第47話 強敵たち

『二回戦、第三試合! 北東、リンファ・メイルッ!! “綺麗な薔薇には棘がある”をこれ以上ないぐらい体現した魔性の女でございますッ! ……ってあれれ? 違う武器を持っているぞぉ!?』



 一回戦のとき、リンファは長槍を使用していたはず。しかし今は混と鎖付き鉄球が一体化した武器であるフレイルを持っている。会場にもわずかに動揺が奔った。


「え、なんで? 槍は?」

「わかんねぇなぁ。もしかして槍は一回戦用で、実はフレイルの方が本命武器だったとか?」


 俺の疑問に、クザさんも要領を得ない回答をするほかなかった。



『対するは! 南西、ガルダ・ミュンヘンッ!! リンファ選手も充分危険ですが、この男も負けていません! 一回戦の戦いぶり、まさに人間狩り(マンハンター)! その通り名は伊達ではありませんでした!』


 ガルダは痩身長駆の猫背の顔色の悪い男で、深く窪んだ両目の奥に暗い欲望の輝きを宿す飢えた狼といった印象であった。

 彼は一回戦の相手であるウェッジ選手の攻撃をのらりくらりと受け流し、あたかも人間の解体方法を熟知しているかのような人体の急所を的確に貫くナイフ捌きで相手を執拗に痛めつけ、ウェッジ選手を戦意喪失寸前まで追い込んで勝利を奪い取った。人間狩りという異名通り、ゾッとするほど殺し合いに慣れているガルダの戦いぶりからして、普段の彼の生業が真っ当なものでないことは誰の目にも明らかであった。

 リンファもリンファで未知数ではあるものの実力は確かであるし、五分五分の戦いが予想されるだろう。


『危険人物と危険人物! 鬼畜と鬼畜! しかして美女と野獣ッ! もしかしたら今日一番の猟奇的な闘いがこれから始まるかもしれませんッ! 皆さま心の準備をお願いします!』


 ほどなくし、試合開始を告げる銅鑼が鳴る。

 ところが、二人ともすぐ動くことはなかった。スタート位置に立ったまま睨み合いが続く。するとリンファの方から先に口を開いた。


「あら、どうしたのかしら? 真っ先に飛びかかってくるかと思ったのだけど。もしかして怖気づいた?」


 彼女の明らかな挑発に、ガルダは臆することなく返した。


「ぎひひ……、いやね? 嬉しくて嬉しくてしょうがなくてよぉ……!」

「?」

「……俺はよぉ。硬くて筋張った男なんかより、柔らかくてムチムチしたイイ女の肉体を切り裂くほうが好みなんだぜぇ? だから一回戦はやる気がなくて適当に終わらせが、今はぶっちぎりに滾ってるんだァ! オメエのエロい体にドスを入れる瞬間が楽しみで仕方ねぇんだよォ!」


 ガルダの下衆極まりない言葉の数々に、リンファは沈黙で応える。


「どうやって調理しよっかなー? って考えるのに夢中になってたら、足が止まっちまってよぉ。わりかったナァ? でももう決めたからよぉ……今行くからよォ!!」


 そう言ってガルダはいよいよ走り出し、リンファへ近づいていった。


「なんだ。ちゃんと戦う気はあったのね?」

「だから言ってるだろォ!? やる気マックスだよォ!!」


 リンファは持ち手の棍を構えると、そのまま遠心力を利用して鉄球をブンブン回しはじめ、迎撃態勢を整える。

 一見するとリーチの差で圧倒的に勝っているリンファが有利であり、それをガルダはいかに覆すか。という構図が出来上がっていた。


(――馬鹿め! その得意げな顔、歪ませてやるぜ!)


 互いの距離が次第に縮まり、接敵間近となったそのときだった。


「――ディスアーム!」


 ガルダは呪文を詠唱しながら空いた手をリンファの方へ掲げる。


「!」


 しっかり握られていたはずのフレイルがあらぬ方向へ不自然に弾き飛ばされる。それだけでなく、胸元に隠されていた短刀までもが服から飛び出して宙を舞った。

 想定外の事態に彼女も驚きの表情を浮かべている。


『なんだこれはぁ!? リンファ選手の武器が勝手にどっか行ったぞ!? おそらくはガルダ選手の謎の魔法の効果でしょう! リンファ選手! 万事休すか!』

(『ディスアーム』……武装解除の魔法! 俺が開発した俺だけのとっておきオリジナルだ! 内緒にしてて悪かったなぁ!? これでお前は裸の女も同然!)


 武器を失ったリンファの元へ接近し、ガルダは勝ちを確信しつつナイフを突き立てようとした。……が。


「――へぶっ」


 横っ面に衝撃を受け、ガルダの体がよろめいた。


「……?」


 あまりの一瞬の出来事。何が起こったのか理解が及ばず、ガルダは痛みのあった頬を擦った。それからリンファを見やると、彼女は素手のまま不敵に構えていた。



「――徒手空拳!?」

「しかもあの構え方……、トーシロのそれには見えねぇ。武器を失ってやむを得ずにしちゃあ堂に入りすぎてるぞ……」

「それにあの蹴りの切れ味……、俺が一回戦で戦ったミズーリンさんと遜色ないようにも思えます」


 武器を奪われ追い詰められたはず彼女が披露した格闘術を前に、俺とクザさんは舌を巻く。モンクとして格闘戦を専門とするアンナも驚嘆を隠せないでいた。


「悔しいけど、私なんかより全然強い……。というか、あれほどのスキルがあるのに何で武器に頼るんだろう?」

「たしかにそうだ。わざわざ武器を使う必要なんかねぇ。しかも一回戦と二回戦を別々の武器を持ち寄っている。とんと意味が分からねぇな……」


 クザさんの言うように、彼女がわざわざ武器を使う必要はないかもしれない。かといって、槍もフレイルも虚仮威しの割にはよく使いこなしている。

 それだけじゃない。一回戦で披露したナイフ投げも、エミリィさんが驚くほどの熟練度だった。


「彼女の……“リンファ・メイルの本来の戦い方”って一体なんだ……?」



「しぇああああ!」


 ガルダは得意のナイフ捌きでリンファに猛攻を仕掛ける。が、彼女は素早い身のこなしでその一振り一振りを全て掻い潜り、鳩尾に鋭い正拳を打ち込んだ。


「がっはぁあ!」


 ガルダは胸を押さえ悶絶する。その隙に眉間、顎と立て続けに拳を叩きつけられた。正中線に連なる人体の急所を連続して三つも突かれてしまい、意識が混濁して足元がフラフラとおぼつかない。


「まだダウンするには早いでしょ?」


 リンファは微笑しながら彼が握っているナイフを奪い取る。そして、それを何の躊躇もなく股座に突き刺さした。


「――っっっっっ!!!」


 ガルダは声にならない絶叫をあげる。

 膝がガクガクと震え、嗚咽を漏らしながら床にうずくまる。もはやまともに立つこともままならない。

 男性の暗い悲鳴が観客席各所から響いた。


『うわ……。私はナイので気持ちは分かりませんが……なんと痛々しいッ。しかし、ガルダ選手の下品な振る舞いを鑑みると、ある意味自業自得ッ!』


 さっきまでの彼の威勢はどこへやら。もう今にもギブアップを言い出しそうなほど、覇気が消え失せていた。

 しかし、リンファは追撃を止めない。顎を荒々しく鷲掴み、無理やり面を上げさせた。


「ひっ!! ひぃいいいい」


 痩せぎすの顔面はくしゃくしゃに潰れ、涙と鼻水で汚れている。

 ……彼の人生の立ち位置は常に“狩る側”だった。だが今、産まれて初めて“狩られる側”に立たされている。生殺与奪を他人に握られる初体験の恐怖を前に、ガルダは情けない声を絞り出すことしかできなかった。

 リンファはそんな無様な男の顔を侮蔑の眼差しで見下ろし、舌打ちした。


「――不細工が怯えていてもキモいだけね」


 そう冷徹に言い放すと、彼の白磁のネックレスをあっさり手刀で叩き割るのであった。



 二回戦、第三試合の勝者がリンファ選手に決まったことで、準決勝戦の対戦カードが確定した。スクリーンに映し出されたトーナメント表によると、第一試合はシード枠のクザさんとリンファ、そして第二試合は俺とリー・ナムとなっている。


「……」


 クザさんは次の対戦相手となってしまったリンファの戦いを見て思うところがあるのか、ずっと黙り込んでいた。


――『油断ならねぇ相手だ。……それでも俺の敵じゃあねぇけどな』


 そう、かつて息巻いていた余裕は既に失われたように思える。


「あの……クザさん。大丈夫ですか?」


 思わず心配になって声を掛ける。

 クザ・トリガーは聖闘祭優勝を目指す上で最大のライバルである。とはいえ彼を慕い、応援する気持ちが強いのも確かなのだ。


「……大丈夫だ」


 彼はそう言って、何でもない風を装った。


「なに、ちょっと緊張しちまってるだけさ。カズキには失礼だろうが、正直言うとな。ライアン様不在の聖闘祭なら楽勝だ。って、最初は心の底で余裕ぶってたんだ。だが、ここに来てそれが浅はかな勘違いだと思い知らされた」


 そう言って彼は苦笑を浮かべる。

 武術の達人にして謎の魔法を使うリー・ナム。多彩な武器、戦術を扱う底知れないリンファ・メイル。どちらも一筋縄ではいかない相手なのは火を見るより明らかだ。気圧されてしまうのも当然だろう。


「――ったく……。まさか弱気になってはいないだろうな? クザ・トリガー!」


 そんななか、突然クレアン様が声を張り上げた。


「……クレアン様?」

「正直……、正直な話! 実に業腹……なのだがッ! 貴様は僕が尊敬するお兄様も認める最強の男だ! そんな貴様がお兄様以外の輩に負けるなんて絶対許さないからな! 分かってるのか!? 貴様がお兄様以外に敗北すること、即ちライアン・ボナハルトの名も貶める蛮行にも等しい! 万死に値する! 極刑なんだからなっ!」


 言葉の荒々しさに反し、その語気にはどこか温かみがあった。不器用だが彼なりに励ましているつもりなのかもしれない。クレアン様の真意をしかと受け取ったクザさんは、凝り固まっていた顔を綻びさせる。


「……ええ。分かってますよ」

「本当に分かってるのか!? おい!」

「分かってますって」

「本当の本当に」

「だああもう! 分かってるって言ってんでしょう!」

「――御二方?」


 また懲りずに喧嘩を始めそうになったのを見計らい、エミリィさん迫力のある声で止めに入る。そのまま情けなくシュンとなる二人を見て、周囲に笑いが起こった。

 心なしかクザさんの顔からは、先程まであった緊張の色が消え去っている気がした。

 

「クザさん」

「なんすか? エミリィさん」


 するとエミリィさんが改まってクザさんに向き合い、穏やかな表情をつくって言った。


「……頑張って下さい」

「っ!」


 それはクザさんにとって何よりも嬉しい激励だったに違いない。彼は目を大きく見開くと、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「――はい!! 見ててくださいエミリィさん! 優勝の杯、貴女に捧げさせて頂きます!!」


 彼は力強く立ち上がり、胸をドンと叩く。


「はは……、一応俺も勝ち残ってること、忘れないで下さいねー……」

「安心しろ。忘れてねぇ」

「へ?」

「俺にとっての“予想外の強敵”たち……その中に、お前も入ってる」

「……!」


 そう言ってクザさんは席を外し、通り際に肩を軽く叩いた。

 俺は嬉しさのあまり、勢いよく返事する。


「――俺も準決勝戦、必ず勝ちますから!!」

「おう!」


 選手控室へと向かうその大きな背中を、俺はずっと見つめていた。

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