第21話 女王の系譜

「クエスト内容については当然、理解しているな?」

「ホーネット・コロニー掃討作戦による二次被害からこの森の賢者を守る。ですよね?」

「ああ。おそらく今頃作戦が行われている頃だ。リースの森深部の洞窟に作られたコロニーにいるクイーンホーネットの制圧、そして女王を失い散り散りになったホーネットたちの駆逐が作戦の全容となる。あのライアン様が陣頭指揮を執る討伐隊なら恙無(つつが)なく完遂されるだろうが、なにせ数が数だ。どうしても討ち漏らしは発生する。そこで俺たちの出番というわけだ」


 ゲイリーさんの説明の合間を縫うように、アンナは「あの」と手を挙げる。


「ライアン様は……直接ここへ赴いていられるのですか?」

「そうだ。あの方はボナハルト伯爵家の嫡男であらせられるが、その実力は誰もが認めるところ。なにより此度の作戦は困難極まる。危険を顧みずに前線でともに戦っていただけるだけでも隊の士気は段違いとなる。しかしながら、あの方はそのような打算だけでなく、純粋にホーネットによる領民への被害に心を痛め、コロニー相当作戦の指揮に自ずから立候補なされたのだ」

「そう……ですか。相変わらず立派な方なのですね」


 恵まれた出自と立場でありながら、進んで部下と一緒に現場を走り回れる。まさに『ノブレス・オブリージュ』を体現するような好人物なのだろう。


「繰り返すが、お前たち三人は“討ち漏らし”が運悪くここへやってきたときの討伐を任されている。俺はライアン様の命により、魔力感知でホーネットどもの接近をお前たちに報せるためのサポート役として派遣されたというわけだ」

「なるほど。確かに我々だけでは事前の察知は難しい。最悪ここが戦場になり森の賢者を巻き込んでしまう。だが貴方の力を借りれば、我々は十全な体勢で迎え撃てる。ということですか」

「そういうことだ。ホーネットの接近を探知したら……」


 ゲイリーさんは言葉を最後まで紡ぐことなく目を細めた。


「あの? どうしたんですか?」

「……もう来やがった。予想以上に早いな」

「え!?」


 彼の一言で緊張感が奔る。


「数は……一、二、五匹……? いや、バカでかいのが一体いやがるぞ」

「でかいの……?」


 ただならない様子のゲイリーさんに、俺は恐る恐る尋ねる。


「……新女王だ。四匹のホーネットが新女王を連れてこちらに向かってくる。速度と距離からして、到着まであと十数分後といったところだ」

「新女王って一体?」

「カズキさん、今はとにかく時間がありません。説明は迎撃準備がてら……ですよね?」

「ふ、話が早くて助かる」



「――新女王は、将来的に女王へと成長する可能性を持つ特殊な個体です」


 森の賢者から充分距離を取った地点でエミリィさんの話を聞いていた俺たちは、そこで一旦足を止める。ここは木が密集しておらず場所が空けていて、上空の見晴らしもいい。待ち伏せをするにはうってつけだ。


「女王蜂から産まれてくる子どもは基本的に働き蜂であり、女王の素質を持ちません。しかし稀に女王としての性質を有する個体が生まれてきます。そういった個体が『新女王』と呼称されます。新女王は女王が死亡した場合や群れが壊滅したときなど、有事の際に新たな女王となる役割を持っています」


 エミリィさんの説明にゲイリーさんは補足する。


「つまりは群れの“セーフティ”ってところだな。今のコロニーの惨状に見切りをつけた新女王が、護衛を四匹付けて逃走。新天地で群れの存続を図る、って腹積もりだろう」

「それだけ生き残るのに必死ってことか。そう考えると、なんだか可愛そうな……」


 俺がそう呟くと、ゲイリーさんは辟易した様子で「馬鹿言ってんじゃねぇ」と言う。


「そういう甘い考えは捨てるんだな。あのコロニーにいるホーネットは、今までエルスニア地方に住む人間を数え切れないぐらいを殺してきた残虐なクソヤローどもだ。それに無人となったホーネットのコロニーを捜索すると、行方不明になっていた人間の遺体が見つかることもそう珍しくはない。中には生きたまま幼虫の餌になって、四肢を全部食い千切られながらも辛うじて息がある犠牲者が見つかったこともある」

「うえ……ひどい……」


 その光景を想像して吐き気を催す。ゲイリーさんはさらに続ける。


「それに、あの新女王は働き蜂よりも身体が大きく、魔力濃度も桁違いだ。成熟した女王ほどではないだろうが、おそらく生半可な相手でないのは間違いない。憐憫の情は捨てて、全力で殺しに行く気じゃないと……お前が死ぬぞ」

「……わかりました」


 彼の言葉に、今一度気を引き締める。


「さて、お喋りはここまでだ。そろそろ来るぞ」


 俺を含め、その場の全員が臨戦態勢を取る。


「カズキさん。手はず通り、フレイムストームの準備を」

「はいっ」

「ゲイリー殿。相変わらず奴らは固まって飛んでいますか?」

「ああ。このまま一網打尽……出来れば理想だろうな」


 俺は両手を構えて集中力を高め、ゲイリーさんの合図を待つ。

 やがて遠くから不気味な羽音が聴こえてくる。幾つも重なり合った重低音。まるで亡者達のうめき声のようにも思えた。


「……今だ!!」

「――フレイムストーム!!」


 合図とともに詠唱し、両手から炎の嵐が吹き荒れる。その猛攻が放たれた先に、飛翔する五体の影がちょうど通過するところだった。

 向こうからすれば想像だにしなかった奇襲攻撃。迫りくる炎の接近に気付いたときにはもう遅かった。


『ギイイイイイイイイ!!』


 金属板を擦るような不快な断末魔。五体のうち四体が火だるまとなり、三体はそのまま墜落する。墜落した三体はもがき苦しみながら、そのまま事切れてしまった。


「四体直撃したはず……。じゃあアイツは……?」


 運良く命中を逃れた一体は、まるで動揺するかのように乱れ翔んでいた。

 だが、フレイムストームをもろに食らっても墜落しなかった一体は、何事もなかったかのように空に鎮座している。やがて魔法の炎が霧散すると、その威容を露わにした。


「あれが新女王……!」


 せいぜい1メートル未満のサイズのホーネットと違って、新女王は2メートル近くもある。

 また働き蜂はスズメバチをそのまま大きくしたような姿である一方、新女王はどっしりとした体格で、もはや蜂というよりも巨大なカブトムシだ。黒と黄色の警告色の縞模様の外皮と相俟って、滞空しているだけでもかなりの威圧感を放つ。


「弱点属性なのに全く効いてない!?」

「奇襲で三体仕留められただけでも上々だ! 気持ちを切り替えろ!」


 ゲイリーさんの叱責に促されるように、俺は腰から新しい相棒スカーレットを引き抜いた。


「カズキさん! 残りは私が仕留めます! そちらお願いできますか!?」

「わかりました!」

「ゲイリーさんは私が守るよ!」

「ああ、頼む」


 エミリィさんは残る一体のホーネットを惹きつけ、遠くへ引き離すようにその場を離れる。俺は新女王に面と向かって対峙し、その一歩後ろでアンナがゲイリーさんを庇うように新調したナックルを構えた。


『グィィイイ!!』


 新女王は怒りの唸り声を重々しく響かせる。その巨体から想像もできないほど俊敏かつ不規則な軌道で飛び回り、凶悪な印象を与える鋭利な形状の複眼でこちらを睨みつけ、様子を伺っている。

 こっちから仕掛けようにも、闇雲に攻撃魔法を撃ったところで躱されるのは目に見えていた。徒に隙を晒すだけである。


「カズキ! 今ヤツについて分かったことがある!」

「なんですか!?」


 俺は新女王から視線と注意を逸らさないまま、ゲイリーさんと会話する。


「こうして近づいて、単体でヤツを見てよく分かった! 働き蜂は緑色だが、ヤツは黄色寄りの黄緑だ。つまり新女王は“地属性の性質が濃い”!」

「! そうか! なら風が有効だということですか!?」

「そうだ! 当然、風属性の魔法も使えるな!?」

「いけます!」


 ホーネットが風属性だというのは周知の事実だ。だがゲイリーさんのおかげでその先入観の罠に囚われずに済んだ。新女王は地属性の魔物、弱点は風。まだ魔物図鑑にも載っていない未知の情報だ。


(弱点が判明したのはいいとして、これからどうする? ヤツは相変わらずこちらの出方を伺っている。多分、俺が隙を晒すのを待っているんだ。そういう駆け引きができる知能はない、という先入観も捨てるべきだ)


 俺と新女王との睨み合いはひたすら続く。


(エミリィさんのアドバイスのように、突進攻撃を迎撃するようにウインドカッターを撃つか? けどそれは普通のホーネットの話だ。あの図体で自由に飛翔できるような常識外れの膂力で突進されたら、一体どんなスピードになるんだ? 果たして俺に見切れるのだろうか? そもそもウインドカッターがうまいこと命中したとして。有効打にはなるだろうが、決め手に欠けるんじゃないか? そんなものをアテにするのは危険だ)


 正直今はそれどころではないし大丈夫だとは思うが、エミリィさんの方も気がかりではある。だが、こちらが少しでも目を離せばそこを必ず突いてくるはず。迂闊なマネはできない。


(――待てよ? 隙を見せれば相手も動く。……なら、わざと隙を見せてやる!)

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