第19話 昼行灯

「――アンナ様も新しい武器を作ってもらったのですか。モルモネさんもなかなか気が効きますね」


 新しい武器をアトリエ・モモで受け取ってきた俺とアンナは、そのままエルスニア・ギルド酒場で待っていたエミリィさんの元へ合流し、事のあらましを伝えた。


「うん。このプラちゃんとチナちゃんのおかげで、素手にならなくても聖拳衝が使えるようになったの」

「単純に質が上がったのも良いですが、そこが何より有り難いですね。実際のところ、聖拳衝の反動対策は課題でした。四発まではオートヒールでどうにかなるとして、気絶に五発以上必要になるとどうにもならないですからね。――なにより、アンナ様の白魚のような手が犠牲になるのは看過できません」

「あはは……そこなんだ」

「一番大事です」


 苦笑いするアンナに、エミリィさんはキリッとした眼差しで真剣に答える。

 

「それで、カズキさんのエンチャント剣はどうですか?」

「あの人は最高の仕事をしてくれました。前より軽くて使いやすくなったし、出来ることもぐっと増えたと思います」


 俺は新しい相棒であるスカーレットを赤褐色の鞘から取り出し、剥き身の刀身を机の上に置いてみせた。


「おお、これは……」


 エミリィさんは宝石のような緋色の刃に目を奪われ、感嘆の息を漏らす。俺はモルモネさんから聞かされた剣の特質をそのまま説明してみた。


「……ふむ、素晴らしいですね。エンチャント武器は魔法攻撃と近接攻撃を両方使いこなす魔法戦士の切り札。敵の弱点属性を纏ったエンチャント攻撃は、本来斬撃が有効にならないゴーレム系の魔物すら斬撃が通るようになる。それだけでも莫大なアドバンテージとなりえますが、剣を握ったまま剣先から攻撃魔法を放つことができるのもよいですね」

「ええ。攻撃魔法を使うには事前に手をかざす必要がありますからね。今までは片方の手をフリーにする手間があったところを、剣を構えたまま咄嗟に使えるようになったのはとても大きいです」


 攻撃魔法は両手で剣を構えたままでは使えない。剣を片手に持ち替える動作はほんの僅かなタイムロスだが、戦闘中はコンマ1秒の無駄もバカにできない高速の世界。やはり”剣を構えたままでも使える”という選択肢が増えるのは大きなメリットとなるだろう。


「いや~、それにしてもかっこいいなぁ……スカーレット……。早く試し斬りしてみたいなぁ」

「うんうん、私も!」

「ふふふ、そうですよね。せっかく武器を新調したのですから、早く使い心地を試してみたいですよね。……では、なにか適当なものでも見つけてきましょうか」


 そんな風に和気藹々と語りあい、エミリィさんがクエストボードに向かうべく席を立とうとしたときだった。


「――失礼。ちょっといいでしょうか」

「あ、どうもです」


 俺たちが何かと懇意にしている受付嬢のユニバさんが机にやってくる。


「休憩ですか?」

「いえ、まだ業務中です。……実はカズキさんにお尋ねしたいことがございましてですね。突然ですが、その剣の出処についてお聞きしてもよろしいでしょうか」


 ユニバさんに怪訝そうに訪ねられた俺は、一瞬だけエミリィさんの方を見る。


(打ち合わせ通りにお願いします)


 と目線が語っていたので、俺は彼女に言われたことを思い起こしながら説明する。


「いいですよ。これは根無し草通りにある工房アトリエ・モモの店主がエルフの里に外注して作らせたエンチャント剣です。これがその領収書です」


 俺は予めモルモネさんから貰っていた領収書を手渡す。しかしこれは正当な手順を踏んで作られていない偽造品だ。

 そもそもの話、エルフが人間の街で商売をするには地方領主の許可が必要なのだが。モルモネさんはその許可を取っていない。いわば”モグリ”なのだ。だからモルモネさんの商売は違法で、このことがバレれば取引をした俺たちも罪に問われてしまう。

 そんな裏事情を聞かされたときはさすがに不安になったものだが、「アトリエ・モモはエルフの里の職人と提携していて外注依頼が出来る。ということにしている」とのことで、エミリィさんも「心配ありません」と太鼓判を押してくれていた。


「……そういうことでしたか。領主が許可していないエルフの職人が作ったものであれば問題でしたが、外注依頼であればその限りではありませんね。いやぁ、マジナイトゴーレムのコアをフリークエストから持ち帰ってきたその翌日に、エンチャント剣を持っていたものですから。私てっきり……」


 なんとか切り抜けた、と安堵したのも束の間。ユニバさんは「それはそれとして」と続けた。


「ちなみに、そのアトリエ・モモとやらは”ギルドに認可されている工房”なのでしょうか? 私はその手のリストをひと通り頭に入れているつもりですが、そんな名前見かけたことがなかったので」

「ええと……それは」


 思わぬ詰問に言葉をつまらせてしまう。

 ユニバさんはギルド職員として強い責任感を持つ人だ。ゆえに不正は許さない。正義に満ちた眼差しが鋭く追求してくる。

 エミリィさんに助けを求めるよう見ると、「大丈夫です」とばかりに頷いた。……とにかく、ここはもう出たとこ勝負でいくしかない。

 

「たしか認可されている……はずですけど」

「本当ですか? ではこれから確認させていただきますが」


 ユニバさんが険しい顔つきで離席しようとした、その瞬間だった。

 

『――その必要はないよユニバくん。アトリエ・モモはれっきとしたギルド公認の工房だからね』


 何処からともなく、鳥の鳴き声に似た声が聞こえてくる。すると一羽のフクロウが音もなく飛んできて、机の真ん中に降り立った。


「ぎ、ギルドマスター!?」


 フクロウを見たユニバさんは目を丸くする。


「え? ギルドマスター? まさかこのフクロウが……」

『あはは、面白いこと言うねカズキくん。これは僕の使い魔だよ。遠音(とおね)魔法で僕の声をコイツに届けさせてるだけさ。いっとくけど僕自身は普通の人間だからね~』


 フクロウは俺の声に反応し、のんびりとした口調で返した。その奇妙な声の正体は、おそらくフクロウの鳴き声を加工したもので、本人の声帯ではないのだろう。


『ところでユニバくん。最近エルスニア・ギルド提携工房リストが更新されたんだけど……ちゃんとチェックしたかい?』

「……あ」


 ギルドマスターの指摘にユニバさんはハッとなり、徐々に青ざめていく。


『もう一度言うけど、アトリエ・モモはギルド公認の工房で、そこで作られた製品はギルドのクエストでも使える武器になるはずだよ。だから、これ以上彼らを困らせないで欲しいなぁ?』

「は、はぃ~! みみみ、みなさまがた大変申し訳ありませんでしたァ!!」


 ユニバさんは人が変わったように萎縮しながら平謝りすると、逃げるように仕事場へ戻ってしまった。さすがに相手が相手だからしょうがないだろう。ヒラが社長に注意されているようなものだ。

 

「お初にお目にかかります、ギルドマスター。このたびはわざわざ出向いて頂き、ありがとうございました」

「ありがとうございます!」


 アンナとエミリィさんはフクロウに感謝を述べる。俺も釣られて「ありがとうございます」と頭を下げた。


『いいっていいって、気にしないで。こちらこそウチの受付嬢が迷惑をかけたね~」

「い、いえ、そんなことは……」

『ところで君たち、新しい武器を試したいそうだね。だったら丁度これからクエストボードに貼りだそうとしてたもので、けっこう良いのがあるんだけど。よかったら受注してあげようか?』


 ギルドマスターがこうして末端の冒険者たちと接触しているだけでも珍しいのに、なんと直々のクエスト斡旋である。これにはさすがのエミリィさんも驚きを隠せないでいた。


「よろしいのですか? このような正規の手順を踏まない受注となると些か問題があるのでは……」

『え~? そんなの”今さら野暮”ってものでしょ~。まま、いいからいいから。なんかあったら責任は僕が取るし』

「そ、そうですか。ではお言葉に甘えさせて頂きます」

『うんうん、いっぱい僕に甘えてくれたまえ~』


 すると使い魔のフクロウがどこかへ飛び去っていく。しばらくすると、クエスト用紙を両足に掴んで戻ってきた。


「えーっと、なになに……」


 内容は……


種別:魔物の討伐

場所:エルスニア地方北西部、リースの森

目標:ホーネットの群れ(数は不定)

難易度:Cランク

参加条件:Cランク三人以上の参加

依頼主:リースの森近郊の宿屋「森の賢者」の主人「ポルコ・マロニ」

概要:近々、リースの森深部にあるホーネットの”巨大コロニー”を掃討する作戦が決行されることになりました。ですがこの作戦の余波により、巣と女王を失って暴走した”はぐれホーネット”たちが、宿の近くにある馬小屋の馬たちを餌食にするべく襲う危険があります。そこで貴殿らエルスニア・ギルドの冒険者の方々に、宿に近づいてくるホーネットたちから守って頂きたく存じます。どうかよろしくおねがいします。


 といったものだった。


『どう? 受けてみるかい?』


 ギルドマスターの言葉に、俺はアンナとエミリィさんに視線を合わせる。報酬金も比較的御しやすい魔物であるホーネットを相手にする割になかなかの額だ。クエストボードに張り出されたが最後、争奪戦が始まるのは想像に易い。

 その場で意義を唱える者は誰も居なかった。


「……では、受注お願いできますか?」

『オッケー。任せといて』


 そうしてフクロウは飛び立とうとするが、「あ、そうだ」と去り際に言い残す。

 

『カズキくん。今度モネちゃんに会ったら”よろしく”って伝えといてね~』

「――ぶっ!?」


 不意を打たれ、ギャグ漫画みたいに吹き出してしまう。


(……エミリィさんエミリィさん。まさかギルドマスターはモルモネさんのこと知ってるんですか!?)

(……あー、すみません。そういえばカズキさんに伝えていませんでしたね。どうもモルモネさんはここのギルドマスターと顔見知りらしくて)

(ま、マジっすか。……え。ということはあのリストも)

(多分、ユニバさんがチェックしていた時までは本当に載っていなかったんでしょう。おそらくカズキさんの依頼を受けるにあたって、モルモネさんが口を利かせて急遽リストに載せたのかと……)


 モグリのエルフ職人と取引するという危ない綱渡りをするというのに、エミリィさんが何故余裕綽々としているのかがよく分かった。モルモネさんの存在を、内々とはいえギルドの最高責任者が認知しているのならば、これ以上安全なことはないだろう。


「ギルドマスターさんと初めて話したけど、なんだか不思議な人だったね」

「でも、俺たちのことを妙に気に入ってるのが、却って底が見えなくて落ち着かないというか……」

「まぁ、よいのではないでしょうか? 悪い人では無いはずですし。……多分ですけど」

 

 彼が遣った使い魔が置いていったクエスト用紙を三人でじっと眺めながら、未だ顔も素性も知らぬエルスニア・ギルドの長に、各々想いを馳せるのであった。

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