第31話 女王禍・中編2

「……それで、具体的にどう風に行くんです?」

「ワイバーンを討伐したときのことは覚えてますね? あのときの応用で行こうかなと考えています」


 たしか、エンチャント剣の作成費用を一挙に稼ぐために受けた討伐クエストで、ワイバーンを罠に嵌めたあとアンナの聖拳衝で気絶させ、トドメに急所の逆鱗を剣で貫く。といった内容だったはずだ。


「じゃあ私の聖拳衝の出番だね」

「いえ、それは今回は無しでいきます。効き目が出るまでに何発撃つ必要があるかも分からず、そもそも効き目があるかどうか疑わしいからです。なにより今回、アンナ様には別の役割があります」


 「別の役割?」と、アンナは首を傾げる。


「まず最終目標であるクイーンホーネットの討伐までのプロセスを逆算して考えてみましょう。クイーンホーネットに致命打を与えるにはどうするか、ですが。“頸の関節”を狙うのがベストかと思われます。昆虫種の魔物は全身を頑強な外皮で守っているのが特徴ですが、駆動域の確保のため関節部分は細く、ウィークポイントであるからです。次に、その“弱点”をどうやって攻撃するかですが」


 エミリィさんはそう区切ってから俺を一瞥する。


「カズキさんの『風属性のエンチャント攻撃』で行きましょう。弱点属性の斬撃で頸を切断……これ以上効果的な有効打は考えられません」

「え? 俺、風属性の攻撃魔法は初級のウインドカッターしか使えませんよ? 罠魔法も一応高火力のサンダートラップが使えますが、それで火力は足りるかどうか……」


 エンチャント攻撃はただ魔力を込めるだけでなく、攻撃魔法のイメージを宿す必要がある。さらにエンチャント攻撃の威力は“ベースとなる攻撃魔法の規模に依存している”と、モルモネさんから聞き及んでいる。


「そこは心配いりません。そのためのアンナ様ですから」

「! さっきの別の役割って……」

「相手はライアン様でも歯が立たないクイーンホーネット。カズキさんのエンチャント攻撃程度では火力が足りないはずです。そこで、アンナ様がカズキさんの背後に着いて、マナチャージをかけ続けるのです」

「なるほど! つまりマナチャージの魔力充填によって、“エンチャント攻撃の威力をブーストする”ってことですか?」

「そういうことです」


 たしかにその方法を使えば、たとえベースが初級攻撃魔法レベルでも中級、いや下手すれば上級に匹敵する威力を叩き出せるかもしれない。さすがエミリィさんだ。とんでもないアイディアを思いつくものである。


「で、アンナ様とカズキさんのコンビネーションアタックを成功させるため、私はバインドでクイーンホーネットを拘束。……と言いたいところなのですが、さすがに1秒程度の拘束時間では不安が残ります。バインドの発動に私の魔力を全ツッパしても、せいぜい数秒増えるぐらい……。バインドによる拘束時間の長さが作戦成功の合否を握っていると言っても過言ではありません。唯一この点だけがネックなんですよね……」

「うーん……切り落とすのに苦戦しているうちに解除されて暴れられたらどうしようもないしなぁ……」

「なにかしらバインドの拘束時間を伸ばす手段はない?」

「あるにはあります。つまるところ、バインドは対象の動きを強引に封じこめる魔法。しかし、そもそも対象が既に何かしら束縛されていて動きが鈍っていれば、より長い時間バインドを持続させることができます」

「問題はクイーンホーネットの動きを止める方法かぁ。落とし穴を掘る時間もないだろうし……」


 三人で知恵を絞り合ったものの、良い案は浮かんでこない。とはいえ、こうしている間にもライアン様は奴を必死に抑え込んでいる最中だ。今は一刻を争う状況である。

 半ば諦めかけたそのとき、突如として閃きが舞い降りた。


「……待てよ? これイケるかも」

「カズキさん? 何か浮かんだのですか?」

「ええ! まずは――」



 ――こやつ。鬱陶しいにもほどがある。

 攻撃を加えてはいるが、躱すことに専念していて殺気が見られん。儂を打ち負かすつもりがまるでないのだ。

 まぁ、それも当然か。こやつは儂に勝つ気が無いのだからな。こやつの思惑はとうに見抜いている。時間稼ぎだ。他の仲間が逃げるまでのな。

 滑稽。実に滑稽だ。

 他の人間どもは全員、儂の子らに監視させている。一匹たりとも漏れなく居場所を把握している。儂がその気になれば、すぐにでも向かい嬲り殺しにできるのだ。こやつがいくら頑張ったとて、誰も逃げることなどできん。自らの頑張りが徒労となるのも知らず、よく踊るものよ。

 ……そうだ。佳いことを思いついた。

 こやつは必ず殺すが、それは最後にしてやろう。

 まずこやつの四肢を全て潰して動けなくさせる。それからこやつが守ろうとしている人間どもを一人ずつ殺しに行く。こやつが見ている前でな。そして最後にはこやつが一番大事にしている人間を、眼の前で子供たちに生きたまま食い殺させてやろうぞ。

 ああ、楽しみだ。こやつがへばって隙を見せる時が来るのが。儂の家と子らを奪った恨み。存分に晴らさせてもらおう!



「――ウインドカッター!」


 高速回転する風の刃を放つ。

 難なく命中はしたものの傷ひとつ付かない。が、こちらに注意を逸らすだけの効果はあったようだ。クイーンホーネットはライアン様への攻撃を止め、悠然と振り向いた。

 

「選手交代! 次は俺が相手だ!」

《こいつは勘のいいオス……。まだ居たのか? まぁ、よかろう。最初にこいつを殺すとしようぞ。いずれにせよ皆殺しには変わりない、殺すのに後も先も関係無いからな……》

「……なっ!? エミリィ……それにアンナまで!? どうして逃げなかったんだ! やめろカズキくん!! ソイツは君が敵う相手じゃない!!」

「考えがあるんです! 俺を信じてください!」

「っ……! わかったッ」


 後からエミリィさんとアンナも説得に加わり、なんとかライアン様を引き離すことができた。

 あとは俺ができることをやるだけだ。


「――ウインドカッター!」


 再び風の初級攻撃魔法をぶつける。クイーンホーネットはそれを避けようともせず、当然ダメージを与えることすらままならない。

 するとお返しとばかりに、真っ赤な酸ブレスを勢いよく放射してきた。


「いっ!?」


 全身の力を使って真横に跳び、なんとか躱す。ブレスが飛沫したあとの地面が抉れ、白煙がもくもくと立ち込めていた。安堵したのも束の間、今度は突進攻撃をしてくる。


「っ!」


 暴走トラックのように猛スピードで迫り来る巨体を、脚力ブーストを駆使してギリギリで避ける。

 クイーンホーネットは直線上にあった木を薙ぎ倒しながら旋回し、再びこちらを正面に捉えた。

 実際相手にしてみると、戦うのはおろか攻撃をあしらい続けるのすら必死だ。こんなのをずっと無傷で相手にし続けたライアン様の凄まじさが身に染みる。


(……弱気になってる場合じゃない。なんとか“アレ”を狙わないと!)

《ふむ。さすがにリーダー格のオスと違って拙い戦い方よな。儂の攻撃を避けるので精一杯といったところか? だが、こやつの動きが妙なのが気がかりだ。まるでどこかへ誘導をしているような……》

「おい! どうした!? 早くかかってこいよ!」


 言葉は通じないだろうが、身振り手振りで気を惹くことはできるはず。とにかく今はコイツを誘導し、“アレ”を狙いに行くしかない……!


《……! そうか読めたぞ! こやつめ、何か罠を用意しているな? それでわざわざ儂を惹きつけるような真似を。リーダー格のオスもお前のような手を使って儂を罠に嵌め、あの箱に閉じ込めおった。……もう、同じような手は食わん!!》


 突然女王が身を翻し、俺の元を離れる。

 

「あッ!」

《くくく、残念だったな! そして儂の行き先は……!》


 彼女が向かった先には、ライアン様とアンナとエミリィさんが集まって待機している。


《やはり! すっかり油断しきったこやつらの顔を轢き潰してやろう!!》


 回避する猶予もなく、三人の元へ女王の巨体が迫りくる。このままではみんな轢かれてしまう。


「――かかったな?」


 だが、俺はニヤリと笑った。

 なぜなら三人の手前の地面には黄色の魔法陣が……“本命”があったからである。

 女王が魔法陣を通過した直後、眩い光とともに地面から幾つもの巨大で鋭利な岩塊が飛び出した。

 ――アーストラップ。地属性の罠魔法である。


《なっ!? なにいいいいいッ!!?》


 並の魔物であれば岩に貫かれて絶命しているほどの威力。だが、さすがは竜種にも引けを取らないとされるクイーンホーネット。その重装甲を傷つけるには至らず、四本の脚を阻まれ、突進を止められた程度で済んでいた。


《あのオスめ! まんまと食わされた! まさかこちらが本命だったとは! ……だが、この程度造作もない。すぐにでも抜け出してやる》


 女王は唸り声を上げなら暴れ掻く。おそらく、このまま容易く突破されてしまうだろう。

 ――しかし、狙いはそれだけでは無かった。

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