第15話 岩窟の番人・前編

「!?」


 本能的に振り向く。

 一体今までどこにいて、どこからやってきたのだろう。暗闇の中から何かがズシンズシン、と床を踏み鳴らしながら、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


「なっ!? ゴーレム!?」


 現れたのは全身灰色の石で出来た巨大な人型の魔物。身長は2メートル……いや3メートルぐらいある。頭部に埋め込まれた丸いコアが紅く輝き、さも一つ目でこちらを睨んでいるようにも思えた。

 一見して緩慢だが、なにぶん歩幅が大きいので見た目以上にスピードがある。発見した瞬間は5メートルほど離れていたのに、もうすぐそこまで迫っていた。


(くそっ! なんでっ! 一体どこに潜んでた!? なんで今まで襲ってこなかったんだ!?)


 ゴーレムは俺の姿を捉えながら両手を組み、真上に振りあげて構える。俺は咄嗟に脚力ブーストを使って緊急離脱した。

 かわした直後。今まで立っていた場所にゴーレムの両手ハンマーが振り下ろされる。


――ガァアアン!!


 叩きつけられた箇所が深く沈み、地面が揺れる。あんなものをまともに食えば即死は免れないだろう。


(アイツをなんとかしないことには、マジナイト鉱脈を回収することはできない……か)


 不意を打たれて動揺はしたが、深呼吸をして落ち着きを取り戻し、冷静に相手を分析する。

 武器攻撃……は当然やめるべきだ。ラヴァ・スパイダーのような岩石系の魔物相手に、剣撃は致命的に相性が悪い。そもそも敵の即死級の攻撃力と互いのリーチの差を考えれば、接近戦を挑むのはあまり得策ではない。


(……となると、やはり魔法攻撃!)


 ゴーレムといえば基本的に地属性だ。というか、自分が知る限りでは地属性しか居ないはず。ならばここは弱点である風属性をぶつけるのがベスト!


「――ウィンドカッター!!」


 両手をかざし、呪文を唱える。

 ウィンドカッターはアクアレイザーと似たタイプの初級攻撃魔法だ。円盤状の薄い気流を超高速回転させながら放ち、まるで鎌鼬のごとく標的を切り裂く。

 狙いは足だ。致命打を与えるならゴーレムの心臓部たるコアのある頭部だが、的が小さい頭部より適当に狙っても掠りやすい足の方が効果的にダメージを与えやすい。それに機動力を奪いさえすれば、遠距離攻撃のないゴーレムを倒すのは容易になる。


(よし、当たった!)


 空気を切り裂きながら射出されたウィンドカッターが、ヤツの左足の膝に命中する。

 左足を破壊。といかずとも、深い傷になればそれだけで歩くこともままならなくなるはず。

 ……と思っていたのだが。


「――え」


 俺は目の前で起きた出来事を目の当たりにし、言葉を失う。命中したはずのウィンドカッターが、何故か消失してしまったのだ。弱点属性なのだから、決して少なくないダメージになるはずだ。にも関わらず、まるで効き目が無いのだ。それどころか……


(!? 急に走り出した!?)


 ノッソリと歩いていたゴーレムが突然、機敏に走ってきたのだ。

 予想外の事態の連続に思考が止まり、立ち尽くしてしまう。


『――心の握力が大事だ、カズキ。戦いの中では、どんなときでも力を緩めちゃいけねぇ』


 走馬灯を見るようにクザさんの言葉が脳裏をよぎった。

 身体に力が入る。

 固まっていた思考が動きだす。

 全神経を使ってその場を凌ぐ行動を導き出し、脊髄反射的に動いた。


――ガン!


 ……ギリギリだった。本当にギリギリのところ、ゴーレムの素早い攻撃を回避することができた。


(とにかく、俺の理解を超えた“なにか”が起こっている……。ここはひとまず退却だ。対策を講じるのはそれから!)


 元来た通路を脚力ブースト込みで全力疾走する。

 ゴーレムはそんな俺の逃走にもなんなく付いてくるが、通路がゴーレムが通れないほど狭かったのが幸いし、無事に撒くことができた。


「はぁ……はぁ……!」


 ようやく安全地帯まで逃げ延び、肩で息をする。

 この呼吸の乱れは全力疾走で肺を使ったことよりも、”絶体絶命の緊張感から解放された”ことが原因だろう。


「――クソッ! せっかくマジナイト鉱脈を見つけたのにッ! あともうちょっとなのに……何なんだあのゴーレムッ!」


 理解が追いつかず、解決もままならない事態への苛立ちから悪態をつき、床に転がっていた石ころを蹴る。

 するとその拍子にポーチの中からガラ、と中身の木箱が他の荷物と擦れる音がする。その音を聞いて、今朝アンナから貰った昼食用のサンドイッチのことを思い出した。


(そういやそろそろ昼頃か。こんな空腹でイライラした状態じゃあ考えるだけ無駄かな……)


 周りには魔物は居ないし、例のゴーレムが追撃してくることもない。

 それに脳に糖分を補給して落ち着けば、打開策も浮かぶかもしれない。俺は平坦な場所にランチマットを敷くと、どっしりと腰を落として胡座をかき、布に包まれていた木箱を開ける。

 中にはエミリィさんが昨日の夕食に焼いていた食パンのスライス2枚を使って重ねた、四角いサンドイッチが入っていた。サラダ用の菜っ葉は外周にはみ出るほど詰め込まれており、さらにアンナが言っていたように、醤油に似た調味料を料理酒や砂糖と一緒に煮詰めた照り焼きソースをからめた鶏もも肉のステーキがちらりと顔を見せている。

 パンと菜っ葉と鳥肉だけという至ってシンプルな料理だが。心身ともに疲弊しきった今の俺にとって最高のごちそうである。


(――うまっ)


 待ちきれずにかぶりつくと、脂身の多いもも肉の柔らかくてジューシーな食感と濃密な甘じょっぱさ、それらを包みこむ香ばしい匂いのふんわりとしたパン生地が、甘やかすように舌の上で優しくとろけた。さらにシャキシャキとした新鮮でほろ苦い味の菜っ葉が、もも肉の脂っぽさと照り焼きソースの味の濃さをいい塩梅に中和する清涼剤となっている。


「――ごちそうさまでした」


 乾いた口内に水筒の水を流し込むと、空になった木箱に両手を合わせる。気づいたら、あっという間に完食していた。


(エミリィさんにばかり注目が行きがちだけど、アンナも料理のセンスいいよなぁ)


 前世の大学生活では一人暮らししていたので、俺も人並みに料理は出来るほうだが。アンナはあのエミリィさんと付き合いが長いのもあってか、料理の腕前もなかなかのものだ。

 こないだのワイバーン討伐クエスト後の宴のときも。酒場からちゃっかりローストビーフを持ち帰ってて、翌朝にそれを使ったアレンジ料理を朝食卓で振る舞ったりもしていた。


(俺なんかより、アンナの方が魔法瓶を使いこなしてるしなぁ……)


 すると魔法瓶という単語を浮かべた瞬間。自分でもよく分からないが、何かとても重要なことに気付いた直感があった。


(魔法瓶……? なんでコレがこんなに引っかかるんだ? ……そうだ。ひとまず魔法瓶は置いておいて、まずはあのゴーレムの疑問について考えを整理してみよう)


 一つ目、何処から現れたか?

 考えるまでもない。実はずっと壁際に居て、単に俺が見逃していただけだ。

 二つ目、何故部屋に入ってすぐ襲ってこなかったのか?

 これに関してはまるで分からない。後回しだ。

 三つ目、何故ウィンドカッターが効かなかったのか?

 いくら弱点を突いた攻撃魔法でも、俺のでは火力が足りなさ過ぎたか? にしては、もう少し手応えがあってもいいはず。

 そして四つ目、何故急に動きが速くなったのか?

 あれほど速く動けるのなら最初からそうしていた。唐突に変化したのは何故だ?

 

(……となれば、急に動きが速くなった原因を探ってみるか)


 動きが速くなったのはウィンドカッターを左足の膝に命中させたその直後だった。つまりウィンドカッターの命中がトリガーとなっていたと考えるのが自然だ。


「――待てよ? もしかして……魔法瓶?」


 ……そうだ。頭の中に引っかかっていたもの。それは魔法瓶の、ひいては”マジナイト鉱の性質”だ。

 

(ウィンドカッターは命中したあと消えた。そしてゴーレムは無傷。……だが違う。あれは消えたというよりも“吸収”されたんだ!)


 マジナイト鉱は四元素の魔力を吸収し、その属性にちなんだ変化を得る。風属性を吸収した場合、生じる変化は『軽量化』だ。

 そう、”あのゴーレムの身体はマジナイト鉱石の成分が含まれている”んだ。だから本来弱点である風属性の攻撃魔法も吸収して無力化したし、さらに風属性の性質変化で体重が軽くなってスピードが上がった。そう考えると二つの疑問も一気に解消するし辻褄も合う。


(もしそれが本当なら……、”ああなっている”はずなんだ。一応確かめておかないと)


 俺はあることを確認するため、ゴーレムがいた部屋の入り口まで戻る。

 部屋のなかをカンテラで照らしてみる。すると闇のなかに薄っすらと先ほどのゴーレムの姿が浮かび上がった。まるで壁と同化しているかのように動かないでいる。俺はこれ幸いとばかりに、マジナイト鉱脈があった方向へ火属性魔法の呪文を唱えた。


「――フレイムボルト!」


 火球が部屋の中央を轟音とともに駆け抜け、奥の壁にぶつかって爆散した。なにかしらの破壊が目的ではなく、これによって生じる明かりが目当てだ。

 

「! やっぱり……」


 一瞬だが、床の様相がありありと照らされる。確認したかったものはしっかり確認できた。ヤツのアームハンマーで沈んだ穴とウィンドカッターを発動する手前までの足跡、そして動きが速くなった辺りからの足跡とその後のパンチ跡。

 前者はことごとく深いが、後者は明らかに前者より浅い。ウィンドカッターを食らった直後に体重が軽くなった”揺るがぬ証拠”だ。間違いない。アレはマジナイト鉱の性質を持つ特殊なゴーレムなのだ。

 

(あんなの魔物図鑑にも載ってなかったし、エミリィさんから聞いたこともなかった。……でも、現にこうして実在する。ヤツは『レアモンスター』だ!)


 突然変異個体であったり希少種であったり、通常の魔物とは一線を画する存在。それがレアモンスターだ。絶対数が少なく遭遇するのは極めて稀で、その素材は非常に貴重なものとされる。


(なんにせよ。アレを倒さない限りマジナイト鉱石は手に入らない。でもタネが分かりさえすれば、いくらでもやりようはある……!)


 剣撃は効き目が薄く、攻撃魔法も無力化される。まさに魔法戦士にとって天敵のような魔物だ。だが突破口がないわけではない。ヤツの正体に迫るきっかけとなった”魔法瓶”が攻略の鍵になるはずなのだから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る