第3章 聖闘祭編
第40話 いよいよ当日
「――おーい! カズキー! クザさーん! こっちだよー!」
「アンナ! それに皆も! 遅れてごめん!」
聖闘祭当日。開催場所となるアルルの街の闘技場前に既に到着していたアンナ、エミリィさん、変身したモルモネさんの元へ、クザさんと一緒に駆け寄った。
「わりぃ! カズキとのタイマンが思わず白熱しちまってな。なんだかんだ良い特訓相手にだったぜ」
「俺の方こそ、クザさんのおかげで超パワーアップした気がします!」
「……やれやれ。おふたりとも意気込みは結構ですが、エントリーに間に合わなかったら元も子もないんですよ?」
呆れた様子のエミリィさんに対し、二人揃って「スンマセン」と頭を下げる。それを見たアンナとモルモネさんは朗らかに笑った。
開催までの数日間、アルルの街は普段の穏やかな情景とは見違えるほどの活気に溢れていた。人の往来が目に見えて多くなり、大通りには土産物の出店が立ち並び、当日ともなると盛り上がりはピークに達し、もはや街全体が祭りの熱に浮かされているようであった。
そんな祭りの大舞台を彩る主役の一人に選ばれてしまった事実を改めて実感し、否が応でも緊張を覚えてしまう。
「……緊張してる?」
「え? お、おお。まぁね?」
受付へと赴く道すがら、アンナに声を掛けられる。苦笑いを浮かべて答えると、彼女はクスリと小さく笑った。
「やっぱり。でもカズキなら大丈夫だよ。あれだけ特訓頑張ってきたじゃん」
「――うん、そうだな。アンナにも随分付き合ってもらったな」
聖闘祭に向けての特訓は経験者であるクザ兄貴との手合わせが殆どであったが、アンナにも手伝ってもらっていた。スキルアップがしたいという本人たっての希望もあったが、どうやら聖闘祭は格闘系の選手もそれなりに多いらしく、そういった仮想敵に向けた特訓相手としてアンナは最適だったのだ。
「特訓に付き合ってくれたアンナの為にも負けるわけにいかないよな。目指すは優勝ッ!」
「ほー? 言ってくれじゃねぇか?」
「……もちろん。クザさん相手でも負けませんよ?」
不敵な笑みを浮かべるクザさんに俺も負けじと笑い返す。両者の目線の間に火花が散っていた。それを傍から見ていたモルモネさんは「血気盛んだねぇ」とどこか微笑ましそうにするのであった。
やがて闘技場の中を進んだところに選手受付窓口が見えてくる。そこには既に参加者と思われる者が数名屯していた。
「よぉ。来たぜ」
「あ、俺もです。カズキ・マキシマです」
受付を担当していた優しそうな青年は「かしこまりました」と柔和な表情で応対する。
「では、参加証の提示をお願いします」
クザ兄貴と俺は、聖闘祭の選手だけが持つことを許された特別な書簡を手渡す。受付の青年は独り言を呟きながらそれらと手元のリストを入念に見比べていた。
「……はい。クザ・トリガー様、そしてカズキ・マキシマ様ですね。承りました。本日午前9:30から開会式となりますので、10分前までに舞台控室にお越しください」
受付を済ませるやいなや、近くで屯していた選手と思しき人物がこちらに向かって歩いてくるのが分かった。
「――そこのアナタ。カズキと言いましたね? もしかしてアナタがライアン様の代わり?」
「へ? そうっすけど」
藪から棒に話しかけたきたのは、壮麗な白銀の鎧に身を包んだ女性。赫色の縦ロールを両サイドにまとめたその容姿は、いかにも高飛車なお嬢様といった風貌である。
彼女は値踏みするように俺の身なりをジロジロと見ると、鼻で笑った。
「あのライアン様が直々にご指名したと聞いておりましたので、どんな素晴らしい方かと思ったのですが……」
「……どういう意味です?」
「あら、お気に障ったのならごめん遊ばせ? そうですわね。能ある鷹は爪を隠す、といいますし。カズキさんもそのような方だと期待しておりますよ。……ですが、せいぜいボナハルト家の名を落とすような無様を晒さないようお気をつけ下さいな?」
露骨に人の神経を逆撫でする態度にカチンときたが、大会のルールにおいて選手同士の場外乱闘は厳禁とされており、判明次第、両者失格となってしまう。ここは怒りの矛を収めるほかないだろう。
ふと、事の成り行きを見ていたアンナが彼女の名前を口にする。
「……フルールさん?」
「おんやー? あーら、あらあらあら、あーら! なーーんだかカビの匂いがするかと思えば、やはりアンナ様でしたのねぇ」
フルールと呼ばれた彼女はアンナに視線を移す。どうやら二人は既知の間柄であるようだ。
「お久しぶりです。聖闘祭に出場するなんてすごいですね」
「ありがとうございますわ。私こう見えて、腕に覚えがありますのよ。貴族令嬢たるもの、踊りや詩を嗜むだけが華ではありませんわ」
フルールは「それにしても」と言いながら、アンナの格好を侮蔑の眼差しで見据えた。
「――なんとまぁ、見窄らしい身なりですこと! いくら出奔したとはいえ、あのボナハルト家の人間とは到底思えませんわ。――尤も、その身に半分流れる卑しい血が品格を陥れているのでしょうかね?」
フルールの傲慢不遜な物言いに強い怒りを覚える。
彼女の度重なる侮辱に堪えきれなくなったのか、エミリィさんがアンナを庇うよう前へ躍り出た。
「え、エミリィ!」
「……なにか?」
「……」
エミリィさんはフルールの暴挙に抗議するかのように、無言で睨みつける。彼女の顔つきは今まで見たことがないほど迫力満点で、俺やクザさんも思わずたじろいでしまった。
そんな一触即発の状況を打破するかのように、見覚えのある青年が二人の間に割って入ってきた。
「――いい加減にしろ。フルール嬢」
「く、クレアン様……!?」
フルールは瞠目しながら青年の名前を呼ぶ。
――クレアン・ボナハルト。リースの森で共に戦ったグレアム公爵の次兄。そしてライアン様の弟であり、アンナの腹違いの兄でもある。
彼は聖闘祭の招待客として呼ばれており、たまたまここに居合わせていたのだろう。
「聖闘祭出場という栄光を叶えた君には敬意を表しているよ。……だが、“貴族でない人間”を必要以上に詰る今の君は驕りに満ちているように見えるな。君がそんなでは、それこそルマンドの“品格”が疑われるんじゃあないのか?」
クレアン様が厳しい口調で指摘すると、彼女はバツが悪そうに押し黙り、そのまま逃げるように去っていった。
アンナは彼の対応に驚きつつも「ありがとうございます」と頭を下げるが。
「別に庇うだとか、そんなつもりはない。アイツを見てたら以前の僕を見てるようで気分が悪かっただけだ」
……などと、典型的な“ツンデレムーブ”をかましてそっぽを向いた。
どうやら、あの一件でアンナに対する考えを改め、態度が軟化しているようであった。そも、彼は半ば母親から洗脳されていただけで、もともと妹に対する恨みの感情はさほど無かったのだろう。
「ねぇエミリィさん。さっきのは?」
俺はあのいけ好かない貴族令嬢の素性についてそっと尋ねてみた。
聖闘祭はトーナメント形式で行われる。まだ内訳は明かされていないが、彼女とかち合う可能性は十分にありうる。対戦相手の情報はできるだけ集めておきたい。
「彼女は『フルール・ルマンド』。ルマンド男爵家の男爵令嬢です。文武両道で剣術の腕は一流。これまで貴族間交流で行われた剣術大会ではいずれも好成績を修めているらしいですね。性格は……見ての通りですが」
そう言ってエミリィさんは、フルールが去っていった方向を怨めしそうに睨んだ。
「やっぱり、昔アンナと何かあったんですか?」
「ええ、お察しの通りです。ルマンド家はボナハルト家と深い交友関係にあり、お二人が顔を合わせる機会もたびたびありました。しかし、フルール様はトロカ奥様に取り入るため、アンナ様の迫害に積極的に加担していたんです」
「マジっすか……」
別に仇討ちというわけではないが。この大会であの高飛車令嬢をギャフンと言わせたくなりつつ、静かに闘志を燃やすのであった。
「――ああ、そうだ。ほら」
クレアン様は思い出したかのように懐に手を入れると、複数枚の紙切れを取り出して各人に差し出す。
招待席用の特別なチケットだ。曲がりなりにも自分はライアン様の代理なので、アンナやエミリィさんはもちろん、モルモネさんとクザさんも関係者として招待客扱いされているようだ。
「俺も貰っちゃっていいんすかね?」
「構わない。『クザにはカズキくんがよく世話になったようだからな!』と、お兄様からの御好意だ」
「へー、そうかい。そういうことならありがたく。一度招待席から観戦してみたかったんだよな!」
「……あれ?」
貰ったチケットをよく見ると、二枚重ねになっているのがわかった。
「なんか二枚あるんですけど」
「ん? 余ったのか? まぁいい、そのまま貰っとけ」
クレアン様はぶっきらぼうに言う。今更余ったチケットを返されても困るだろう。俺は素直に二枚ともポケットに収めた。
「それでは私達は行きますね」
「頑張ってね!」
観戦組に分かれを告げ、彼らは観客席へと続く階段を昇っていった。残された俺とクザさんは舞台控室へと向かう。
「いよいよだな。カズキ」
「腕が鳴りますね」
「だな。お前もこの数日間でだいぶやるようになったからな。この晴れ舞台で勝負するのを楽しみにしてるぜ」
「俺も楽しみにしてますよ。特訓中はクザさんには負かされっぱなしでしたから。本番こそ勝ちます!」
などとやり取りを交わしていると、なにやら挙動不審の老人が通路の脇で右往左往しているのが目に入る。俺は気になって声を掛けてみた。
「あの、どうかしましたか?」
「ホア? ……ん? おお! クザ・トリガーじゃないか! 今回はライアン様が不在で残念じゃったのぉ」
「はは、まあな」
「で、キミは?」
「カズキ・マキシマです。一応俺も選手ッス。初出場ですけど」
老人は感心したように頷くと、俺たちに事情を話しはじめる。
「観戦チケットをうっかり無くしてしまってのぉ。このままだと老い先短いジジイの数少ない楽しみを失ってしまうのじゃ……。はうう……ほんに困ったのぉ……」
彼は深い溜め息をゆっくりと吐き、黄昏の先を見つめるように寂しげに俯いた。齢九十を超えていそうなヨボヨボの老人の落ち込んだ様に、思わず憐憫の情が湧く。
俺は迷わず貰ったばかりの招待席チケットの余りを老人に渡すことにした。
「よかったらこれどうぞ。事情を話せば分かってくれると思いますよ」
「お!? ホントにええのか!? しかも招待席じゃ!」
「ええ」
「ふおお! ありがとのぉ! これもエアリス様の思召しじゃあ!」
老人は感極まったように両手を合わせて俺の姿を拝む。仏様扱いされてるようで、なんだか面映ゆい。
「お礼と言ってはなんじゃが、これをやろうぞ!」
すると老人は金貨一枚をそっと手渡してくる。
「これは?」
「ただのコインじゃよ。じゃがの、ワシの感謝と応援の気持ちが目一杯込もっておるぞ? お守りとして大事に取っとくがよい」
まじまじと見てみるが、女神エアリスの横顔が彫られた何の変哲もない普通のゴールド貨のようだ。だが老人の温かい厚意が詰まっていると思えば、本当にご利益がありそうである。
「ほいじゃあの! 頑張るんじゃぞ! カズキく~ん!」
先程までの項垂れた様子とは打って変わって、軽い足取りで小走りする老人を見送る。するとクザ兄貴が怪訝そうにその後姿を見つめていた。
「なんだったんだ? 今の」
「さぁ」
「――あ! やっべ! 時間! 急がねぇと!」
「あっ!? そうだった!」
通路の壁に掛かっていた時計を見やると、時計の針が9:30に差し掛かかろうとしていた。そうして二人揃って慌ただしく舞台控室へと駆け出していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます