第25話 最大の戦果

「そう……だったんですか。壮絶な半生だったんですね……」

「……アンナ様はお世辞にも恵まれた幼少期を送ったとはいえません。ですが、ディアンヌ様の部屋に閉じ込められていたあの頃に比べたら、今のアンナ様の姿は輝いているように思えます。カズキさんと出会ったからは……特に」


 そう言ってエミリィさんは柔和に微笑んだ。


「カズキさんと出会った間もない頃。アンナ様は『同じ夢を持った人に出逢えて嬉しい』と、私に語っていました。カズキさんのおかげで、アンナ様の人生はまた良い方向へ転がったように思えます」

「そんな。俺なんかアンナに比べれば、志も背負ってるものも軽いですよ。それに……俺よりエミリィさんの方がアンナに良い影響を与えてると思いますよ」

「え?」

「親の性格を受け継いだっていうのもあるでしょうけど、アンナが真っ直ぐな性格に育ったのは、それだけエミリィさんが彼女を大事にしてきたからなんじゃないかな、と」

「そんなことは……」

「――カズキの言う通りだよ」


 声の方へ振り返ると、アンナが階段を降りながらこちらへ向かってきているところだった。


「……ねぇ、エミリィが初めて私を怒って、叩いて、私が大泣きしちゃったときのこと。覚えてる?」

「あ……、それは……」


 エミリィさんは気まずそうに目を逸らした。

 曰く、アンナが例のトロカ様に「お前なんか生きててもしょうがないんだからさっさと死ね」と嫌がらせで言われたことを真に受け、ナイフを首に突きつけていたところを見つけたエミリィが「それだけはなりません!」と彼女を叩いて叱りつけた事があったのだという。


「あの時ね。痛かったからとか、悲しかったからとかも少しはあるんだけれど……。一番の理由は“嬉しかった”からなんだ」

「……え?」

「あの時の私、いろんな人に怒られてた。けど、エミリィだけは他の人と違った。エミリィだけは自分の為じゃなくて、“私の為に怒ってくれた”。私は自分が死ねば皆の為になると本気で思ってたけど、本当はナイフを持つ手が震えてたんだ。死ぬのが怖かった。でもエミリィは私の為に引っ叩いて、叱って、止めてくれた。そのとき、『私のことを本気で大事にしてくれる人がそばにいるんだ』って思ったら……なんだかとっても嬉しくなって……」

「アンナ……様……」

「だからね。……ありがとう。エミリィ」


 アンナは太陽のように眩い笑顔を浮かべながら、恩人へ感謝したのであった。


「アンナ……様……っ。あのとき……せめて私だけは……っ、私だけは、アンナ様に優しくしなければならないと……そう思っていたのにっ……。なのに、アンナ様を、傷付けてしまったとばかり……、私はずっと後悔してっ……ううっ……!」


 エミリィさんはその出来事をずっと引き摺っていたのだろう。だが、彼女の積年の後悔はアンナの感謝の言葉と笑顔が溶かした。エミリィさんは押し寄せる感情に堪えきれず、その場で嗚咽を漏らし続ける。そんな彼女を優しく包み込むように、アンナはその縮こまった背中をそっと抱き寄せるのであった。



「――それで、宴会はどうするかい?」


 ほとぼりが冷めた頃を見計らってやってきた店主が尋ねてくる。


「俺だけ出席して、あとの二人は先に帰ることになりました」

「……うん、わかりました」


 店主は訝しんだり詮索したりすることもなく、ただゆっくりと頷いた。

 出奔した実家の関係者と同じ席を囲むのは、やはり気まずいらしい。クレアン様を始め、アンナとの間に“しこり”が残っている相手も少なからずいるだろうから無理もない。それに元々ライアン様個人がアンナにひと目会うのが当初の目的だったわけだし、彼も納得するはずだ。

 

「そういうわけでカズキさん。私とアンナ様は先に失礼致しますね」

「じゃあね。カズキ」

「帰りはいつになるか分からないけど、またアルルの街で」


 そう言って、二人揃って2階に置いてある荷物をまとめにいこうとしたときだった。


「……なんだか外が騒がしいね?」


 アンナの言うように、外から大勢の人の足音と地を鳴らすような音が聴こえてくる。


「ああ、討伐隊の方々ですな。きっと“例のアレ”を運んでいる真っ最中でしょう」

「例のアレ? ……そういえばさっきもライアン様がそんなこと言っていたような」

「気になるのでしたら、ひと目見に行ってみては? 滅多にお目にかかれない代物が見れますよ」


 店主の煽るような物言いに俺は二人に視線を向けてみた。アンナは既に好奇心に目を輝かせていて、エミリィさんもそれとなく気になっている風である。

 

「……とりあえず、その例のアレとやらだけでも見てみる?」

「賛成! いいよね? エミリィ」

「まぁ……いいでしょう」


 そうして店主も含め、全員で森の賢者を出る。するとそこには予想外の光景が広がっていた。


「あれは……?」


 森の奥からライアン様やクレアン様と同じ装備をした集団が行軍してくる。おそらく例のボナハルト騎士団たちだろう。だが、驚くべきなのは彼らが囲っている荷車の方だった。

 荷車といっても、俺たちが普段ギルドで利用しているものよりずっと立派であり、屈強な三頭の輓馬(ばんば)が牽引している。そして、その荷台に唯一積まれているのは、全長3~4メートルぐらいの白い木製の棺桶であった。


「あれは……『封印櫃』? それにしても大きい気がしますが……」

「エミリィさん、その封印櫃って一体なんです?」


 エミリィさんの口から出た聞き慣れない単語について尋ねると、彼女は快く解説を引き受けてくれた。


「危険な魔物やアーティファクトを無力化・封印するための魔法アイテムです。納入したものを外に出さないための強力な封印結界と、あらゆる害を遮断し沈静化する魔法障壁が内側に施されているのが特徴です。しかしながら、それらの効果を発揮するにはエルフの里でしか自生出来ない希少な『精霊樹』から切り出した木材を使う必要があるため、作成にはかなりの費用が掛かるはずです。あれぐらいの大きさなら、もはや目が眩むほどの額になるかと……」


 そう言って、エミリィさんはざっと概算した値段を提示する。個人の全財産とかそういう次元ではない国家予算規模の天文学的数字に、思わず小さな悲鳴をあげた。


「ひっ!? そ、そうまでして何を運んでるんだ?」


 騎士団たちが運んでいる封印櫃が、巨大な金塊の山に錯覚してきた頃。見知った顔が二人、こちらへ歩いてきた。


「ふっ、どうだ驚いたろう?」

「ゲイリーさん! それにライアン様も!」

「やぁカズキくん! まだここにいるということは、全員宴会に出席してくれるのかな?」

「申し訳ありませんが、私とアンナ様は欠席させていただきます。……それは置いておいて、一体何なのですか? これは」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれた! 此度の作戦は“アレ”を生け捕りにするのが最大の目的だったのだッ!」


 彼の言葉に、何かを察したらしいエミリィさんは深刻そうに眉をひそめた。


「……まさか」

「そう、そのまさかだ! あの封印櫃に入っているのは『クイーンホーネット』だ!」


 その名前を聞いた瞬間。俺はもちろん、アンナも驚愕の声を上げる。


「えっ!? クイーンホーネットが!? でも、クイーンホーネットってワイバーンよりもずっと体が大きいんだよね?」

「あ、ああ! たしかにそうだよな? 中にクイーンホーネットが入ってるわりに、封印櫃が小さすぎないか?」

 

 首を傾げる俺とアンナに対し、ライアン様は快活に笑いながら答える。


「はっはっは! この封印櫃は特別製でね! 内部の魔術結界に施された術式により、櫃のサイズよりも大きなものを納入できるようになっているのさ!」


 成長しきったクイーンホーネットは竜種にも比肩しうる巨大な魔物だと聞いていたのだが、そんなものをどうやってあの大きさの封印櫃に収めているのかという疑問は、彼の説明のおかげで解消される。


「……ライアン様。貴殿らが行ったのはホーネットのコロニー掃討作戦だったはずでは? それに、あんな封印櫃を用意してまで何故リスクの高い捕獲を?」


 エミリィさんの疑問は尤もである。

 無数のホーネットたちがひしめく敵の本拠地の渦中、あの新女王すらをも軽く凌駕するであろう怪物を生け捕りにするのは決して容易ではないはず。いくらエルスニア指折りの精鋭であるボナハルト騎士団であってもだ。


「それは違うぞ。むしろ女王個体を生け捕りにしたからこそ、掃討作戦は安定して完遂できたのだ」

「と、いいますと?」

「兵隊であるホーネットどもは、使役用ゴーレムのように女王の統率を受け、命令に従って無機質に生きている。だがクイーンホーネットは違う。我々人間に負けないぐらいの高度な知性と感情を持つとされている。だからこそ群れに一定割合の犠牲が発生する事態になると、あたかも子どもたちを守るかのように自ら出陣するのだ。俺たちはその習性を逆に利用してやった。女王が巣から這い出てくるルートを予想し、その道中にブービートラップとして予め用意した封印櫃にヤツを嵌め、無力化した。女王を失ったホーネットどもなど、もはや烏合の衆。殲滅するのは容易だ」

「なら最初から上級攻撃魔法による飽和攻撃を仕掛けても良かったのでは? クイーンホーネットを生け捕りにするのが目的ならば、女王個体だけが生き残る威力に調整し、周りを取り巻く邪魔な兵隊たちだけを取り除ければ、いっそう楽になりましょう」


 領主ボナハルト家の次期当主相手でも物怖じしないエミリィさんの鋭い意見に、ライアン様は淀みなく答えた。


「それがそうもいかないのだ。――むしろ、“最もやってはいけない”悪手ともいえる」

「……どういうことでしょうか?」

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