第45話 大盾の重騎士

「ただいまー。えへへ……遅くなりました」


 一回戦最後の第六試合が終わり休憩時間に入った頃、アンナはようやく席に戻ってきた。


「スタッフさんに捕まって怒られちゃってた……。試合を妨害したのは事実だしね。一応は厳重注意ってことで。たはは……」


 そう言ってアンナは苦笑いを浮かべる。試合中に乱入なんてしたら、普通そのまま入場禁止処分を食らってもおかしくないだろうが、状況が状況だけに大目に見られたということだろう。


「あそこで助けに入らなければ、フルールはもっと酷い目に遭ってたよ。俺はアンナの判断は正しかったと思う」

「私も同感です。あのリンファという方の所業はその……、常軌を逸していましたから」


 エミリィさんが彼女の名前を出すと、皆一様に口を噤む。

 たしかにフルールは傲慢不遜に振る舞い、対戦相手を必要以上に煽った。――だからといって、あそこまでされていい理由はない。リンファ・メイルの残虐な本性に、誰もが恐怖していた。だからこそ躊躇いなく彼女の前に躍り出たアンナを尚更すごいと思える。


「あの子の性格はさておき、実力は本物だね」

「俺もそう思うぜ」


 モルモネさんの意見にクザさんが同調する。


「ええ。髪留めの装飾に偽装した隠しナイフを、予備動作すら相手に悟られることなく投擲し、しかも精確に右目を射抜いている。一流の剣士たりうるフルールさんですら、最初自分がナイフを投げられたことに気付くことさえ出来なかった。私自身ナイフを扱うので分かりますが、あれは並大抵の技量でこなせるものではありません」

「油断ならねぇ相手だ。ま、俺の敵じゃねぇが」


 クザ兄貴は不敵に笑う。もし彼女が二回戦も勝ち進めば、シード枠である彼とぶつかることになる。たしかにリンファの実力は驚異的だが、クザさん相手となれば話は変わってくるだろう。尤も、トーナメント表の反対側にいる俺にとっては対岸の火事でしかないのだが。


「……さて、ちょうどアンナ様も戻ってきたことですし。昼食に致しましょうか」

「お、いいねぇ!」


 そう言ってエミリィさんは床に置いてあった大きなバスケットを手に取り、蓋を開く。中には色とりどりのサンドイッチがこれでもかと敷き詰められていた。全員が取り囲むようにそれを見て、それぞれ感嘆の声をあげる。


「お! サンドイッチだ!」

「エミリィさんの手作りッスか?」

「はい。僭越ながら作らせて頂きました。皆さんどうぞ好きなだけ持っていって下さい」

「私も少し手伝ったんだよー」

「もしかして、ワシの分まであったりするかの?」

「たくさんありますので、どうぞ」


 エミリィさんの言葉を聞いた瞬間、ムッシュさんは満面の笑みを浮かべる。全員が各々好きな具のサンドイッチを掴み取ってゆく。


「――ん~! うまいさね!」

「ほんとじゃなぁ。エミリアちゃんは良いお嫁さんになれるのう」

「ふふ、ありがとうございます」


 ムッシュさんに褒められ、エミリィさんは珍しく照れ気味に笑う。


「ああ。こんな旨いサンドイッチなら俺は毎日、いや毎食でも食えるぜ!」

「馬鹿か? エミリィさんが毎食サンドイッチなんて変な献立を立てる訳ないだろ」

「――あん? 今のはただの物の喩えでしょうが!」

「どうだかな。お前ならエミリィさんが何作っても同じ褒め方しそうだと思ってな」

「なにぃ?」

「ま、まぁ、ふたりとも。せっかくの昼食なんですから」


 なんだかまた妙に張り合おうする二人を仲裁しようとするが……


「カズキは引っ込んでろ」

「エミリィさんの食事を毎日食べてるからって図に乗るなよ?」

「ええ……」


 焼け石に水で余計にヒートアップしてしまう。どうしたらいいものかと悩んでいると、痺れを切らしたアンナがスッと立ち上がり――


「もうっ! ふたりともいい加減にしてよねっ! エミリィがせっかく朝早く起きて、苦労して作ったんだから。喧嘩しながら食べちゃダメっ!」


 と、ぷりぷりと叱る。

 いまいち迫力のない怒り方はさておき、至極全うな諭し方に、さしもの二人も冷静にならざるを得なかった。

 

「そ、そうっすよね……。せっかく俺たちのために作ってくれたのに」

「すまなかった……」

「まったく、お二人とも子供っぽいんですから」


 エミリィさんに痛いとこを突かれ、二人揃って年甲斐もなく顔を赤らめる。


「エミリィちゃんが“いいお嫁さん”なら、アンナちゃんは“いいお母さん”さね!」

「ほっほっほ! 違いないのう!」


 二人の言葉を皮切りに、朗らかな笑いが巻き起こる。

 一回戦を終え、これから戦う相手へのプレッシャーや不安はあったものの。こうして穏やかな時を過ごし、お腹も膨れたことで、全身に熱い闘志が漲ったような気がした。



『――皆さま長らくお待たせいたしました! これより第二回戦が始まりますッ!』


 休憩時間が終わり、いよいよ出番が回ってくる。通路を通って武舞台に上がると、大歓声を一身に浴びた。一回戦のときとは打って変わって応援の言葉の端々が耳に届き、武者震いが起こる。


『二回戦、第一試合! 北東、カズキ・マキシマッ!! 一回戦では歴戦の教会騎士長(テンプルナイトマスター)相手に引けを取らない戦いを繰り広げ、勝利を掴み取りました! 彼が手にするエンチャントソードの美しき刃がいかにして次の勝利を切り拓くのでしょう!?』


 翻って反対側から大柄の男がやや遅れて入場してくる。

 

『相対するは南西、ゴッゾ・フロマージュッ!! 前試合ではネフェルト選手の魔法攻撃をその大盾で一切寄せ付けず、完封勝利を遂げてしまいました!』


 濃紺色の鈍く輝くミスリル鋼の重甲冑で武装した身長二メートルほどの巨躯が、金属擦れの音を鳴らしながら重々しく闊歩する。

 それだけでも十分威圧的だが、唯一にして最大の武器である彼の背丈を悠に超えるその巨大な盾が特に目を惹く。


『剣バーサス盾!! 最強の矛盾対決ですッ!!』


 銅鑼の音が響き、戦いの火蓋を切って落とされる。


「――マテリアルブラスト!」


 開幕、地属性魔法を連発する。複数の岩の塊がゴッゾに迫るが、彼はそれを躱すことなく盾を構えた。


『おんやぁ!? カズキ選手! 前の試合を見ていなかったのか!?』


 ダーネット女史が驚きの声を上げるのも無理はない。

 放ったマテリアルブラストは全て盾に命中したものの、掻き消えるように無力化されてしまったのだ。


(“マジナイト製盾”使い……! よりによってこんな相手とやり合うことになるなんて、ツイてないよなぁ……)


 そう、ゴッゾ・フロマージュの盾はただの盾ではない。具現化された魔法を吸収・蓄積する特殊な性質を有する“マジナイト鉱石”によって作られたものなのだ。

 つまり、俺の戦術の要である攻撃魔法によるアウトレンジ戦法という“最大のアドバンテージ”は既に喪失しているに等しい。極めつけに全身頑強なミスリル鋼の鎧に覆われているため、接近戦でも分が悪い。

 あのゴッゾという男は、この聖闘祭の参加選手のなかでもトップクラスに相性が悪い相手なのである。


「……カズキとやら。まさか、こう考えているのではないか?」

「?」


 突然ゴッゾが口を開く。その見かけに相応しいドスの効いた重低音である。


「マジナイト製ならば当然、性質変化がある。“地属性を吸収すれば重く”なり、取り回しに支障をきたす。それで勝機を見出だせるんじゃないか。……と」

「ッ!」


 ゴッゾの言う通り、あれほど巨大なマジナイト製の大盾が地属性の魔力を蓄積すれば、常人が持ち上げることも叶わなくなるほど重くなる。現に、盾が置かれている床に亀裂が生じているほどだ。


「だが、これを見てもそうは思えるかな?」


 するとゴッゾは重くなっているはずのマジナイト盾をなんと片手で持ち上げ、クルクルと回転させながら軽々と振り回してみせた。それを見た観客たちの間にどよめきがはしる。


『すごいッ! 凄まじい怪力だゴッゾ選手!! これにはカズキ選手も大ビビリです!』


 その圧倒的膂力を見せつけられ、俺は呆気にとられてしまった。純粋なパワーだけで見れば、この大会で最も優れている選手かもしれない。


「そういうわけだ。さぁ、どうする?」

「うわあ……、なんかもうメチャクチャっすね……」

「ははは、ヤケになるのも仕方なかろう。いっそ降参でもするか?」

「――それは願い下げだな」


 俺は意を決してスカーレットを抜刀し、ゴッゾ選手の元へ吶喊(とっかん)する。


「いいぞ! 来い!」


 意気揚々と迎撃の体勢をとる彼に対し、不意打ち気味に片手を掲げた。


「――マテリアルブラスト!」

「おっと!」


 盾を素早く構えられ、マテリアルブラストを防御されてしまう。もし本当に取り回しに支障をきたしていたら成功していただろう。

 ――だがしかし、この不意打ち攻撃。俺には“別の狙い”があった。


「――風斬(かざきり)!」


 盾を構えたことによって視界が塞がれた隙を突き、スカーレットの刀身に風を纏わせると、マジナイト盾へ垂直に突き立てた。


「――うお!?」


 緋色の刃が、薄紙を破るようにして盾を容易く貫通した。

 懐目前まで刀身が飛び出してきたのを見て、さすがの彼も驚きを隠せないようだ。


「驚いた……、実に驚いたが。そうか、風のエンチャントか。弱点属性をぶつければ、こうもあっさりと我が盾を貫けるほどの威力を発揮するのか」


 特定の属性が蓄積されたマジナイト鉱にその弱点となる魔法をあてがっても、属性が塗り替わるだけに終わるが、弱点属性のエンチャント攻撃をしかけたときは事情が変わってくる。“属性を纏った物体同士”で衝突する場合、相性不利側が強度で負けてしまう。

 つまり、地属性状態の盾に風属性状態の剣をぶつければ、“剣が盾に勝る”のである。


「エンチャント剣にはこんな使い方もできるんですよ」

「なるほど、いい勉強になった。……だがな、一体ここからどうする気かな? 盾を貫いたはいいが、見方を変えれば“キミの命綱である剣が俺の盾に捕まった”というのが現状じゃないのか?」


 ゴッゾは俺を見下ろしながらニヤリと笑う。

 彼は今、スカーレットを盾で捕らえた俺に肉弾戦を仕掛けられる。そうなった場合、体格差に加えて軽装と重装の差があっては、まるで話にならないだろう。それに剣を手放して距離を取ったところで、あの盾がある限り魔法攻撃は有効打になりえない。してやったりのつもりが、圧倒的不利な状況に追い込まれている。

 けれど、焦りはまるでない。むしろ清々しい気分にすらなっている。


「勉強ついでにもうひとつ、いいこと教えてあげます」

「ん?」

「――ライトニングストライク!」


 風属性の初級攻撃魔法のバリエーションのひとつ『ライトニングストライク』の呪文を詠唱すると、スカーレットの剣先から稲光が瞬き、ゴッゾの身体を電撃が襲った。


「アバババババババーー!!」


 バチバチと嘶く青白い電気がミスリルの鎧を駆け巡り、二メートルの巨体がブルブルと小刻みに震える。嫌な匂いとともに彼の短髪がチリチリと焦げ、ボンバーヘッドへと変貌を遂げた。


「……剣の先から攻撃魔法を撃つこともできるんですよ」


 しかし彼の耳に言葉が届くことはもうない。白目を剥いて口から泡を吹き、ズシンと地響きを立てて仰向けに倒れる。俺は盾からスカーレットを引き抜くと、軽く小突くように白磁のネックレスを破壊した。


『決着ーーーッ! 勝ったのはカズキ選手! カズキ選手ですッッ』

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