第22話 邂逅

 俺はスカーレットを両手から右片手に持ち替えると、左手を真下に突き出した。


「――サンダートラップ!」


 詠唱とともに地面に緑色の魔法陣が刻印される。

 もちろん、この隙を彼女が逃すはずもない。俺が呪文詠唱に気を取られた“その瞬間”を待っていたといわんばかりに、猛突進を繰り出した!


――ブォォォオオン!


 あの2メートル近い巨体の飛行を可能とする、強靭な翅の推進力による殺人的な急加速と自由落下の相乗効果により、普通なら回避するのも困難な速度を実現させている。以前動画サイトで見た『急降下爆撃機の悪魔のサイレン』を想起するおぞましい轟音とともに、死の槍が迫っている。本当に注意が逸れたときに来ていたら、間違いなくそこで終わっていただろう。

 だが、来ることが予め分かっていれば、突進攻撃を先読みして脚力ブーストによる全力回避で躱せる。


「――危ない!!」


 何も知らないアンナは、悲鳴にも近い叫びをあげる。

 だが、実際には回避は間に合っていた。

 そして……


――バリバリバリバリバリ!!


 落雷のような強烈な衝撃音が響き渡る。

 新女王は劈つんざくような声をあげた。


『キィイヤアアアアア!!』


 勢い余って俺が立っていた地面に激突した新女王は、そのままサンダートラップの餌食になっていた。迸る閃光がその巨躯を包み、一瞬にして全身が焦げて煙をあげる。

 罠魔法は設置してから起爆判定が発生するまで約2秒ほど猶予がある。だから魔法陣の上に立っていても、その時間内に離脱すれば巻き込まれないのだ。それに罠系は高威力だから決め手も充分。我ながらこれ以上ないぐらいの一手だ。


『ぎ……ぎちち……!』


 しかしその強烈な一撃を受けてもなお彼女は生き残り、よろめきながらも体勢を立て直そうとする。

 だがこんな絶好のチャンスを逃すほど俺も甘くはない。スカーレットを両手に構えながら近づき、柄から風属性の魔力を充填する。


「――風斬(かざきり)!!」


 緋色の刀身に風が渦巻く。

 やがてそれらは小さく凝縮されていき、最終的には刃の形状を象って纏った。


「はああああ!!」


 俺はそのまま刀身を新女王の腹部へ振り下ろす。

 薄く研ぎ澄まされた“風の刃”が堅牢な外殻を苦もなく切り裂いた。


『ギョオアアアアアアアア!!!』


 腹部の鮮やかな切り口から、緑色の体液がとめどなく吹き出す。

 新女王は逞しい六本脚をジタバタさせながら、激痛にのたうち回っている。こうなってはもう助からないだろう。


「すごい! やったねカズキ!」


 俺はスカーレットを鞘に納め、嬉々としてはしゃぐアンナの方へ振り向いた。


「ちょっと危ない賭けだったかもだけどね……。でもゲイリーさんのおかげで、即座に弱点属性が分かったのが大きかった。ありがとうございます」


 ゲイリーさんに向かって頭を下げる。しかしながら、彼は険しい表情のままだ。


「油断するなカズキ。まだヤツを仕留めたわけじゃ……っ! 避けろ!!」


 とっさに新女王を見る。

 彼女は息も絶え絶えながら頭をこちらに向け、口を大きく開けていた。

 考えるより先に身体が動く。


「ッ!」


 俺が避けるのと“ソレ”が放たれたのは、ほぼ同時だった。

 新女王は炎の如く赤い色の液体を口内から吐き出し、浴びせようとしていたのだった。

 ソレは僅かに頬を掠めたあと、弧を描きながら地面に落下する。


「あづっ!?」


 頬に火傷のようなひりついた痛みが奔る。そして落下した場所は浅く広く抉れ、白い湯気が立ち込めていた。

 新女王はイタチの最後っ屁をかますと、糸が切れたように動かなくなる。


「大丈夫!?」


 駆けつけたアンナが頬に手を当ててヒールを唱える。すぐさま痛みが引き、事なきを得た。

 もしゲイリーさんに言われて気づかなければ、今頃はあの地面を抉ったものをまともに浴びていたのかと思うと、生きた心地がしなかった。


「ありがとうございます。油断……しました」

「……そいつが分かってればいいんだ。これからは最後の最後まで気を抜くな。ヤツみたく、死に際に相手を道連れにしようとする“悪知恵が働く”魔物だっているんだからな」

「――こっちは終わりました。カズキさん、どうかしたのですか?」


 ホーネットを一人で対処してきたらしいエミリィさんが、俺たちの元へ駆けつける。


「どうにか新女王を倒せたのですが、死に際に酸性の液体を吐いてきて。事前に気付いたゲイリーさんに警告されたおかげでギリギリかわせたんです」

「そうでしたか。無事でよかったです」

「でも、そんな攻撃をするってよく気付けましたね?」


 アンナの疑問に、ゲイリーさんは顎髭をさすりながら答えた。


「ヤツが体内で地属性と風属性の魔力を練り混ぜて、口元に集めているのが見えたからな。そこから混成属性である『酸属性』のブレスを吐こうとしていると推察したまでだ。まだ女王個体としては未熟だったからか、最期の瞬間に破れかぶれで出すのが精一杯だったようだがな」

「なにはともあれ、これで我々のクエストは完了。ということでしょうか?」

「そうだな。コロニーからの生き残りはまだ居るだろうが、少なくとも森の賢者に危険が及ぶことはもう無いだろう」



「いやぁ! 本当にありがとうございました。おかげでウチのかわいい馬たちも助かりました」


 無事にクエストを終えて森の賢者へと蜻蛉返りし、事の顛末と安全が保証されたことを店主に伝える。彼は相好を崩しながら感謝の言葉を述べた。


「いえ、俺らは請け負った仕事をこなしたまでです。それにゲイリーさんの活躍あってのものというか……」


 正直なところ、新女王を倒せたのは殆ど彼のファインプレーによるところもある。俺は少しだけ言葉を濁した。


「そういえば、あの髭の方は今どちらに?」

「あの人はもうここには戻らないそうです。これから討伐隊本体に合流し、ライアン様へ今回の件について報告をするそうで」

「そうですか。……ところで、あなた方これから予定はおありですか?」

「え? あとはアルルの街に帰るだけですけど。なにか?」

「いやね。討伐隊の方々から『森の賢者で作戦成功の祝勝会を開きたい』と使い魔の連絡があったのですよ。それでよかったら、あなた方にも是非参加を。とライアン様から直々のご指名がありまして……」

「ほ、ほんとですか!」


 思わぬ申し出に困惑半分、嬉しさ半分だ。

 ボナハルト騎士団と、しかもあのボナハルト家次期当主ライアン・ボナハルトを交えての席。しがない冒険者風情には身に余る光栄である。

 ここで顔を売っておけば、ゲイリーさんのように騎士団にスカウトされる。なんて夢みたいな出世コースが用意される可能性だってある。

 まぁ、万に一つそうなったとしても冒険者を辞めるつもりは毛頭ないが、それでも顔を売っておいて損は無いはずだ。面白い話を聞けるかもしれないし、謝礼も期待できるかもしれない。返事は決まったようなものである。


「もちろん、参加させ……」

「――お断りしますッ!」


 俺が答えるより先に、エミリィさんがピシャリと言い放った。俺はもちろん、店主も鳩が豆鉄砲を食ったようにしている。


「エミリィさん!? ど、どうしたんですか?」

「いえ、ただ私とアンナ様は今日はまだ用事が残っておりますので、これで失礼させて頂きます。それにカズキさんが出席していれば向こうの顔も立てられるでしょう。さぁ行きましょう、アンナ様」

「う、うん……」


 エミリィさんは忙しない様子で身支度を済ませ、アンナの手を掴んで森の賢者を出ていこうとする。どうしても気になった俺は、遮るように二人の前に先回りした。


「ちょ、待ってくださいよ! 今日はもう予定なんてないですよね?」

「急遽思い出したのです」

「――なんか、今日のエミリィさんとアンナ……おかしいですよ。ボナハルト家やライアン様のことが話題に上がるたびに微妙な反応をしますよね? エルスニアの領主に関係することで何か都合の悪いことでもあるんですか?」

「別に……そういうわけでは……」


 エミリィさんはバツが悪そうに目を逸らす。アンナもどこか心苦しそうにしていた。

 彼女たちの態度と様子からして、なにかあるのは間違いない。こうなった以上、そのなにかを確かめるまで引き下がる気にならなかった。


「教えてくださいよ! エミリィさん! アンナ!」

「それは……」


 言葉を詰まらせるエミリィさんに、アンナは優しく諭すよう繋いでいた手をもう片方の手で包みこんだ。


「エミリィ」

「アンナ様……。そう、ですね……。カズキさんなら大丈夫ですよね?」


 なにかを決心したらしいエミリィさんは、迷い淀んでいた双眸を正す。


「実はアンナ様は……」


 そう彼女が言いかけた。そのときだった。


「――エミリィ? それに……アンナ……なのか?」


 その場にいた全員が、その声の方を一斉に振り向く。そこにはドアを開けて入ってきた見知らぬ男性が立っていた。

 スラリと伸びた長身、燃え盛るような赫色の髪、男の自分ですら色気にあてられてしまうほどの美丈夫。

 白銀の甲冑に身を包み、荘厳なマントを背中に羽織った。まるで夢物語の世界から飛び出してきたかのような、白馬の騎士を思わせる存在がそこにあった。


「ら、ライアン様!? なぜここに!?」

「え!?」


 エミリィさんは目を丸くしていたが、彼女と同じかそれ以上に俺も驚いていた。

 呆気にとられている間にも、ライアン・ボナハルトは甲冑が擦れる金属音を鳴らしながら、ゆっくりとアンナに近づいてゆく。


「……ライアン……様?」


 硬直したまま動けないアンナを他所に、じりじりと距離を詰める。

 二人のただならぬ空気に、なにか不穏な気配を感じた俺が声をかけようとしたその瞬間。突然、彼は勢いよくアンナに抱きついた。


「――うおおおおおおおおお!!! 逢いたかったぞおおおおおおおおお!!! 我が“妹”よぉおおおおおおおおお!!!」

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