第42話 教会騎士長
『ついに始まりました! 聖闘祭! 一回戦、第一試合ッ! 北東、カズキ・マキシマッ!!』
改めて実況解説に名を読み上げられ、若干の気恥ずかしさを憶えながらも観客の声援に応えるよう手を振る。尤も、「頑張れよー!」とか「大丈夫かー?」とか気遣う声もちらほらあって、あまり期待はされていないようだ。
『対するは南西、ミズーリン・マズカッ!!』
自分の時よりも明らかに大きな歓声とともに、黒ずんだ肌に厳つい顔つきの禿頭の男が粛々とお辞儀をする。歳は四十代半ば頃、教会騎士正式採用のインナー装備に身を包んだ、騎士というよりも歴戦の僧兵といった出で立ちだ。
『ミズーリン選手の令聞は周知の通りでありますが、一方カズキ選手の実力は未知数! 果たしてどんな闘いを見せてくれるのでしょうか!』
円形の武舞台の両端で見合ったまま互いに臨戦態勢を取る。そうして誰ともなく、会場が静まり返った。
永遠とも言える一瞬、試合開始の合図を待ち続ける。
緊張がピークに達したそのとき、銅鑼の音が響き渡り、戦いの火蓋が切って落とされた!
「――アクアレイザー!」
まずは牽制とばかりに水の剃刀を撃ち放つ。
「――ッ!」
俺が魔法を撃ったのと同時に、彼も全速力でこちらに猛進していた。しかも放たれた水の剃刀を無駄の少ない動きで躱しながら。
だが躱すといっても、あくまで“ネックレスに当たらないように”だ。高速回転する水の刃は肩を掠めていて、出血もしている。即座に回復するといっても痛みまで消えるわけではない。にも関わらず、彼は何事も無かったように動じない。
(! やっぱりエミリィさんの言った通りだ……)
武器使用可というレギュレーション上、あえて素手で挑むのは普通に考えれば不利だ。にも関わらず、聖闘祭では格闘家の選手がそれなりに多い。その理由はこの“超回復結界”にあった。
通常、武器と素手でかち合えば、素手側の方が負傷によるコンディション低下のリスクが圧倒的に高いが、致命傷ですら即時回復するこの場ではそのリスクを完全に無視できる。つまり格闘家はダメージを憂うことなく得意なインファイトで戦えるのだ。
『すごい! すごいぞミズーリン選手! カズキ選手の魔法攻撃に一切怯まないッ! まるで暴走ミノタウロスッッ!! 遠距離攻撃の有無の優位性が全く意味を成していません!』
ダーネット実況解説の的確な分析に関心しつつ、あっという間に距離を詰めてくる相手に焦りを覚える。
――そう、一番厄介なのは彼が“モンクである”ということだった。
光魔法と接近戦を併用するモンクは、自動回復魔法『オートヒール』を活用した“肉を切って骨を断つ”戦いに慣れている。しかも歴戦の教会騎士長ともなれば、その忍耐力と精神力は尋常でないはず。現に常人ならば眉を顰めてしまうほどの負傷を受け続けても平然としている。
彼の戦闘スタイルは、この聖闘祭のルールと“あまりにも相性が良すぎる”。
『ああっとぉ!? カズキ選手! ついに接近を許してしまいました! こうなってしまえばミズーリン選手の独壇場ですッ!』
いよいよ来る!
攻撃魔法の牽制空しく、近接距離まで詰めてきたミズーリン。すぐさま両腕を構え、ジャブをかましてきた。
「っ!」
だが俺もみすみす接近を許したわけではない。既に抜刀し終え、ジャブを躱しながら後ろに下がりつつ、刺突で応戦する。
身軽な徒手空拳相手では大振りな攻撃は隙を晒しやすい。レイピアのように水平に剣を構えつつ、距離を取って小振りな突きで牽制する。アンナとの特訓で編み出した接近戦対策がここに来て活きてきた。
『カズキ選手! 意外と健闘してます……が! このままではジリ貧かぁ!?』
たしかにこのまま小競り合いを続けていても一向に埒が明かない。かといって先に隙を見せれば、そこから一気に瓦解するだろう。だが先に攻撃魔法を連発して消耗しているのは自分のほうだ。持久戦に持ち込むには分が悪い。
(なら……ここで一発仕掛ける!)
俺は僅かにスカーレットを手元に引っ込めると、バネを解放するように彼のネックレス目掛けて突撃した。しかし……
「――なっ!?」
『え、えええ!? ミズーリン選手! カズキ選手が繰り出した一突きを! なんと! 素手で掴んで受け止めてますッ!? ひぃー! 見ているだけで手が痛くなります!!』
左手でガッチリと鷲掴みにされ、剣先が喉元へと届かない。これだけ強い力で剥き身の刀剣を掴むなど常軌を逸している。
当然手の内側から血がボタボタと滴っているが、ミズーリンは涼しい顔をしていた。
「勝負を焦ったな? ――聖拳衝!」
ミズーリンはしてやったりと言わんばかりに口角を尖らせる。フリーになった右拳に聖なる光が宿り、頭部めがけて振るわれようとした。
「――それはどうかな?」
俺も負けじと笑い返すと、スカーレットの刀身に火の魔力を送り込む。
“してやったり”はこっちの方だった。
『こ、これはどういうことだぁ!? 刃から火が出ましたっっ!?』
「――熱ッ!?!?」
モンクを極めた彼は、“痛みに慣れている”ということに関しては他の追随を許さないプロフェッショナルだと言えるだろう。だが、人間痛みに慣れることはできても“不測の事態”に慣れることはできない。
だからこそ、突如として刀剣から発生した灼熱の炎に。“ありえない”出来事にミズーリンは一瞬怯み、手の力が緩んだ。
この絶好の機会、逃す手はないッ!
「はぁッ!!」
俺はそのままネックレス目掛けて剣を突き立てる。
パキィ! と、乾いた音を立て、ソレは砕け散った――
『……砕けたァーー!!! カズキ選手! 白磁のネックレスを破壊しましたッ! まさかまさかの大番狂わせです! 勝者はカズキ! カズキ・マキシマ選手ですッッッ!!!』
――勝った。一回戦進出だ。
嬉しさのあまりガッツポーズを取った。
「……見事だ。私の完敗だよ」
さっきまで巌山のような厳しい顔つきだったミズーリンだが、今は慈悲深き聖職者みたいな穏やかな表情を浮かべている。
「それはエンチャント武器だね? あんな使い方をされるとは思ってもいなかったよ。実に天晴だ」
「たまたま上手く不意を突けただけです。貴方ほどの相手では、ネタが割れた二戦目以降も勝てるかどうか」
「それはどうかな? 私の見立てでは、まだまだネタはあると踏んでいるが?」
「……さぁどうでしょう?」
ミズーリンは爽やかに笑うと握手を求めてくる。俺はそれを快く受け取った。二人の健闘を讃えるように、拍手喝采が巻き起こるのであった。
◆
『――決着ッ! 一回戦、第二試合を制したのはゴッゾ・フロマージュだあぁッ!!』
「……あれ、もう終わったの?」
一回戦が終わり、次の試合に備えてスタッフからの魔力補給サービスやらトイレやらを済ませ、招待席へたどり着く間に第二試合が終わっていたようだ。
「あ、おかえりカズキ! おめでと!」
「やりましたね。二回戦進出です」
「なかなか魅せてくれるじゃねぇか!」
「まだ一回戦勝った程度だ。浮かれるな」
「ちゃんとスカーレットを使いこなせてるようだね」
「みんな……ありがとう!」
見知った面々に暖かく出迎えられる。ちょっと照れ臭かったが、無事に勝ち上がれたことを噛み締め、改めて安堵する。
「いやー驚いた! 別に疑っていたわけじゃありゃせんが、まさか本当にあのミズーリンさんに勝ってしまうとは。なかなかやるじゃないかの!」
「あ、おじいさん!」
「この御老人は『ムッシュ』さんというらしいですよ」
「今後ともよろしゅう」
こちらこそ、と言って俺は空いている席に腰掛けた。
「ふぉっふぉっふぉ、ほんにカズキくんに賭けておいて正解じゃったわい! 見る目のないバカどもの悲鳴は実に心地よかったぞ! むほほ!」
ムッシュ老人は紙切れをヒラヒラと仰ぎながら、いやらしい笑みを浮かべる。おそらくこの大会で行われているトトカルチョで自分に賭けているのだろう。
「……うーん、それにしてもトトカルチョだの本気の殺し合いだの、教会協賛の神聖な催事にしてはなんだか生臭いですよね?」
俺は隣の席のエミリィさんに、小声で素朴な疑問を伝える。
「たしかに教会はエアリスの教えに倣い、厳粛で慎ましやかな精神を旨とします。しかしながら、エアリスは神聖で穏やかな慈愛の女神であると同時に、荒々しい“戦神”としての享楽的な側面も持つのですよ。『聖闘祭は女神エアリス様も愉しまれる行事』ですから、大会期間中は修道女も教会騎士も存分に羽根を伸ばすことが許されているのです」
「なるほど……」
闘技場内にも観客席にも修道服を来た男女がちらほら見受けられたことに違和感を覚えていたが、そういった事情があるのなら納得がいく。それに教会の者だって普通の人間だ。息抜きの建前が作れるなら願ったり叶ったりだろう。
「むほほ、あの実況解説のハイテンションな娘も、普段は修道女なんじゃよ?」
「え? そうなんです? お詳しいですね。もしかして教会の関係者?」
「ワシが? ほほ! 違うわい。ワシはよく飲んだくれてはぶっ倒れを繰り返し、教会に世話になりっぱなしの死に損ないジジイじゃよ! 教会が我が家みたいなもんじゃから、自然と内情に精通するようになっただけじゃ。ふぉっふぉっふぉ」
「そ、そうなんすか……」
「おいおいカズキ。そこのジジイよりも、これから試合に出る方のジジイを気にした方がいいかもだぜ?」
クザさんに促されるように武舞台に視線を向ける。会話に夢中で気づかなかったが、いつの間にか第三試合の対戦カードが揃っていた。
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