第39話 ネクストステージ

「お礼……ですか?」

『うむ。今考えているのは、カズキくんの引き抜きだ! 是非とも我が騎士団に迎え入れたい!』

「え!? お、俺をですか!?」

『今回の件、とくにクイーンホーネット討伐におけるカズキくんの活躍ぶりには目を見張るものがある。純粋にキミの実力を評価して出した答えだ。もちろん、アンナとエミリィも一緒に来てもらってもいい。どうだ? 俺たちの騎士団の元で働いてみないか?』


 俺は口を噤んで一案する。

 ギルド所属の冒険者から領主直属の騎士団に加入など、栄転も栄転。しがないアルバイトからエリート公務員になるようなものだ。

 これ以上ないぐらい魅力的な誘い。けど、答えは決まりきっている。俺はアンナと目配せしてから口を開いた。


「とても光栄なのですが、すみません。お断りします。まだ冒険者として“やり残したこと”があるので」


 ――器用貧乏職の冒険者として活躍し、その素晴らしさを世界に認めさせる。

 初めてアンナと出逢ったあの日、宴の席でともに誓いあった目標。それを成し遂げるまでは冒険者以外の道を歩むつもりはない。彼女もまた自分と同じ気持ちを抱いているのだろう。言葉を交わす必要はなく、互いに頷きあった。

 ライアン様はそんなアンナとの無言のやり取りから察したのか、「そうか」と、どこか感慨深そうに呟いた。


『ま、気が変わったらいつでも言ってくれよ! 俺は待っているぞ! ……となると困ったなぁ。他にいい案が思いつかないぞ?』

「い、いえ、別にお礼とか構いませんのでっ! そもそも畏れ多いというか!」

『そういうわけにはいかん! こうなったら、何が何でも褒美を渡さないと俺は納得しないぞッ!』


 使い魔越しからでも分かる熱気を放ちながら、ライアン様は頑として譲らない。どうしたものかと途方に暮れていたときだった。

 

「――なぁ領主の息子さんよ。だったら、聖闘祭(せいとうさい)の出場権をカズキに譲渡する。ってのはどうだい? アンタ今忙しいんだろ?」


 モルモネさんは閃いたとばかりに言った。


『なるほど! その手があったか! 正直、今回は辞退しようと思ってたところだから丁度いい!』

「そういえば、そろそろ開催時期が近づいてましたね」

「聖闘祭見たことないんだ! しかもカズキが出るんならすごく楽しみだよ!」

「アタシが勧めておいてアレだが。一番人気のライアンサマの代理となると、カズキには荷が重いかもなァ」

『いやいや、そんなことはないと思うぞ? カズキくんならばクザ相手にも引けを取らないはずだ!』


 セイトウサイ? なんのことだろうか?

 話についていけず置いてきぼりになっていると、見かねたエミリィさんが解説を買って出た。


「『聖闘祭』というのは、アルター王国の各地方で不定期に開催されている武術大会のことです。選りすぐりの戦士たちが集って鎬を削り、頂点を目指す。栄誉ある闘いの祭典なのです」

「武術大会……そんなのがあったんですね。でもどうして不定期なんですか? そういうのって年に一度とか開催時期が予め決まっているものかと思うんですが」

 

素朴な疑問を投げかけると、モルモネさんが代わりに答える。


「聖闘祭が不定期開催なのは、その成り立ちに起因するからなんだよ。“聖脈”ってのは知ってるだろ?」

「ええ、一応」


 聖脈とは、この世界の地下深くに張り巡らされた魔力の流れである。聖という名の通り、流れる魔力は光属性の性質を有しており、それらを取り出して光属性魔法の源として利用することができる。中でも聖脈が幾重にも交差し、魔力が膨大に留まる“吹き溜まり”と呼ばれる場所の上には、それを最大限に活用できる教会が建てられ、さらにその教会を基点として人が集まり、やがて街が築かれる。このアルルの街もそうやって成り立ったのだという。


「魔王暗黒期は戦争で傷ついた人々を癒やすべく教会がフル稼働するんだが。今みたいな平和な世の中だと、どうしても聖脈の魔力を持て余しがちのさ。……するとどうなるかというと、人間が採掘した影響で地表近くに移動した吹き溜まりってのは、放置しておくと次第に魔力が溜まり続けて膨れ上がっていき、やがて許容量を超えると、地表を丸ごと吹き飛ばす魔法爆発を起こしちまう」


 モルモネさんは「ボン」と言って、わざとらしい手振りで爆発を表現する。


「そうならない為に溜まった魔力を適度に抜いちまおうという。ということで考案されたのが聖闘祭なのさ」

「聖闘祭の舞台では、安全措置として“致命傷すら瞬時に全快してしまう”ほどの高度な『超回復結界』が展開されます。それを維持するリソースとして聖脈の魔力を浪費させるのですよ」

「なるほど……、ガス抜き作業をそのままイベントにしてしまおうというわけか。街の活気付けにもなるし、まさに一石二鳥ですね」

『さすがカズキくん、理解が早いね! ……それで、どうかな? 俺の代わりに出てもらえないだろうか?』


 ライアン様の言葉を飲み、しばし逡巡する。

 いつ次が行われるか分からない武術大会の貴重な参加権。これを逃す手はないだろう。

 正直、自分の実力がエルスニアの猛者たち相手にどこまで通用するかは分からないが、魔法戦士の魅力を手っ取り早く多くの人に布教できる手段と考えれば、挑戦してみる価値は十分にありそうだ。


「――わかりました。俺、聖闘祭に出てみます!」

『それはよかった! キミの活躍、楽しみにしてるよ!』

「うし! そうと決まれば、聖闘祭に向けて特訓だ!」

「……あのですね。まずは病床からの復帰が先ですよ。開催までまだまだ時間はありますから」

「アッ、ハイ」


 和やかな笑いが巻き起こる。俺は苦々しく頬を掻くのであった。



 三日間の昏睡の復帰から翌々日。身体に異常は無いとドナさんに太鼓判を押され、教会から退所することが叶った。

 聖闘祭参加への諸々の手続きはライアン様がやってくれるとのことで、あとはただ開催日まで腕を磨いて待つだけだ。


「こんにちわ。クザさん」

「ん? よぉ、カズキじゃねぇか」


 俺は例のごとく、ギルドの訓練場で剣を振るっていたクザさんの元を訪れていた。


「聞いたぜ。リースの森の事件での活躍とか、聖闘祭に出ることになったこととかな」

「さすが耳が早いっすね」

「ギルドにいりゃ嫌でも耳に入ってくるさ。そんだけお前の話題で持ちきりだったんだぜ?」


 彼の言う通り、久しぶりにギルドに顔を出したら同僚たちに一斉に群がられ、質問攻めに逢ってしまった。クイーンホーネットの一件もそうだが、ギルドの冒険者にとっても聖闘祭は相当に関心を集める話題らしい。

 それもそのはず、エルスニア・ギルドが誇る我らがクザ・トリガーは聖闘祭の常連なのである。しかも同じ常連であるライアン・ボナハルトとはライバル同士で、毎回どちらかが優勝を掻っ攫っていくのが通例だという。


「しっかしよぉ、今回はライアン様が不在とはなぁ。前回のリベンジを果たしたかったぜ。――おっと、気を悪くしないでくれよ?」

「いえ、お構いなく。ライアン様の代わりを果たせるほどの実力が足りないのは事実ですし。……なので」


 俺は改まって彼に向き直った。


「この前みたいに、俺の特訓に付き合ってくれませんか? クザさん」


 色々考えてみたが、やはりクザさんと一緒に特訓する以上の良い案が浮かばなかった。何せ聖闘祭優勝経験もあるギルドきっての強者。申し分ない相手だ。


「……お断りだ。俺だって今回の聖闘祭にお呼ばれされてるんだ。自身の鍛錬に集中したいに決まってるだろ。人の面倒を見ている余裕なんてねぇ。ましてや、敵に塩を送る真似ができると思うか?」

「分かっていますとも。ですから、“交渉”に来たんです」

「交渉……ねえ。言っとくが金はいらねぇぞ? 俺の鍛錬の時間は金で買えるもんじゃねぇ」

「でしょうね。と、いうわけで」


 俺は勿体ぶるように間を置いた。


「……もしクザさんが最後まで特訓に付き合ってくれたら……、エミリィさんと親密になるための“とっておきのアイディア”を教えてあげますよ」

「――なに?」


 彼の目の色が変わる。


「あれから進展が皆無なんですよね? お二人は」

「ぐ……、それは……」

「クザさんは男の俺から見ても十分に魅力的な男性です。だから、あとちょっっとばかしアプローチを変えれば、エミリィさん相手でもイケるんじゃないかなーと俺は思うんですよ。……そこで、エミリィさんと行動を共にしていて気付いた、彼女の琴線に触れるポイント。つまり“弱点属性”をご教授してあげようかな……と?」

「エミリィさんの弱点属性だと!? なんだそれは?」

「で・す・か・ら。それは最後まで特訓に付き合ってくれたら教えてあげますってば」

「むむむ……」


 クザ兄貴は両腕を組んで唸る。あともうひと押しでいけそうだ。


「ま、俺は別に断られようがなんだろうが構わないっスよ。クザさんにノーと言われたら他をあたるだけですし。ただエミリィさん攻略のヒントが永遠に失われるだけ、ですけど」

「はぁ……、わかったよ。特訓、付き合ってやる」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「……それによ。ライアン様不在で俺の一人勝ちってのも面白くねぇしな。ライバルは一人でも増えた方が俺も張り合いがあるってもんだ。やるからにはガチでいくぞ? 覚悟しろよカズキ!」

「はいっ!」


 こうして聖闘祭開催まで、クザさんとともに鍛錬に打ち込む日々を過ごすのであった――

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