第23話 ボナハルト家

「美人になったなぁアンナぁ! 五年ぶりかぁ! お兄ちゃんなぁ! ずっとお前のことを心配してたんだぞおおお!!」


 時が止まったように唖然とする周囲とは真逆に、ライアン様はアンナを抱き上げながら無邪気にはしゃぐ。


「あ、のぉ! ちょっ! くるしっ!」

「……ン? おお! すまん!」


 ライアン様がアンナを解放すると、彼女は苦しそうにぜーぜーと息を整える。そこへエミリィさんが割って入った。


「ライアン様……何故ここにいるので? 部下はどうしたのですか?」

「エミリィも久しぶりだな! なに、簡単なことだ! 作戦が終わってすぐ、居ても立っても居られなくなって最大出力の『ブレイズアクセル』でここまでぶっ飛んで来た! それだけさッ!」


 彼はサムズアップしながら爽やか笑顔を浮かべ、白い歯を輝かせた。

 

(なんというか……思っていた人物像と違うな……)


 名実ともにエルスニア一のカリスマ王子で、領民にも部下にも慕われる完璧超人というイメージだったのだが。今の彼はどう見ても猪突猛進の熱血漢である。


「置き去りにされた部下の方々は今ごろ途方に暮れてますよ?」

「かもしれんな! まぁ俺が目にかけた部下たちだ! とりあえず大丈夫だろ!」

「全く……。そもそもの話、まさかライアン様とブッキングするだなんて思いもしませんでしたよ……。一体どういう偶然なんですか」

「ン? 偶然ではないぞ?」

「……は?」

「実はここだけの話。森の賢者の保安要員をギルドに募ろうとした折、ギルドマスターから『アンナちゃんに逢えるよう手配してあげましょう』と願ってもない話を持ち出されてな! おかげで、こうして悲願の再開が叶ったというわけだ!」


 今回のクエスト。何故ギルドマスターが自分たちのような一端の冒険者に直々に斡旋したのか、これで合点がいった。

 ボナハルト騎士団の依頼を内々に俺たちに通すことによって、ライアン様は妹のアンナと会う口実ができる。そしてギルドマスターは求心力のあるボナハルト家次期当主に恩を売れる。決して俺たちを贔屓していたわけではなく、ウィンウィンの取引のダシにされただけの話だったのだ。

 エミリィさんは「やられた」といわんばかりに、額に手を当てて唸っていた。

 

「――お兄様! やはりここにいましたか」


 混迷を極める場に、さらにもうひとり参戦する。

 勢いよくドアを開けて入ってきたのは、ライアン様と同じ白銀の甲冑に装着した、俺と同じぐらいの年代の青年。首元で揃えた茶色のボブカットに、やや幼い印象のある顔立ちながら凛とした碧色の双眸が目を惹く、ライアン様とはまた違った系統の王子様といった美貌だ。ライアン様をお兄様と呼ぶことから、ボナハルト伯爵家の一族の者なのは間違いないだろう。


「こうも早く俺に追いつくとはな! 腕を上げたなクレアン!」

「いえ、まだまだお兄様の足元も及びません。ボナハルトの誉れ高き血統に恥じぬよう、精進あるのみです。――尤も、いくら僕やお兄様が努力したところで、そこの放蕩者が家の品位を貶める一方である……が?」


 クレアンと呼ばれた彼は、突然声色を低くしてアンナを睨みつけた。


「クレアン様……」


 その視線を受けて、アンナは気まずそうに彼の名を呼ぶ。


「出奔して冒険者をやっていると聞いていたが……。なんとまぁ、薄汚い身なりよ。卑しいお前にはお似合いの姿じゃないか。ええ?」

「……っ!」


 クレアン様は汚物でも見るかのような目でアンナを射抜きながら、罵倒の言葉を浴びせた。そんな彼に対して、俺は怒りを覚える。


「あの……クレアン様。事情はよく分かりませんが、アンナをそんな風に悪く言うのはやめてもらえませんか?」

「なんだ貴様は?」

「カズキ・マキシマ。彼女のパーティーメンバーです」


 名乗り追えるやいなや、クレアン様は「ぷっ」と吹き出し、堰を切ったように笑った。


「ははははは!! なるほど納得だ! 男を誑かしていたか! しかもエミリィさんまで巻き込んで? さすが売女から産み落とされただけはある」

「っ!!」

 

 理由はどうあれ、アンナをここまで侮辱したのは許せない。俺は我慢ならず言い返してやろうとしたところ、ライアン様が先に口火を切った。


「――クレアン」


 重く、低く、静かに一喝する声。その迫力を前にクレアン様はもちろん、俺までも背筋がピンと張りつめた。


「此度の作戦に協力してくださったエルスニア・ギルドの方々への挨拶はもう済んだ。そろそろ“例のアレ”を運んでいる隊の者たちが到着する頃合いだ。迎えに行くぞ」

「……わかりました」


 そう言ってクレアン様は渋々といった様子で森の賢者を後にする。ライアン様もそれに続こうとしたが、途中でこちらへ振り返った。

 

「カズキくん……だったな?」

「は、はい!」

「ありがとう。これからも妹とエミリィを頼む!」


 それだけ言うと、彼は忙しなくドアの向こうへと消えてしまった。

 緊張の糸が切れ、思わず近くにあった椅子に腰掛けてしまう。まるで嵐が過ぎ去ったあとだ。



「――アンナ様はしばし部屋で休まれるそうです」

「そう……ですか」


 ライアン様とクレアン様が去ってからほどなく、アンナは店主の好意であてがってもらった部屋に一人で籠もってしまった。

 複雑な事情が絡み合う身内との再会により精神的に疲弊したのもあるだろうが、こうして俺とエミリィさんが二人で話しやすくするために気を遣ったのが本意だろう。


「……」


 一階のロビーにあるテーブル席に着いて向かい合ったまま、沈黙が続く。

 聞きたいことは山ほどあったが、事が事だけに此方からズケズケと聞くにはあまりにセンシティブな話題だった。そうでなければ、もっと早くから二人に打ち明けられていただろう。俺はエミリィさんが口を開くのを辛抱強く待った。


「……何も聞かないのですね」

「え?」

「いえ、すみません。……そうですよね。聞き辛いですよね。私たちは今までカズキさんを騙しながら、事も無げに過ごしていたのですから……」


 普段のエミリィさんらしからぬ、しおらしい態度にやり辛さを覚えつつも、俺は首を横に振った。


「隠し事を抱えるのと人を騙すのはまた別の話ですよ。それに、今回は……まぁ、想定外の乱入とかでシッチャカメッチャカになって、結果的に不本意な形での暴露になってしまっただけで……。でも! さっきは二人の方から教えてくれようとしましたよね? 俺の方から不躾に詰め寄ったというのに、歩み返してくれたじゃないですか! そうやって自分のことを信用してくれたのは嬉しかったです! なんか、うまく……言えないんですけど」

「カズキさん……」

「だからその……気にしないでください」


 誠意を伝えようと、自分なりに精一杯言葉を紡いだ。それが功を奏したのかは定かではないが、エミリィさんは少しばかり表情を和らげた。


「もう大体のことは察してますよね?」

「はい。まぁ、ぶっちゃけ最初の頃から『この二人訳ありなんだろうな』とは思ってましたけど……」

「そ、そうですか……」


 冒険者という肩書とは不釣りあいに品の良さそうな少女と、少女を様付けで呼び敬うメイド服の女性。今でこそ見慣れたが、客観的に見れば特殊な事情があるだろうと考えるのは当然だろう。


「というかギルドの同僚や受付嬢やお隣さんたちも、みんな同じように思ってるんじゃないんですかね……」

「え、そうですか?」


 ところがエミリィさんは俺の指摘に“きょとん”としていた。

 この人、ちょくちょく天然なところがある気がする……


「えと、話の腰を折っちゃってすみません。改めてアンナの抱える事情について、言える範囲で構いませんから。話してもらえませんか?」

「……ええ。アンナ様からも『カズキになら話してもいいよね?』と、実は前々から言われていたのです。ですからこの場をお借りし、僭越ながら私がアンナ様に代わって知っていることをお話しましょう」


 エミリィさんはそう言って、静かに語りだした――

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