第17話 より良き選択
「――というわけなんですが」
ボロ山から帰還したその足で直にアトリエ・モモへ赴き、幼女の姿をしたエルフの工房主に事の顛末を話した。
「へへっ、やっぱりな。思ったとおりボロ山にはマジナイト鉱を手に入れるアテがあったな」
「思ったとおり……とは?」
「そのゴーレムは間違いなく『マジナイトゴーレム』さね。ボロ山に生息する固有種で、見ての通りそのコアは上質なマジナイト鉱で出来ている。100年ぐらい前はたくさん居たんだがねぇ。マジナイト鉱石を利用した技術の発明と発展による需要の増大、それに伴う人間たちの”マジナイトラッシュ”にボロ山と彼らも巻き込まれちまった。それで、あっという間に絶滅寸前まで狩り尽くされてしまってわけさね」
「そうか……そういうことだったのか」
この世界のマジナイトゴーレムは、前世の人類史におけるドードーやリョコウバトなどの絶滅動物のように、人間たちの手前勝手な都合で絶滅に追いやられてしまった”人の業の被害者”なのだろう。
「……」
ならば、「エンチャント剣を作りたい」という個人の要求がために、絶滅寸前の彼らにトドメを刺してしまった自分は、恐ろしい所業を為してしまったのではないだろうか?
「――バッキャロォー!!」
するとモルモネさんが怒鳴りながら、突然腹パンを食らわせてくる。
「ごはっ!? いきなり何するんですか!?」
「お前さん、今罪悪感抱えてんだろ。顔にそう書いてある」
「それは……そうですよ……。だって人間の悪性に翻弄された悲劇の魔物に、死体に鞭打つようなマネしちゃったんですから……」
俺が気落ちしながらそう言うと、モルモネさんは深いため息をついた。
「あのな? カズキ。お前さん、今日の昼なに食べたよ?」
「え? アンナに作ってもらった照り焼きチキンのサンドイッチですけど……」
「アンナちゃんの手作りサンドイッチだと!? カーッ! 羨ましいねぇッ! ……いや、そうじゃなくてだな」
「……なにが言いたいんです?」
「つまりだな。アタシが言いたいのは、お前さんがサンドイッチを食べていた時な。”ベソ掻きながら謝って食べてたか?” ってことだよ」
「そんなのするわけないですよ」
「だよな。アタシもいちいちそんなことしない」
「だから、一体どういう」
「――お前さんが食った一個のサンドイッチ。一体どれだけの犠牲を経て作られて、お前さんの口に運ばれたか。想像したことあるか?」
俺は言葉に詰まった。
「作ったアンナちゃんの手間暇、パンを焼くために育てられ無残に刈られた小麦、鶏肉を作るために飼われて惨殺された鶏。その他諸々、数えるのもバカバカしいほど膨大な数の犠牲を、お前さんは一瞬で消費しちまったんだ。人間てのは……生き物ってのはそういうものなんだよ。自分勝手に生き残るために、なにかを犠牲にし続けなきゃならねぇんだ。誰も彼もがそんなこといちいち気にしてたら……みんな気が狂っちまう」
「モルモネさん……」
「だからよお。マジナイトゴーレムを殺したことを悔いるのはやめておきな。コイツもお前さんも、自然の摂理に則って、生き死にを天秤にかけて戦った。そして結果としてお前さんが勝って生き残った。たったそれだけの些末な出来事さね」
モルモネさんはひび割れたゴーレムコアを手に取り、続ける。
「――それはそれとして。種の存続と繁栄を免罪符に開き直って狩りまくって、種族を絶滅寸前まで追い詰めるのは良くねぇとは思うがな? ほどほどに数を残して、保護でもしてやればよかったろうに。万事尽く、やりすぎず、いい塩梅、いい匙加減ってことさね」
「う……最後の生き残りかもしれないマジナイトゴーレムを……俺は……」
「最後の生き残り……? ハッハァ! それについては心配する必要はないさね!」
「……へ?」
「お前さんが手をつけなかったっていうマジナイト鉱脈な。アレ、多分マジナイトゴーレムの”卵”だ」
「アレが……鉱脈がゴーレムの……卵?」
「ゴーレムの卵ってのは、そのゴーレムのベースとなる鉱石に近いものになるのさ。鉄鉱石がベースなら鉄、ミスリル鉱石ならミスリル、てな具合にな。マジナイトゴーレムなら当然マジナイト。だからカズキはマジナイトゴーレムを絶滅させるどころか、ちゃんと卵を残して、しかもひと目が触れないようにしてやった。むしろお前さんのおかげでマジナイトゴーレムは絶滅を免れることが出来たのさ」
「……ホントですか!?」
そうか、あの鉱脈はゴーレムの子供たちだったんだ。そうするとあの個体は“子を守ろうとした親”だったのかもしれない。
「ああ、コイツもそう言ってる。カズキに目一杯感謝してるさね」
「そう言ってるって……。え? どういうことですか? まるで言葉が分かるみたいに」
「ああ分かるとも。……もしかして知らなかったかい? アタシたちエルフは『魂の言葉』を聴くことができるのさ」
「魂の言葉……ですか? そういえば最初に会ったときも、魂の言葉がどうとか言ってましたっけ」
「ウチらは産まれつき、生きとし生けるもの全てに宿る『魂』が発する波長を捉えることができるのさね。それで相手の魂から響いてくる偽りなき意志や感情を知ることができる。『エルフに嘘は通用しない』。とはよく言ったものさ」
たしかにエルフには嘘を看過する力があって、そのせいで人間がエルフに政治的干渉をするのは困難だと聞いたことがある。
「じゃあそのコアにはまだ魂が宿っていて生きてるってことですか?」
「おうよ。といっても、形として命の終わりを迎えた骸に、魂は長居することはできない。アタシが作業に取り掛かる頃には天に昇っているだろうね」
「そうですか……。あの、そのゴーレムは俺のことを……」
本当に憎んでいないのですか? という言葉を思わず飲み込んでしまった。
「――憎んでなんかいません。むしろ感謝しています。老い先短かった私なんかよりも大切な、私の子供たちを助けてくれたことに。……本当にありがとう」
「あ……」
「――ってところかな? 恨むどころか、コイツは自分の骸がカズキの役に立てると知ってむしろ喜んでんだ」
そう言ってモルモネさんはニカッと笑ってみせた。
「苦労してコイツを手に入れたカズキの為にも、そしてコイツ自身の為にも。アタシも本気(ガチ)で取り掛からにゃいかなくなっちまったよ。こんなプレッシャーのかかる大仕事は久々さね! 腕が鳴るってもんよ!」
◆
「こんにちわ。モルモネさんいますか?」
「モルモネさーん! 遊びに来たよー」
ゴーレムのコアを渡した翌日、改めてアトリエ・モモに訪れた。今回は諸事情によりアンナも一緒だ。
「うっひょーー! アンナちゃんだぁ! 久しぶりだねぇ元気してるかい?」
モルモネさんは飼い主の帰りを待ちわびていた子犬のように飛び出してきた。アンナとエミリィさんとは旧知の仲と聞いていたが、どうもアンナのことを大層気に入っているらしい。
「ちょっと見ないうちに随分おっきくなったねぇ! ちゃんとしっかり食べてるかい? 誰かにいじめられたりしてないかい?」
「むー、私もう子供じゃないんだよ? 19歳になって、お酒も飲めるようになったんだから」
「カーーーー! あのアンナちゃんがもう19歳!? ついこないだまで”ちんまり”とした愛くるしい子どもだった気がするのにねぇ……。まったく、人間の成長速度と時の流れはせっかち過ぎていけねぇ!」
「えへへ、モルモネさんは相変わらずだね。……そうだ。ハイこれ、私が焼いたの! 仕事中に小腹が空いたりしたときに食べてね」
するとアンナはモルモネさんに小洒落たバスケットを手渡した。中身は手作りクッキーだ。小麦粉、砂糖、バターを混ぜてこねたのを焼いたオーソドックスなもので、日保ちもするし片手でヒョイとつまめる一口サイズなので、作業中に脳に糖分補給したいときなどにもってこいである。
「う、うおおおおお!! アンナちゃんの手作りクッキーだとぉ!! あたしゃ……あたしゃもう感動のあまり、目から超高濃度の水属性魔力が溢れてきちまいそうだよぉ!」
「あ、あの……、盛り上がってるところ悪いんすけど。俺の用事は……」
ここにはもちろん、遊びに来たのでもクッキーを渡しに来たのでもない。そもそも昨日、モルモネさんに「明日の昼頃にはエンチャント剣は完成してるだろうから取りに来な」と言われたので、そのとおりにしたのだが……
「ん? おお、そうだったなカズキ。わりぃわりぃ。安心しな。ちゃあんと出来てるよ」
モルモネさんは奥の部屋に行って戻ってくると、彼女の背丈の半分ほどもある鞘に納まった剣を両手で抱えてきた。
「ほらよ。依頼されたエンチャント剣、納品完了さね」
渡された剣を受け取る。赤褐色の重厚な外観だが、見た目の印象よりもずっと軽い。柄のグリップ部分の材質は金属にしか見えないのにまるでゴムみたいな質感で、手で軽く触れているだけでもまったく滑らない。
この手渡された一瞬でもわかる。彼女の手によって作られたこれは、前世の加工技術にも勝るとも劣らない至高の逸品であると。こんなものを一晩で完成させるのだから、この世界のエルフの技術力は筆舌に尽くしがたいものなのだろう。
「わー、すごい……」
「すごいよ……これは」
その見事なまでの造形美を前に、二人して見惚れてしまう。
「ハハハ! アタシもすごいと思う。なにせ今回の仕事は今までで最高のモチベーションであたらせてもらったからね」
「そうなんですか?」
「おうよ。魔物の素材を使って武具を作ってくれ、なんて依頼はよくあることなんだけどな。そんときはいっつも『許さない』だの『呪ってやる』だの、素材に染みついた魂の恨み節を聞かされるハメになってゲンナリさせられるものなんだけどよぉ。今回は違った。『彼の役に立たせてほしい』『あなたにも感謝します』って、希望に満ちた魂の言葉を貰いながら仕事できたんだ。武器作成でこんなにあったけぇ思いしたのは初めてかもしれないねぇ」
そう語ったモルモネさんの表情は、どこか晴れやかだった。
「それもこれもカズキのおかげさね」
「そ、そうですか?」
「とにかく、見てくれを褒めてくれるのもいいんだが。コイツの真髄はまだまだこんなもんじゃないさね。カズキ、”鞘から出してみな”」
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