第43話 女の戦い

『一回戦、第三試合ッ! 北東、ケイト・アンジュッ!!』


 北東の方角に立っているのは機動性重視の革鎧装備に二本の剣を帯刀した黒髪短髪の青年。中東系の彫りの深い顔立ちの美丈夫だが、その眼は鈍くギラついていて敵愾心に満ちている。


『対するは南西、リー・ナムッッ!!』


 一方、ケイトと対峙するリーは、カンフー服を着た白髪の老人である。背筋は伸びているが、タッパは小さく肉付きも薄い。しかしながら、その枯れた容貌からはある種の底知れなさを感じさせる。


『青年対老人! 双剣対双拳! 近距離対近距離! 遠いようで近い二人の男が相まみえますッ!』


 いよいよ闘いが始まろうとしている。ところが、ケイトは臨戦態勢で構えている一方、リーはずっと棒立ちしたままだ。

 この老人は果たして試合をする気があるのだろうか? と、誰もが内心思い始めるなか、銅鑼が鳴らされた。


「クソジジイが……舐めやがってッ!」


 ケイトは悪態を吐き捨てて急行する。それでも老人は一歩も動こうとしないどころか、観客席をぼーっと見ている始末だ。


「でやぁあああっ!!」


 ケイトの苛立ちをぶつけるがごとく双剣の二連斬りが襲いかかる。

 ……が、リーはそれらを飄々とかわした。そよ風に揺れる花のように、ゆったりと嫋やかに。


「……あっ? おらあッ!」


 立て続けに鋭い剣撃が絶え間なく彼を襲う。しかし、それらひとつひとつを的確に見極め、余裕綽々と回避し続けていった。


『すごいぞぉ!? 一瞬ボケ老人かとも思っちゃいましたが、全然そんなことはない! ケイト選手の猛攻をまるで意に介していません!! これが達人の域というやつでしょうかぁ!?』

「くっ……くそがぁ!!」


 自慢の剣さばきが掠りもせず、ケイトは次第に余裕を失っていく。洗練されていた太刀筋は大雑把になり、ますますリーの首へ届かない。


「このっ……てめっ……いい加減にッ!!」


 後先考えず愚直に攻撃し続けた反動による疲弊が見えはじめた、そのときだった。


「――ハァッ!!」


 老人は沈黙を破り、気合の一声とともに手刀を繰り出す。僅かな間隙を縫い、弾丸のような速度で精確に白磁のネックレスを捉えた。


「……?」


 ケイトは一瞬何が起こったのか分からなかった。会場に響く歓声によってようやく気付かされたのだ。自分が負けたということを――


『リー選手! ケイト選手のネックレスを破壊! 破壊しましたぁ!! あまりに呆気なすぎる幕引きです! お見事! これがシンハン寺院総元締めの力なのかー!? 勝者はリー・ナムッッ!!』



「す、すごい……」

「あの爺さん、相当キテるな。カズキ、このまま勝ち進んでいけばアイツとは準決勝で当たるぞ」

「あの人と……」


 俺の目標は聖闘祭優勝。クザ・トリガーという壁が立ちはだかるのは承知だが、トーナメント表を見るに彼とは決勝戦で相対することとなる。だがそこに至るにはまず、あの老人を踏み超えなければならないのだ。

 改めて優勝という“山の頂き”を登り詰めることがいかに困難なものであるかを思い知らされた。そんな試合であった気がする。


「しかしよぉ、よくあんなのが今まで出張ってこなかったな。当然、組合は声を掛けていたはずだよな?」

「……お兄様も驚いていたさ。今更になってリー老師が参戦を表明してきたことにな」


 クザ兄貴の疑問に答えるように、クレアン様が口を開いた。


「ここだけの話、聖闘祭の参加者選定にはウチも一枚噛んでいるんだ。なにせ領主だからな。領内の一大催事に協力するのは当然さ。……言っとくが、お兄様は身内の依怙贔屓で選ばれているんじゃないぞ?」

「それぐらい分かってますって。あの人は正真正銘実力で選ばれてる。何度も戦ってる俺が言うんだからそこに間違いはねぇ」

「ならいい。……そういうわけだから、組合も奴の実力を把握していることは知っていた。ところが、今までいくら声を掛けても“梨の礫”だったのが、何故か今になって了承してきたんだ。一体どういう心境の変化があったのやら」

「なんにせよ。強敵が待ち受けていることには変わりないさね。ち・な・み・に、アタシはカズキに全賭けしてるからな。絶対優勝しろよ?」


 モルモネさんは『カズキ・マキシマ』と書かれた紙片をちらつかせる。


「ネエちゃんもカズキくんに賭けとるのか?」

「おう! こういうヤツは盤をひっくり返すのがうまいのさ。アタシの目に狂いはないさね」

「むほほ! アンタとはいい酒が飲めそうじゃ!」


 と、賭けに興じる年長者同士で勝手に意気投合してしまう。試合そっちのけで盛り上がる二人に、皆してやれやれと呆れるのであった。



『……一回戦、第四試合! 勝ったのはジャッキン・ボクスだあ!!』


 第四試合が終わると、クレアン様はご満悦そうに頷いていた。


「ふっ、上出来だな、ジャッキン。さすがは我が騎士団が誇るエルスニア一の狙撃手だ」


 クレアン様が掛け値なしに評価するのも納得がいく。

 開始早々、巨大銛を獲物とするアクバーの両足を素早くボウガンで撃ち抜いて床に縫い付け、身動きが取れなくなったところに首を狙撃してネックレスを破壊するという神業を披露してみせたのだ。その場を一歩も動くことなく、華麗に勝利を収めた彼の技量には感嘆せざるを得なかった。トーナメント表によると次の相手はあのリー老師となるが、彼ならば互角以上に渡り合えるかもしれない。


『さてさてさてッ! 次はいよいよあの二人! ある意味、本日一番の注目カードですよッ!』


 ダーネット女史の実況とともに野太い歓声が沸き起こる。

 青紫の長い髪を後ろで束ねた『リンファ・メイル』の姿が投影魔法によってスクリーンに映し出される。それを見たモルモネさんが「うひょー!」とスケベオヤジみたいな下品な声を漏らした。


「なかなかのべっぴんじゃねぇかァ! 絵になるねェ! カズキもそう思うだろぉ!?」

「え? ま、まぁ……たしかに……」


 おそらく自分と同じぐらいの年齢であろう女性選手の美しさに、俺は思わず見惚れてしまいそうになっていた。

 ツリ目がちの凛とした双眸、反り返った長い睫毛、整った目鼻立ちと蛾眉。まるで絵画の世界から飛び出してきたような麗人である。そして彼女が纏う薄布の戦闘衣は、引き締まるところは引き締まり、出るとこ出たその妖艶な肢体を際立たせていた。もはや、このような武術大会の場に立っていることに違和感を覚えるほど華のある女性である。


「わぁ……綺麗な人……」

「ですね。……ま、アンナ様ほどじゃあありませんが」

「「たしかに、エミリィさんほどじゃねぇな(ないな)」」

「――あ?」

「まさか……貴様!?」


 俺と同じく彼女に見惚れるアンナ……を褒めるエミリさん……を褒めるクザさんとクレアン様。二人の男が火花を散らしはじめ、にわかに場が混沌を極めようとするなか、もう片方の女性にも注目が集まっていた。


「しっかしよぉ、相手も負けてないって感じさね! うんうん!」


 反対方角から出てきたのは、俺やアンナに因縁を吹っかけてきた件の高飛車な貴族令嬢、『フルール・ルマンド』だ。

 彼女もまた見目麗しい女性ではあるが、なまじ中身の醜悪さを知っているため、特になにか思うようなことはなかった。


『一回戦、第五試合! まだ試合が始まってもいないのにこの盛り上がりよう! ですがお気持ちは分かります! むさ苦しい漢ばかりの聖闘祭には珍しい女性選手同士のマッチング! しかも美女と美女です! かくいう私もテンションバリ上がりでございますッ!』


 ダーネット女史も興奮を隠せない様子で声を張り上げる。そんな周囲の異様な熱狂とは裏腹に当人たちは冷たく睨み合っていた。

 

「うふふ、美女と美女……ですか。皆さま揃いも揃って思い違いしていらっしゃいますわねぇ」


 フルールは口元に手を当ててクスクスと笑う。


「だってそうでしょう? リンファさん。貴女のような低俗な御方と私が同列に語られるなど、あってはなりませんわ」

『……おっと!? なんだなんだァ? フルール選手、いきなりリンファ選手へ挑発かぁ!?』


 フルールの宣戦布告に、観客たちは興味津々とばかりにざわつく。一方のリンファは得物の長槍を携えたまま澄まし顔を貫いていた。


「だいたいなんですの? そのはしたない格好。体のラインがくっきり出ていて肌の露出も多い。しかも胸元を大胆に開け広げて! 下品にも程がありますわねぇ?」


 彼女の言う通り、リンファの衣装の胸元には丸い穴が空いていて豊かな谷間が覗いている。艶やかなのは確かだが、実用性については甚だ疑問である。


「――肌を晒すのに何の問題があるのかしら?」


 寡黙だったリンファが初めて口を開く。

 鈴を転がすように上品で、危険を感じるほどに甘い声だった。


「そういう貴女はやけに着込んでいるわね。……どうして?」

「ハッ! 剣士の戦衣装は甲冑と相場が決まっておりますのよ。もしかしてご存知ありませんでしたか?」


 彼女はそう言って鞘から豪奢な意匠の剣を抜き、切っ先をリンファに向けた。それに対し、リンファは鼻で笑ってみせる。


「そんな鉄クズ着込んでても意味ないわ。敵の攻撃は当たらなければいい。回避で充分よ。鎧なんて重くて邪魔なだけ。――それとも、プロポーションに自信が無くて人には見せられないのかしら? ふふ……」


 リンファは自分の身長よりも長い槍を床に立てると、まるでポールダンスでもするかのように槍に身を寄せ、蠱惑的に手足をくねらせてみた。

 明らかな侮辱にフルールは顔を赤くする。


「なっ!? じ、自分に自信が無いのはそちらの方でしょ!? 殿方を誘惑するような格好して! そもそも! その髪についているのなんですのぉ? アクセサリーですかぁ!?」

「ああ、これ? そう、アクセサリー。可愛いでしょ? よかったら貴女にあげる。きっと似合うわよ?」


 リンファは髪留めに括り付けてある半月状の装飾を指で揺らしてみせた。


「――ぷっ! あははははは! そんなダッッサイもの、いりませんわーー!! やっぱり気品を欠く野蛮人のセンスは理解が及びませんわねーー!!」


 とはいうものの。下衆な高笑いをする彼女を見るに、一体どちらに品が無いのか分からない。


『女の戦いってこえーー! この決着は是非、試合で着けてくださいなッ!』

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