第27話 リースの森戦線・前編

 ライアン様の懸命な訴えによって現場の士気は上がり、迎撃準備は着々と進んでいた。

 森の賢者に戦闘の余波が及ばない距離まで封印櫃を移動させ、輓馬や非戦闘員は次々と退避していく。そんななか、冒険者である自分たちのもとへライアン様が立ち寄り、団員たちにしていたのと同じように頭を下げた。


「どうか、諸君らにも力添えをしてもらえないだろうか! この度の俺の不始末はエルスニア・ギルドとは全くの無関係。本来ならばこのような危険な任務に付き合わせるのは筋違いだ。それでも――」


 そう言いかけたとき、アンナが割り込むよう口を開いた。

 

「ライアン様。私が冒険者になったのは、『たくさんの困っている人たちを助ける』ためです」


 そう言って力強くライアン様を見据える彼女に、エミリィさんは誇らしげに微笑む。


「私はアンナ様の夢を応援する者。アンナ様が望むのならば、どこまでもお供する所存です」

「乗りかかった船ですから、俺も最後まで付き合わせていただきます!」

「――! カズキくん、エミリィ、アンナ……ありがとうッ!」


 俺だって先のクエストでゲイリーさんの世話になった。彼の助けになるのならば喜んで引き受けたい。


「ライアン様。よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「救援が到着するまでここで封印櫃を守りきる。と聞きましたが、何故クイーンホーネットを生かしたままなのですか?」

「それ、俺も気になってました」

 

 ホーネットたちの狙いが女王ならば、さっさとトドメを刺して元凶を断ってしまえばいいだけの話だ。何故そうしないのだろうか。


「結論から言えば、“今の俺たちには殺せない”からだ」

「と言いますと?」

「此度の作戦、我々は『クイーンホーネットの討伐』を主眼としていなかった。奴を葬れるほどの打撃力を持ち合わせていないのだ。最初から封印して無力化する予定だったからな。だから現状、奴の堅牢な装甲を破りダメージを与える術はない。むしろダメージを与えるどころか、中途半端な攻撃によって櫃が破壊されれば、封印から解放されてしまう」

「……はぁ。よくそのような綱渡りで生け捕りを敢行しようなんて気になりましたね」

「うっ……面目ない……」


 エミリィさんの容赦のない突っ込みに対し、ライアン様は申し訳なさそうに俯く。

 一応は庶民と貴族という身分差にも関わらず、彼女はかなり明け透けに物申すことができるようだ。あの二人は比較的歳も近そうだし、エミリィさんがボナハルト家の使用人だった頃は兄妹のような関係だったのかもしれない。


「――いえ、少々言い過ぎましたね。私も同じ立場だったら封印櫃の安全神話を盲信しましたし、この事故はきっと誰にも予想できなかったはずです。……この件についてはひとまず置いておくとして、私たちはどのポジションに付けばよろしいので?」

「うむ。三人とも内縁部隊で封印櫃の護衛に付いてもらいたいと思っている。回復魔法を使えるシィナくんが離脱した今、アンナは貴重な回復サポーターだ。負傷者のケアをしてもらいたい」

「任せてください!」

「カズキくんはたしか魔法戦士だったな」

「はい!」

「君には攻撃魔法によって外縁部隊を火力支援しつつ、自衛力の低い魔法使いたちのフォローを俺と一緒にして欲しい。魔法攻撃と白兵戦を両立できる人間はこの中で俺と君だけだからな!」

「は、はい! 頑張ります!」


 味方の護衛という責任重大な役割を、次期当主より直々に仰せつかってしまった。今まで生きてきたなかで一番身が引き締まる思いをしているかもしれない。


「そしてエミリィは、同じパーティーメンバーのカズキくんやアンナとの臨機応変な連携を補助しつつ、ここで俺に知恵を借して欲しい。ゲイリーの情報が指揮官である俺に随時入ってくるこの場は、簡易的な“司令部”といっても差し支えないだろう。ここでのやり取りが作戦の成否を大きく左右する。君の状況分析力と知識をどうかあてにさせてもらいたい」

「――お望みとあらば」

「うむ。これで全配置完了だ! あとは待つのみ! ゲイリー。様子はどうだ?」


 すると、先程ライアン様に頼まれて索敵に集中していたゲイリーさんは、瞑っていた盲目の双眸を開き、固く結んでいた両手を解いた。


「待つ必要はありません。――もう、来ているッ!」


 彼の言葉にその場の全員が息を呑んだ。すると四方八方より、おぞましい轟音がにわかに聴こえはじめた。


「……き、来たぁ!」


 それら不快な羽音は徐々に大きく、そして重くなっていく。まるで全身を押し潰すようなプレッシャーがのしかかってきた。


「十時の方角ッ!」

「迎撃用意ッ!!」


 ゲイリーさんの報告に従い、俺やライアン様を含めた五人の火属性魔法を使えるメンバーが一斉に両手を構える。

 やがて生い茂った木の葉の影から無数のホーネットが飛び出した。


「フレイムストーム!!」


 それが見えた瞬間。団員の一人がフレイムストームを放った。

 強力な火炎放射が群れを襲う。

 一挙に焼かれた彼らは、そのままあえなく地面に墜落していった。


「まだ来るッ! 次は二時と六時ッ!」

「「フレイムストーム!!」」


 二方面からほぼ同時にホーネットの小隊が現れるが、それらも二人の魔法使いによって薙ぎ払われた。


「次は……いやダメだ! もう数が多すぎて把握しきれねぇ!! とにかく、全方位から絶え間なく来るぞォ!!」


 ゲイリーさんの自棄気味な反応は、いよいよもって非常事態へと突入したことを意味していた。その場にいる全員が戦慄を憶えはじめたそのとき、夥しい数のホーネットたちがリースの森の空を覆った。


「――飽和攻撃で迎え撃てぇ!!!」


 ライアン様の指示とともに、炎の弾幕があらゆる方向に飛び交った。


「フレイムストーム!!」

「フレイムストーム!!」

「フレイムストーム!!」


 五人総出で1メートル級の巨大な蜂の魔物の群れを矢継ぎ早に焼き払う。無数の焼死体が地面に落ちていき、焦げた匂いがそこら中に立ち込めた。幾重もの羽音と甲高い断末魔が辺りに反響し、さながら地獄を形成していた。

 さらに対空砲火を避けるよう、低空飛行で封印櫃に接近しようとする別働隊が外縁部隊に迫る。


「う、うわああああ!!」

「怯むな!! 一匹たりとも封印櫃に近づけるんじゃあないぞ!!」


 外縁部隊リーダーのクレアン様が団員たちに檄を飛ばす。

 彼らは一様にボナハルト騎士団謹製の剣を構えると、果敢に先行したクレアン様に続くようにして挑んでいった。

 

「はぁああああ!!」


 クレアン様は素早い身のこなしでホーネットの猛攻を躱しながら、彼専用武器のレイピアによる一突きにより、一匹また一匹と華麗に串刺しにして屠っていく。さすがあのライアン様の弟というだけはある。他の団員に比べ実力は抜きん出ているようだ。


「カズキさん、よろしいでしょうか」

「はい!」


 フレイムストーム斉射が一息ついたその瞬間を狙い、エミリィさんは俺の肩を叩いて呼びかける。


「この状況がいつまで続くかもわかりません。カズキさんとライアン様には魔力を節約してもらいます。他の魔法攻撃要員のいずれかが魔力切れを起こしたら、アンナ様に『マナチャージ』を使わせますので、その間の隙の埋め合わせを!」


 マナチャージは使用者の魔力を対象者に分け与える『干渉魔法』の一種だ。干渉魔法といっても闇属性でなく無属性なので、エミリィさんだけでなく自分やアンナにも扱える。

 ちなみにアンナは自前の魔力量が桁外れで、マナチャージを活用した魔力タンク係として活躍できるのである。


「――フレイムボルト!」


 ライアン様が放った火球は精確にホーネットを捉え、直撃によって生じる爆風が周囲の数体を巻き込んで一網打尽にした。

 彼は間髪入れずフレイムボルトを連射するが、いずれも百発百中で効果的に彼らを葬っていった。


「す、すごい……」

「エミリィから話は聞いたな!! 一緒に頼めるか!?」


 ライアン様の問いかけに一瞬言葉を詰まらせる。俺ごときが、彼がやったように空中を素早く動く的を狙い撃つことなど出来るのだろうか? 魔力の節約が目的なのだから、外したら意味がないのだ。

 けれど、さっそく魔力切れを起こした団員にマナチャージで補給しにいったアンナや、サポートに奔走するエミリィさんを見て、俺は覚悟を決める。二人とも頑張っているというのに、自分だけが臆病風に吹かれてなどいられない。


「――はい!! やりますッ!!」


 俺は飛来する一体のホーネットの、とりわけ他の個体と密集しているのを選んで狙いを定め、神経を研ぎ澄ます。


「――フレイムボルト!」


 俺はただ闇雲に狙うのではなく敵の飛行軌道を読み、偏差射撃を試みる。それが功を奏し、直撃させることができた。出力の問題でライアン様のものほど強力な爆発は起こせないが、それでも二、三匹巻き込んで撃墜する。


「やった!」

「やるな! ……だが喜んでいる暇はないぞ!」

「はいっ!」


 それから、絶え間なく襲いくるホーネットとの戦いが延々と続いた。

 ゲイリーさんの見立てでは、とても我々だけで捌ききれる数ではなく、このまま持久戦に持ち込まれれば間違いなく呑み込まれてしまうという。全ては救援が来るまで耐え忍ぶことに命運が掛かっていた。

 だが次第に団員たち、とくに動きの激しい外縁部隊たちに疲弊が見え始めていた。

 

「ゲイリー! 救援部隊はまだか!?」


 クレアン様が焦燥感に駆られた様子で尋ねた。


「俺の感知範囲には入ってきました。ですが、リースの森近隣地域は舗装されていない道ばかり。行軍速度に難がありますゆえ、まだまだ時間はかかります」

「――チッ!」


 クレアンが苛立ちながら舌打ちしたときだった。団員の一人が突如悲鳴を上げる。


「いやあああああ!!」

「なにっ!? ……クソ! 間に合え!!」


 足元を掬われて転んだのだろうか、女性の団員が地面に伏したまま空を見上げている。その視線の先にあるのは、急降下してくるホーネットの群れ。

 恐怖で固まって動けないのだろう。彼女は避ける素振りも見せない。

 この危機的状況に、団員を守るべくクレアン様が猛然と走り出す。彼は迫りくるホーネットたちの前に躍り出ると、刹那の早業で一体一体レイピアで貫き、殲滅した。


「ああっ! ありがとうございますっ!」

「戦場で腰を抜かす馬鹿がいるか! はやく立て! これ以上戦えないなら内側に退避していろ!」

「す、すみません! まだ……戦えますっ!!」


 女性団員はクレアン様の一喝によって奮起する。その目には闘志が再び宿っている。クレアン様は鼻先で笑うと、起き上がろうとする彼女に手を差し伸べた。

 

「――がぁっ!!??」


 一瞬の出来事だった。

 ほんの一瞬の隙だった。

 その僅かな時を縫うように、一体のホーネットがクレアン様を狙っていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る