚な甲冑に身を包み、洗練されたデザインの剣と盾を携えた群青色の髪の男に。


『第二十回聖闘祭準優勝者ッ!! ご存知我らが二大ヒーローの一柱ッ!! エルスニア・ギルドAランク冒険者ッ! クザ・トリガーッッッ!!!』


 クザさんは会場中の喝采に応えるよう剣を抜くと、天空へと力強く掲げてみせた。

 さっきまでの杞憂がまるで嘘みたいである。その威風堂々とした漢の姿に俺は憧れの眼差しを向けていた。


『対して! 南西ッ! 地獄からやってきた魅惑の女闘士ッ!! 一回戦、二回戦と悪夢のような試合を私たちに見せつけてくれやがりました! リンファ・メイルッッッ!!!』


 呼ばれるのと同時に、彼女も武舞台へ姿を現した。相変わらず妖艶な雰囲気を纏っていて、彼女の周囲だけ別世界のように感じられた。


『リンファ選手! 今度はウォーハンマーを持参しております! 結局何使いなのでしょうか!? もう訳が分かりません!』


 今度の彼女の武器は、長い柄の先に攻撃的な形状の鉄魂が備え付けられた所謂“戦闘用に特化した槌”であった。


「槍、フレイルときて、今度はウォーハンマーか。どうしてそう試合ごとに武器を変えるんだ?」


 クザさんの至極真っ当な疑問に、リンファはニヤリと笑って答えた。


「私にとって戦いとは、己が肉体のすべてを駆使した“芸術”なの。美しい舞を披露するのなら、それに相応しい道具を選ぶべき。そうでしょう?」

「芸術……ねぇ?」


 嘲笑うかのような巫山戯た返答にも、クザさんは動じない。


「相手を一方的に嬲ったり辱めたりするのが、お前さんにとっての芸術だっていうのか? だとしたらセンス悪すぎだぜ。もっと審美眼磨いたほうがいいんじゃあねぇか?」


 彼の返しに続くように、観客席から「そうだそうだ!」とか「もっといってやれ!」といった援護射撃が次々と入る。リンファ選手の残虐ファイトに熱中する者も少なからずいるだろうが、やはり大多数は良い印象を抱いていないのだろう。


「一方的に嬲る? 人聞き悪いわね。あの男爵令嬢もさっきの醜男も、向こうから先に侮辱してきたじゃない。私はあくまで“受けた屈辱を倍に返した”だけのこと。復讐譚は古今東西、いつだって大衆の支持を得てきたわ。これを芸術と言わずして何というのかしら?」

「復讐か、なるほどな。確かにやられたらやり返すってのは最高に気持ちいいよな。俺にも心当たりあるぜ」


 そう言って、クザさんは「だったら」と続けた。


「――この試合は、お前に尊厳を弄ばれた人間の仇を討つ戦い。つまり“仇討ち”ってやつだ。どうだ? 最高に芸術だろ?」

「ふーん、悪くないわね。……でも、もう私に勝ったつもりでいるのが気に入らないわ」

「勝った気も何もねぇ。俺は必ず勝つ。どうしても負けられない理由が山ほどあんだよ」



 二人の舌戦により大いに盛り上がった頃。いよいよバチの準備が整う。会場中が静まり返り、今か今かと試合開始の合図を待ちわびていた。

 

(準優勝者だかなんだか知らないけれど、叩き潰してやる)

(例の隠しナイフは無いようだな。まぁ、手の内を明かしたのだから流石にもう使わないだろうが)


 武器を構えながら両者思い思いに耽っていると、ついに銅鑼の音が鳴り響いた。


「――ハァッ!」

「――フンッ!」


 同時に地を蹴った二人は、瞬く間に武舞台中央で接敵した。遠距離攻撃手段の無い接近武器持ち同士。当然の流れだ。


「ヤァ!」


 最初に仕掛けたのはリンファだった。

 ウォーハンマーを振りかぶり、横に大きく薙ぎ払う。


(避けるか? ……いや、それより)


 戦鎚の軌跡からして、首を直接狙うというより胴体に大雑把に当てようとしているのだとクザは読んだ。おそらく本命は盾の破壊、最低でも鎧にダメージを与えようとしているのだ。遠心力を最大限に活かしたハンマーの一撃は侮りがたい。いかにミスリル鋼製といえども破壊は免れないだろう。彼女はそうやって、こちらの防御力を削いでいく腹積りなのだ。

 ところが、彼は刹那の逡巡の末、盾の防御を選んだ。


(……とはいえ、あくまで一歩後ろに下がりつつ。だ)


 真正面から受け止めるでもなく、かといって避けるでもなく。その中間、一歩距離を取っての盾防御。

 これにより槌の直撃を表面を掠らせるように若干反らしつつ、こちらの射程圏内レンジを維持できる。


「っ!」


 頼りない手応えとともにリンファはウォーハンマーを振り切る。クザはこの瞬間を待っていた。


「貰ったッ!」


 ハンマーは一振り一振りが重い分、生じる隙も当然大きい。クザはアダマンタイト剣で彼女の首を斬りつけた。


「……ハッ」


 ところが、リンファはその攻撃を読んでいたとばかりに一笑に付すと、片足で彼の盾を力強く蹴った。


「なにっ!?」


 クザの体が僅かに後ろに下がり、さらにリンファは盾を蹴った勢いを利用して背後に跳躍する。


「やるじゃねぇか」

「ふふ、そっちこそ」


 二人は不敵に笑い合った。



「さすがですね。クザさん」


 その巧みな戦い方を見たエミリィさんは感心した様子で呟く。


「鎧に盾と剣、やっぱり王道スタイルは強いねぇ」

「とはいえ、リンファちゃんも負けておらんの。なかなか先が読めん試合じゃ」



「だがよ、まだこれからだぜ」

「当たり前でしょう?」


 二人の視線が交差する。次の瞬間、再び両者は距離を詰める。

 リンファは小刻みにステップを踏みながら軽いジャブの如く槌を振るう。対するクザはそれを回避したり適度に盾でいなしたりしつつ、隙あらば剣撃を加える。

 しかしながら、リンファのハンマーはいずれも決定打にならず、クザの剣は尽く躱される。どっちつかずの小競り合いが延々と続いた。


『クザ選手とリンファ選手! 両者一歩も譲らない戦いを繰り広げています!』

(一歩も譲らない戦い……か。物は言いようだな。これはただの膠着状態だ。こんなのを続けていても一向に埒が明かねぇ)


 しかし、とクザは考える。

 駆け引きは既に始まっている。リンファは一見して相手を打破すべく攻撃を繰り返しているように見えるが、どれこれも中身のない、遠心力を賢く利用して適度に力を抜いた省エネの一撃ばかりだ。戦う姿勢を崩さないというポーズに過ぎない。

 では彼女の真の狙いは何か? それはおそらく“長期戦によるスタミナ消耗”だろう。

 重戦士スタイルは鎧と盾で完全防備して前線に立ち、仲間を守りながら打撃を加える攻防一体の戦術を得意とする。それに比べ、リンファの装備は防御を全く考慮しない、回避重視の身軽な軽戦士スタイルである。両者が長期間戦い続けていた場合、どちらが先にへばるか。それは言うまでもなくクザの方だ。鎧の重量だけでも相当なのに、盾と剣も構えているのだ。彼は体力にはかなり自身がある方だったが、それでも彼女より負担が多いのは紛れもない事実である。

 盾と鎧を破壊して防御力を削ぐより、スタミナを消耗して動きが鈍らせる方が有効的だと彼女は作戦を切り替えた。クザの長年の経験に基づいた勘がそう告げていた。そしてそれはおそらく正しい。リンファの余裕の表情からはそれがありありと読み取れた。


(いっそ盾を捨てるか? もしくは盾を囮にしてあれやこれを……。いや、待てよ?)


 リンファとの小競り合いを演じながら脳内で反芻を繰り返し、ついに打開策を閃いたようだ。


「――ちっ! じれってぇ!」


 クザはあたかも自分が焦燥感に駆られているかのように思わせるため、わざと相手に聞こえるよう言い放つ。そしてリンファの身体の中心部に向け、剣を膝下の高さから大きく斬り上げた.。


「……ふふ」


 リンファはそれを悠々と回避する。駆け引きの最中、大きな隙を晒した彼の失態を当然見逃すはずもない。

 ……もしクザが彼女の立場なら、この瞬間一体どこを狙うだろうか?

 盾? 胴? ……否、間違いなく“頭部”だ。

 消耗戦へ持ち込み、狙い通り隙を見出した以上、今更防具を破壊する必要はない。ウォーハンマーの一撃を頭部に食らわせれば、ネックレスを壊すことはできずとも一撃でダウンさせられる。そうなれば勝利したも同然なのだ。


「隙アリ」


 リンファは戦鎚を後ろに大きく振りかぶり、クザの顔を目掛けて降ろした。


「――やっぱりな」


 クザは不敵な笑みを浮かべ、上から降ってくる凶器を受け止めるように盾を天に突き出した。


「――!?」


 振り下ろされたハンマーは頭部に達することなく、柄の部分を盾の縁で受け止められた形となった。

 リンファは反射的に引っ込めようとするが。


「無駄だぜッ!」


 キン、と金属音を立ててヘッドが盾の縁に引っ掛かった。クザの身長は180台、対してリンファは160台。この身長差と盾の高さが高低差を産み、ウォーハンマーの突っかかりを解くのを困難なものにさせた。


「……ッ!」


 リンファは初めて焦りの顔を見せた。隙を暴いたつもりが、逆に致命的な隙を晒してしまったのだ。しかしそれでも彼女は諦めず、冷静に対処しようとした。ウォーハンマーのグリップからは手を離さず、上部に上げられていた剣を見切ろうとした。


(大丈夫。この距離なら……)


 リンファはまずクザの一撃を回避し、それから上に跳躍してハンマーを外そうと考えていた。

 だが、その目論見が叶うことはなかった。


「――この瞬間を待ってたんだよ」

「なにっ!?」


 クザの言葉と腕の軌道を見てリンファは驚愕する。

 彼は振り上げた剣をリンファへ向けるのではなく、ハンマーの柄に狙いをつけていたのである。


「――剛斬撃(ごうざんげき)ッッ!」


  剛斬撃。クザの持つ必殺技の一つで、腕の筋力ブーストによって力任せに対象を叩き斬るだけのシンプルな技だ。本来であれば彼の尋常離れした膂力と衝撃によって刃自体が耐えきれず、粉々に砕け散ってしまう諸刃の剣であるが、彼の愛剣は一般流通する素材の中でも最高硬度を誇るアダマンタイト鋼で出来ている。ゆえに――


『――叩き斬ったああああああ!! リンファ選手のウォーハンマーの柄が斬られてしまいましたッッ!! すごい!! さすが! さすがクザ・トリガーッ!!』


 リンファの生命線であるウォーハンマーが真っ二つに両断された。

 武器としての要であるヘッド部分が無惨にも床に落ちる鈍い音が響き渡った。

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