第18話 スカーレット

 俺は言われたとおりに鞘を左手で抑えながら右手でグリップを握り、引き抜いた。

 

「……!」

「きれい……」


 露呈した刀身を見て、言葉を失う。

 赤褐色の鞘から現れたのは、鮮やかな緋色の刃。無数の輝きの粒子が、まるで銀河のごとく複雑に凝縮されていて、表面には虹色の光彩を帯びている。

 もはや武器というより芸術品といっても差し支えない。


「どうだ? すごいだろ」

「ええ、ええ! すごいです! 見た目も綺麗だけど、とにかく羽みたいに軽い……。これ本当に剣なんですか?」

「れっきとした剣さね。一般的に流通してる武器ってのは粗製乱造ばかり。つくりに無駄が多すぎる。……けどこれは違う。無駄を徹底的に省いて軽量化を極限まで突き詰める。だが強度は一切妥協しない。だから普通の剣より軽いし、よほどアホな使い方をしなけりゃ折れるどころか刃こぼれとは一切無縁。メイド・イン・モルモネ最高傑作さ!」


 モルモネさんは大きくのけぞり、平坦な胸を張りながら豪快に笑う。


「それと忘れちゃいけねぇ。コイツはエンチャント武器だ。カズキ、さっそくやってみろ」

「え? でも、こんな狭い室内じゃ」

「ああ、そこは気にすんな。ここには予め『対攻撃魔術用防御結界』を敷いておいた。どんだけ火や風をぶっ放しても、この部屋とアタシとアンナちゃんには何の被害も及ばないさね。遠慮なくやっても構わないよ」


 なにやら聞き慣れない単語が出てきたが、とにかくモルモネさんを信じてみることにする。


「――ところで、エンチャントってどうやれば?」

「ってそこからかい! ……まぁ、なんだ。普段使ってる攻撃魔法、たとえばフレイムボルトを剣に宿すようなイメージをしてみな」

「……わかりました」


 アンナとモルモネさんが見守るなか、俺は攻撃魔法を発動する要領で集中力を高める。すると……

 

――シュゴォオ!


 緋色の刀身が炎をまとった。


「す、スゲーー!」

「わーー! かっこいい!」


 俺は玩具のヒーロー剣をプレゼントされた子供のようにテンション爆上がりで剣をブンブン振り回し、アンナはそれを見て無邪気に目を輝かせていた。


「どうよどうよ! すごいだろ!」

「すごいっすよ! これ! 一体どういう仕組みなんです!?」


 そう言うと、モルモネさんは待ってましたとばかりに早口で解説し始める。


「まず魔力伝導率っちゅう概念があってだな。早い話、魔力が物体をすり抜けたときにどんだけ擦り減らずに済むかというもので、生きた人間や魔物の体内などの生命体は基本的に魔力伝導率が高い。だからこそ魔力が体内を自由に駆け巡って魔法も使える訳さね。一方、石や鉄などの無機物は魔力伝導率が極端に低い。普通の武器にエンチャントしようとしても、魔力が上手く伝搬することなく大気に霧散しちまうのはこの為さ。ところがマジナイト鉱石は無機物でありながら、例外的に魔力伝導率が非常に高い。人間たちは『マジナイト鉱石の性質に関しては謎が多い』と言ってるが。この魔力伝導率の高さが、マジナイト鉱石の特異性に繋がっているのに違いない。というのがアタシたちエルフの見解さね」

「えと……つまり……?」

「つまり、この剣のつくりは”人間の体に近い”ってことさね。カズキの手からグリップを経由して刃までノーロスで魔力が流れるから、理屈として魔法現象を武器から発生できる。剣を持ったまま呪文を唱えれば、剣先から魔法を放つことも可能さね。たしかにロー製の鉄武器でもマジナイトの性質は再現できるが、こうしてエンチャント現象を起こせるのは”純粋マジナイト鉱製”だけなのさ!」


 モルモネさんは鼻息を荒げながら、なおも語り続ける。この人は好きな分野の話題になると饒舌になるタイプなのだろう。


「はい、質問!」


 するとアンナが挙手をする。


「それって敵の魔法攻撃を吸収できるの?」

「んーーーー! 良いねぇ! 良い質問さねぇ! さすがアンナちゃん!」

「えへへっ」


 モルモネさんは踏ん張るように背伸びをしながら、アンナの頭をよしよしと撫でる。


「結論から言うと……できない!」

「え? そうなんですか? 敵の魔法を無力化できた方が強そうなのに」

「……こんのバーローめ!」


 また例のごとく、モルモネさんは腹パンを食らわせてきた。


「いでぇ!?」

「お前さんなぁ! マジナイトゴーレムと直接やりあったくせに、そんな簡単なこともわからんのかい!」

「……どういうことなの?」

「あのね、アンナちゃん。マジナイトは吸収した属性ごとの性質変化を起こすのさ。つまり、地属性を吸ったら”刀身が急に重くなっちまうんだ”。使用者の意図しないタイミングで使い勝手がコロコロ変わっちまうのは武器として致命的だし、そもそも高い魔力伝導率が仇となって、刃を伝って握ってるグリップにまで魔力が流れてきたら大惨事さね。火属性でも吸収しちまったら、持ち手が高温状態になって火傷しちまう」

「な、なるほど。じゃあ魔力が常に一定方向にしか流れないようになっている。ってことですか?」

「そのとーり! ”不可逆的魔力流構造”になっていて、刃から魔力を吸収することは出来ないようになってるのさ」


 彼女は軽く言ってのけるが、門外不出の凄まじいオーバーテクノロジーなのは間違いないだろう。何故エルフが人間社会で身を隠さなければならないのかよく分かった気がする。彼女らの持つ技術力を巡って大なり小なり戦争が起こりうるのは想像に難くない。


「さてと、カズキの件はこれぐらいにして。次はアンナちゃんの番さ」

「え? 私??」


 思わぬ指名にアンナは鳩が豆鉄砲を食ったようになる。モルモネさんはこれまた奥の部屋に何かを取りに行って戻ってくる。


「エンチャント剣を作った時の端材で『アンナちゃん専用ナックル』を作ってみたさね!」


 モルモネさんが持ってきたのは、一対の美しい銀白色のナックルだ。色味といい有機的でシャープなデザインといい、アンナが普段使っている無骨な鉄製よりも上品な雰囲気である。


「わぁ! ありがとう!! すごくかっこいい!」

「クッキーのお礼ってわけじゃあないんだが、喜んでくれたなら何よりさね」

「あ、でもサイズとか大丈夫かな?」

「そこは問題ないさね。一応フリーサイズ仕様になっているからね」


 ナックルはその性質上、個人の体格差に合わせたサイズのものが売られているものだが、それをフリーサイズにしてしまえるのは普通ではない。

 やはりエルフ、ひいてはモルモネさん。すごすぎでは……?


「ホントだ……ぴったりハマちゃった。それにとっても軽い……。装備したままなのに、まるで素手みたい」


 アンナは快適な装着感に感嘆しながら、シャドーボクシングしてみせる。傍目に見ていても分かるほど、彼女の動きは普段よりも軽やかに見えた。


「ふっふっふ、軽いのは当然さね! 素材には鉄よりも軽くて靭性に優れたミスリルをふんだんに使っているからね! でも軽いだけじゃないよ? 武具の素材として使われる鉱物のなかでもトップクラスに高い硬度を誇る希少鉱石『アダマンタイト』を絶妙なバランスで混ぜた、モルモネ様特製配合の合金で出来ているのさ!」

「え? アダマンタイト? それって硬いけど、すごく重いはずじゃ?」

「そこはアタシの”知恵”で解決さね! 軽量化を妨げない程度のギリギリの配分、そして構造耐久を存分に活用することによって、軽量化と耐久性の両立を実現しているのさ! ……けど、アンナちゃん専用ナックルの特徴はそれだけじゃあない。拳の先端部にあるハードポイントをよく見て欲しいさね」


 言われたとおり先端部をよく見てみると、エンチャント剣と同じ色の宝石のようなものが小さく点々と埋め込まれていた。


「あ、これって!」

「そう、それは”マジナイト鉱石”さ。アンナちゃんは聖拳衝を使うってエミリィちゃんから聞いて思いついたギミックさね。カズキのエンチャント剣と同じ高魔力伝導率かつ不可逆的魔力流構造のマジナイト鉱が、内側のアンナちゃんの手と接触しているんだ」

「――つまりナックル越しに魔力が伝搬するから、これを使えば素手じゃなくても聖拳衝を使えるようになるってこと?」

「さすがアンナちゃん! 理解が早いさね! これから聖拳衝を使うときは、無闇に腕を痛めることもなく、オートヒールを使う必要も無くなるってわけよ!」


 ワイバーンの時みたく、今後アンナの聖拳衝に頼る場面は必ずある。素手殴りしなければならないというデメリットが無くなれば戦略の幅もいくらか広がるだろうし、痛々しい負傷をしなくていいというのは何よりも大きいだろう。


「それにしても、私専用の武器かぁ~。名前とかつけちゃおっかなぁ! ぬふふぅ」

「名前……かぁ。うん、いいかもしれねぇ。いっそつけてみたらどうだい? エルフの世界には『言霊』っつー観念があってな。言葉には特別な力があって、名前を持たぬものは”名前を与えられる”ことによって、その特別な力を宿す。なんて考えられているのさね。もしかしたら、いつか役に立つことがあるかもしれねぇよ?」


 言霊は前世においては古代の日本人の思想だったが、どうやらこの異世界ではエルフの哲学であるらしい。

 アンナはうんうんと唸りながら、双方のナックルとにらめっこする。


「……よし。見た目がプラチナみたいにかっこよくて綺麗だから、今日からこの子たちの名前は右が『プラちゃん』で左が『チナちゃん』!」

「おお! いいじゃねぇか! どうだいカズキ。お前さんも名前、つけてみないか?」

「俺も? ……うーん、そうだなぁ」


 俺は輝く刀身を再度見直してみる。

 ――緋色。

 とにかくソレを形容するのに、これ以上の言葉が見つからなかった。


「――『スカーレット』。……ってのはどうかな?」

「うん、いいね! かっこいい!」

「そ、そうかな?」


 俺はちょっぴり照れくさくなりながらも、新しい相棒となるスカーレットを見つめ、万感交々至るのであった。

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