第2章 リースの森編

第20話 見通す者

「――では宿に着く前に、今一度『ホーネット』についておさらいしておきましょうか」

「はーい」

「よろしくお願いします」


 クエスト当日。俺たちはリースの森に隣接した街道で馬車を降り、そこから徒歩で宿屋「森の賢者」へと赴いていた。降りた場所からは数十分ほどかかるということなので、その間敵の情報について纏めておこうというわけだ。


「――ホーネット。『昆虫種』の魔物で、属性は風。我々が普段目にする個体は”働き蜂”であり、それとは別に”女王蜂”である『クイーンホーネット』が働き蜂たちを統率しています。主に森林地帯や山岳地帯にコロニーを形成。テリトリーはコロニー周辺となりますが、遠征任務を担う働き蜂の行動範囲は非常に広く、テリトリー以外でも比較的目にします」


 エミリィさんの解説に、俺とアンナは真剣に耳を傾ける。


「彼らの戦い方ですが。まず彼らは基本的に空中を飛行して一定の距離を保ちながら機を伺いつつ、尾の先にある毒針を突き出しての突進をヒット・アンド・アウェイで繰り返します。ホーネットはこの”毒”が最も厄介です。毒針の表面には逆向きの棘が無数に生えており、そこから毒汁が分泌されています。ので、地肌が少しでも接触してしまえば間違いなく体内に毒が入ってしまうことでしょう。ホーネットの毒は回りが速い上に致死性の高い猛毒です。しかしながら、即お陀仏になるほどのものでもなく、もし刺されたと分かったら迅速に毒消し薬やアンナ様の『ピュリフィケーション』で治療すれば大丈夫です」

「たしかホーネットには飛び道具はないんですよね?」

「はい。ホーネットの攻撃手段はほぼ毒針のみ。接近さえされなければ脅威となりえないでしょう」

「それじゃあ、エミリィやカズキと違って遠距離攻撃がない私でも対処可能。というわけだよね?」

「そのとおりです。とはいえ、猛スピードで迫ってくる彼らを格闘術で迎撃するのは難しく、一瞬でも毒針が掠ってしまえばその時点で命取りとなります。アンナ様は今回は負傷や毒を治療するのと、我々の隙をカバーするサポート役に徹してもらいましょう」

「うん、任せて!」


 アンナは得意げに胸をトンと叩く。


「エミリィさん。ひとつ相談があります」

「なんでしょう?」

「空中にいるホーネットを襲ってくる前に攻撃魔法で撃ち落とせるならその方がいいんでしょうが、やはり魔力を浪費しながら素早く動く小さい的を無理に狙うのは現実的ではないですよね? であれば、俺ができる範囲でどう対処するのが効率いいですかね?」


 俺の質問にエミリィさんは「そうですねぇ」と少し考えこみ、答える。


「突進攻撃の予備動作を見極め、それに合わせて剣から弱点属性のフレイムボルトを撃てばいいのではないでしょうか。おそらく直線的な動きしかしないので、軌道が分かれば当てるのは造作もないかと。それに万が一外しても、抜刀した剣で対処できますし」

「なるほど」

「集団で固まっている場合、いっそフレイムストームの飽和攻撃で面制圧してしまう。とかどうでしょう?」

「たしかに、それが可能な状況であれば一番手っ取り早いかもしませんね。ありがとうございます」

「いえ、どういたしまして」


 さすがエミリィさんだ。門外漢の質問でもスラスラと模範解答が出てくる。いつものことながら頼もしい限りである。そんな風に話しながら歩いていると、もう目的地が見えてきた。


「――お、着いたね!」

「これが森の賢者か」


 そんな風に話しながら歩いているうち、目的地へと到着する。

 二階建ての古びた木造建築物の入り口の上に掲げられた看板には『森の賢者』とたしかに書かれている。

 中に入るとロビーになっていて、奥にはカウンターがあり、店主と思わしき初老の男性が座っている。


「いらっしゃいませ。ご宿泊ですかな?」

「俺たちはギルドの者です。ポルコ・マロニ氏ですか?」

「おお、そうですか。あなた方が……。いかにも、私がポルコです」

「こちら、依頼書です」

「確認させていただきます……。ふむ、確かに間違いないようですな。では二階の客間にご案内致します。そこに此度のクエストの協力者である討伐隊の方が既にお見えしておりますので」


 俺たちは店主に先導されて二階へと上がり、客室に通される。そこには既に一人の男が待機していた。彼は俺たち三人の姿を見ると立ち上がり、挨拶した。


「ボナハルト騎士団所属の『ゲイリー・ムーラン』だ。よろしく頼む」

「……ボナハルトですって?」


 彼の放った単語にエミリィさんは瞠目する。彼女だけでなく、アンナの方も心なしか動揺しているように見えた。


「エミリィさん?」

「あ、いえ……。ボナハルトといえば、エルスニア領主である『ボナハルト伯爵家』ですから。それで驚いてしまいまして」


 俺たちが暮らしているこの『アルター王国』ならびに『アルター大陸』より東西南北の四方からなる四つの地方を『伯爵』が地方領主として統治している。伯爵はいわば県知事や州知事のようなものだが、各地方の治世を全任されているだけあり、領地における彼らの権限は非常に強力である。

 今回のクエストは事実上、伯爵家の関係者たちとの共同作戦となる。我々エルスニア地方の住人からすれば、伯爵はもはや一国の王といっても差し支えない相手。エミリィさんが気圧されるのも無理ないだろう。

 しかしながら、あの二人の反応は単にそれだけではないような。何か別の含みがあるようにも思えた。



「ほんの短い付き合いとはいえ、俺たちはこれから作戦を共にする仲だ。プロフィールはひと通り把握しているが、改めて自己紹介してもらいたい」


 ゲイリーさんの言葉に各々同意を示し、名乗りをあげる。


「カズキ・マキシマです」

「アンナ・ホリックです!」

「エミリィです。よろしくお願いします」


 三人が名乗り終えると、ゲイリーさんは「こちらこそよろしく」と会釈を返す。


「それじゃあ早速作戦概要について話したいが……、カズキとやら。何か気になることがあるようだな」


 胸の内を見透かされ、俺は観念したように白状する。


「ええ、はい。すみません、不躾な質問になるのですが……」

「遠慮するな。言ってみろ」

「ゲイリーさんはその、目が見えないんですか?」


 対面したときからずっと気になっていたことを尋ねる。

 ゲイリーさんはゴワゴワの黒い髭を口周りに蓄えた、齢四、五十ほどの屈強な壮年の男性といった風貌であるのだが。瞳が白く濁っていて、焦点が全く合っていないのだ。


「ああ。昔ポイズンスライムに襲われたときに目をやられちまってな。それ以来、俺は光を失った」

「そのわりに私たちのことをよく認識しているように見受けられますが?」


 エミリィさんの疑問は尤もだ。目が見えないのに、何故こちらの姿を追えるのだろうか。さっきも俺の一挙一動に目敏く気づいていた。


「たしかに、俺は見てのとおり全盲だが、代わりに魔力感知に長けている」

「魔力感知……。特殊な訓練を積めば、あらゆる生命体の体内を駆け巡る魔力を感知し、遠距離や障害物越しなどの視野の及ばない場所にいる人間や魔物を確認できるという技術……」

「それじゃあ、ゲイリーさんは魔力感知で私たちのことを識別してるってことですか?」


 アンナの問いに対し、ゲイリーさんは彼女の方を向きながら頷いた。


「ああ。俺はお前さんらの姿を魔力感知によって捉え、さらに言えば“色のついたシルエット”で識別できるのさ」


 つまり、ゲイリーさんはサーモグラフィーのように生きた人間を見ることができるということだろうか。


「そして、その人間の先天的な属性素養によって見えてくる魔力の色も違う。お前さんたち三人もその差で区別できている」


 ちなみに。とゲイリーさんは俺たちの姿を吟味しながら言った。


「カズキは灰色だな。四元素全てに適正があり、何でもそつなく使える万能タイプだ。まぁ突出した個性の無い器用貧乏ともいうがな」

「あはは、お誂え向きですね」

「……そうか。君はたしか魔法戦士だったか。ならばある意味で理想的だな。……エミリィ殿は、黒色。希少な闇属性ですな」

「ええ、まぁ」

「そしてアンナ……は、白色。これまた希少な光属性。なるほど。こうして見ると、なかなか粒揃いなパーティーというわけか」


 ゲイリーさんはふふ、と穏やかに笑う。見た目の割に案外柔和な人なのかもしれない。


「しかし凄いですね。魔力感知を扱える者は幾らか知っていますが、性質ごとに判別できるレベルの方は初めてです」

「そうさな。俺はもともと魔力感知は得意だったんだが、視力を失ったことで却って感覚が鋭敏になり、ここまでできるようになった。そして俺はこの力を買われて、ボナハルト騎士団にスカウトされた。ライアン様のおかげでな。あの方は全盲の俺を差別することなく、純粋に能力で評価してくれた」

 

 『ライアン様』とは、ボナハルト伯爵家の要人だろうか。俺は何気なくエミリィさんとアンナの二人に視線を送る。すると、二人はどこか張り詰めたような表情をしていた。

 妙な空気を察したのか。ゲイリーさんはそれ以上話を続けることはなかった。

 

「……少々長話が過ぎたな。そろそろ本題に入ろうか」

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