第16話 岩窟の番人・後編

 作戦をしつこいぐらい反芻し終えると、意を決して突入する。

 

「――マテリアルブラスト!」


 そして間髪入れず、壁際で動かなくなっているゴーレムに攻撃魔法を放った。マテリアルブラストは難なく命中するが、着弾時の拡散効果が起こることなく掻き消えた。

 やはり俺の推測は正しかった。あの時のウィンドカッターは火力不足で効かなかったのではなく、ただ単に吸収されただけだったのだ。


『ゥオオオオオオ!!』


 ゴーレムは自らの縄張りを侵さんとする外敵へ怒りを差し向けるかのように咆哮し、ゆっくりと動き出した。……が、ヤツの動きはさっきよりも明らかに遅い。地属性のマテリアルブラストを吸収した今のゴーレムは、その性質変化により体重が重くなったのだ。


(よし、これで時間が稼げる……!)


 狙いどおりヤツの進行スピードが遅くなっているあいだに、下準備を済ませる。

 

「――ウォータートラップ!」


 ゴーレムの進路上にある床に向かって水属性の罠魔法を放つと、青色の魔法陣が刻まれた。だが、このままウォータートラップをゴーレムに浴びせるだけでは意味がない。肝心なのはここからだ。


「――フレイムストーム!!」


 両手を大きく前へ伸ばし、呪文を詠唱する。


――ごぉおおおおおおおおお!


 掌の先から炎の嵐が放射状に発生し、ゴーレムへと吹き荒れる。

 闇に閉ざされた空間を天井から部屋の隅に至るまで、その圧倒的熱量によって発生する光が照らし尽くし、奔流の余波たる熱風が髪をなびかせた。

 初めて実戦で発動する中級攻撃魔法の圧倒的規模に、我ながら興奮を覚えてしまう。


『グォオオオオッ!』

 

 ゴーレムはそれら破壊のエネルギーの全てを吸いとった。

 結果、火属性の性質変化によって全身に高熱が漲る。灰色の石の肌が橙色に発光し、表面からは湯気がでている。まるでマグマが人の形をとったかのような威容だ。

 また地属性の性質変化による体重増加も緩和されたゴーレムは、外敵を屠るべく踏み出した。


(――かかった!)


 ゴーレムのつま先が青色の魔法陣に触れた瞬間、魔法陣がひときわ強く輝く。

 次の瞬間、この火山洞窟の深部という土地ではありえない水流が地面から発生し、ゴーレムに襲いかかった。


――じゅううううううう!


 熱せられた岩の巨人に浴びせられる怒涛の水。殺人的な高温の蒸気が周囲にたちこめるが、こうなることが予め分かっていて距離をとっていたため、その被害を被らずには済んだ。

 やがて時間とともに霧が晴れていく。すると先ほどとは打って変わって、元の灰色のゴーレムの姿があった。しかしながら、足元の蒸気で濡れた地面をその体から漏れ出る冷気で凍らせている。水属性の性質変化によって今度は極低温状態にあった。


『オオオオオオッ……オッ!? ……オグゥッ!!』


 自身の変化を顧みることなくゴーレムは再び接近しようとした。……が、それは叶わなかった。

 彼が動こうとした瞬間、関節という関節からバキバキと嫌な音を鳴る。それでもなお無理に足を動かそうとするが、両膝から下が粉々に砕け散り、前のめりに地面に倒れてしまった。


「――っしゃあ!! 作戦成功!」


 気持ちいいぐらいに狙い通りになり、おもわずガッツポーズを取る。

 いくらマジナイト鉱の性質を持っていても、このゴーレムの身体は透明でもなく七色の反射光も放っていない。つまり”純粋なマジナイト鉱石”ではないのだ。そこに付け入る隙があった。

 マジナイト鉱石は四元素それぞれの目まぐるしい性質変化にも柔軟に変容し、それによる劣化は起こり得ない。だが、それを取り巻く他の物質はそうもいかない。

 要は魔法瓶と同じなのだ。魔法瓶は殆ど粘土で出来ているため、マジナイト鉱の急激な性質変化が起こった場合、主成分の粘土がそれについていけず魔法瓶そのものの耐久性は著しく低下してしまう。

 とくに”超高温状態からの超低温状態へ”の急な性質変化、すなわち“熱衝撃(ヒートショック)”には滅法弱い。高威力のフレイムストームからのウォータートラップのコンボによって、ヒートショックを意図的に起こしたというわけだ。


(――チャンスだッ!!)


 ゴーレムを脆くさせただけでは決め手にはならない。だが、不意を打たれて身動きができないでいる今なら――


(上半身が倒れ、剣の射程圏内に『ゴーレムのコア』が届いている今ならばッ!!)


 腰に帯刀された剣を引き抜きながらヤツの元へ駆け寄る。

 ゴーレムの紅く輝くコアがこちらの姿を捉えたときにはもう遅かった。


「――迫撃!!」


 迫撃。一応剣系の必殺技だが、技というほど技でもない。

 なぜならば、ただ思いっきり剣を振りかぶってから叩き斬る。たったそれだけなのだから。

 ――しかしながら、必殺技はシンプルであればあるほど……強力ッ!


――バキイィッ!


 冒険者を始めてからずっとお世話になっていた鉄の剣が、頭部を砕きつつコアにめり込む。

 脆くなったとはいえ、繊細なつくりの刃を岩肌に叩きつけるなど本来はご法度。当然無事では済まず、真っ二つに折れてしまった。


『ガァアアアアアアアア!!?』


 苦悶に満ちた絶叫をあげるゴーレム。俺は使い物にならなくなった剣を捨てて、すぐさま距離をとる。

 ゴーレムのコアを割るのは、人間に例えれば心臓を槍で串刺しにするようなもの。間違いなく致命傷となっているはずだが、もうこれ以上こちらに有効な手札は無い。これでもまだ再起不能にならないのなら撤退するほかないだろう。


『ガァァアッ! アグッ! グアアア……!』


「……まだやるか!?」


 ヤツはまだ息絶えない。

 生命活動の要たるコアに致命傷を負っても。上半身だけになっても。劣化現象で今にも壊れそうな腕を使って這っている。

 凄まじい執念だ。一体、何がヤツをそうさせるのだろうか?


『ガあグッ……グアアがウ……アアあッ』


 遮二無二に声を絞りながら。割れてしまったコアに命の灯火を燃やしながら。それでも近づいてくる。

 たとえ死んでも殺しにくるその妄執に、俺は恐怖すら抱いた。


「……え?」


 ところが、ゴーレムが俺を追うことはなかった。

 ……いや、正確には俺を追っていたわけではなかった。”ある場所”を目指していたのだ。


(マジナイト鉱脈……? なんで……)


 這々の体でゴーレムがたどり着いたのは、マジナイト鉱石が集まった鉱脈だった。もはや満足に動かせないであろう両腕を、ボロボロに崩れかけた指を、震えながら、そっと伸ばした。


『おオっ……ぐオオオオッ……ぉぉぉぉおおおおおおおおお……ッッ』


 ――まるで慟哭だった。

 マジナイト鉱石たちを慈しむように、抱きかかえながら叫ぶその”音”には、深い哀しみが染みている気がした。

 鉱脈に縋りつくゴーレムの巨躯にやがて限界が訪れた。膝から順に崩壊していき、やがてそれらは細かい砂粒のようになる。みるみるうちにゴーレムだったものは砂の山となった。残ったのは、傷つきがらも緋色の輝きを放ち続けるコアだけであった。


「……」


 俺はなんとも言えない想いで砂の山に近づき、ゴーレムのコアを見下ろす。

 戦闘中は観察する余裕が無かったが、よく見れば向こう側が透けていて、表面に虹色の光を帯びている。色はともかく、ほぼ間違いなくマジナイト鉱石そのものだろう。


(もしかして……あのゴーレムは……)


 ――何故部屋に入ってすぐ襲ってこなかったのか?

 よくよく思い返せば、俺がこのマジナイト鉱脈にピッケルを振ろうとしたときだった。ヤツが襲ってきたのは。だとすると、あのゴーレムは”このマジナイト鉱脈を守ろうとしていた”のではないだろうか。俺を攻撃対象に認定したのも、そもそも俺が鉱脈に牙を剥いたから……?

 あのゴーレムにとって、このマジナイト鉱脈は一体何だったのか、今となっては分からない。けれど、あれだけ必死に守ろうとしていたのだから、よほど大事なものに違いない。


(番人を倒した以上、この鉱脈はもはや全て俺のものになったと言っていい。……そうだよな?)


 俺はピッケルに手をかける。

 目の前にあるのは値千金の宝の山だ。

 苦労して探して見つけて、ゴーレムを倒して手に入れた。俺がいただく権利のある報酬だ。


『ぉぉぉぉおおおおおおおおお……ッッ』


「……ッ!」


 脳内にさっきの光景が蘇る。

 ヤツが命がけで戦って守ろうとして、最期を迎えるその直前まで大事そうに抱えていたそれに。俺はピッケルを振り下ろすことが……できなかった。


「……もう……帰ろう」


 俺は目の前のマジナイト鉱脈を諦めることにした。代替品になるかは分からないが、かわりにこのゴーレムのコアを持ち帰って、モルモネさんに素材として使えるか聞いてみるとしよう。


(勝手に住処を踏み荒らして、殺してしまった俺がやるのもアレだけど……。せめてもの手向けをしておきたいな……)


 俺は部屋に通じていた狭い通路を抜けると、通路の天井が崩落するまでマテリアルブラストを何発も放った。そうして落盤が起こり、道が完全に塞がれる。

 これであの鉱脈はもう誰にも見つかることはない。落盤が起こった跡があれば、掘り起こそうとする気にもならないだろう。

 エルスニア・ギルドに帰還すべく、その場を後にしようとした、そのときだった。


――アリガトウ


「え?」


 どこからか声が聞こえる。振り向くが、どこにも誰も居ない。気配もない。

 気のせいだろうか?

 幻聴だろうか?

 とはいえ、奇妙だとか不気味だとかは不思議と思わなかった。

 その音の色にはどこか、安らぎと温かみが満ちていた気がしたからだ。

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