第14話 マジナイト鉱脈を求めて
ボロ山はギルドが所有している山で、現在は噴火活動が行われてない死火山だ。かつてマジナイト鉱脈があったとされているが、もともとそこまで産出量も多くなく、あっという間に枯渇してしまったらしい。そして人の出入りが減るに従って魔物が増えてしまい、土地としての価値が無くなったと判断した領主はギルドに交渉し、半ば捨てるように叩き売りしたそうだ。ギルドとしても魔物が多く危険な場所でも、冒険者ならばさほど問題無くフリークエストを使って資源回収をできて元も取れるため、快く買い取った。……と、ギルドが雇い入れた送迎馬車の行者から聞いた。
採取クエストのために訪れた冒険者向けの案内板を頼りに山道を進み、やがて洞窟の入り口へと差し掛かる。早速支給品である火打ち石を取り出してカンテラに着火し、闇を払ってみせた。
「……おっ、けっこういっぱいあるんだな」
入口付近にも関わらず多くの鉱脈が壁や天井に露呈している。といっても殆どが鉄鉱石の鉱脈で、十個に一個の割合でミスリル鉱石が混ざっているぐらいだ。鉄鉱石は鋼鉄の鎧や剣や装備品の材料になる汎用素材だが、そもそもボロ山の採取クエストを受けられるレベルに到達した冒険者にとって、鋼鉄製武具は既に無用の長物となっていることが多く、また買取価格も低い。これだけ多く残っているのは、より希少な鉱石を優先するために放置されたのが主な理由だろう。
「マジナイト鉱石は……無いか……」
道なりに進みつつ隈なく探し回るものの、虹色の反射光を放つ透明な鉱石は一向に見受けられない。簡単に見つかるとは思うまいが、道のりは険しそうだ。
◆
(だいぶ深いところまで来たな)
かれこれ数時間ほど洞窟を探索しているが、一向に目ぼしい成果は挙げられない。一応クエストのノルマ分のミスリル鉱石は集まっている。今日のところは一旦撤収し、日を改めるべきだろう。その前にもう少しボロ山洞窟のマッピングを進めようと思ったそのときだ。
(……ん? なんだこの音)
何か壁の方からガチガチと擦れるような音が小刻みに聞こえる。俺は音のする方へカンテラを向けた。
「――魔物!?」
明かりに照らされて顕となったのは、四本の脚が生えた岩の塊が壁に引っ着いている奇妙な光景だった。
火山の洞窟内に生息する魔物『ラヴァ・スパイダー』だ。鉤爪の付いた四本足で床や壁を這い回り、鉱脈を摂食する変わった生態の魔物である。体内にはマグマのような体液が巡っており、縄張りに近づく外敵にはその熱く滾るような体液を浴びせて攻撃する。一見昆虫系の魔物に見えるが、一応分類としては『ゴーレム』の仲間らしい。
「うお!?」
ラヴァ・スパイダーには完全に敵と見做されてしまったらしい。害意をもって飛びかかってきたものの、予備動作を見ていたので難なくかわす。
地面に着地したヤツはすかさずこちらへと向き直り、一間置いてから赤々と燃える液体を吐いてきた。
「ひぇっ。あぶね!」
これも上手く躱す。だがこのまま防戦一方というわけにもいかない。ヤツの攻撃をいなしつつ、何が有効打になるかを考える。
ラヴァ・スパイダーの全身は硬い岩石で出来ている。剣では大したダメージにはなりにくい。ならばここは攻撃魔法。となれば……
「――スプリンクル!」
左手を構えて呪文を放つと、バケツの中身をひっくり返したような水を浴びせた。攻撃魔法は攻撃魔法でも、スプリンクルはただ単に水を引っ掛けるだけの超低コストのもので、殺傷威力はまるで無い。だが、それは“相手を選べば”の話だ。
『キュイイイイイッ!』
スプリンクルをまともに食らったラヴァ・スパイダーの体から水蒸気を立ち込める。悲鳴を上げて苦しみ悶えるうち、その場で動けなくなった。
ラヴァ・スパイダーは地属性の魔物であるが、マグマの体液を持つという性質上、水冷却に弱いはずなのだ。
「よっ、と」
ヒートショックによって脆くなったヤツの脚を軽く踏みしめると、事も無げにポキリと折ることができた。これで無力化はできたはずだ。
「……これでいいか。ここらへんの深度になると魔物が出てくることも分かったし、潮時ってやつかな」
無力化したラヴァ・スパイダーを放置し、俺は元来た道を引き返すことにした。少し可愛そうなことをしたかもしれないが、脚は時間が立てば再生するらしいし気にしなくてもいいだろう。そもそもラヴァ・スパイダーから得られる素材は対して旨味が無いので倒すメリットも無い。
しかしながら、相手に合わせて的確な攻撃魔法を選べば、こうも効率よく省エネに対処できてしまうのは感動すら覚える。以前の俺だったら、もっと魔力消費もリスクも大きい戦い方をしていたことだろう。改めてエミリィさんの指摘は正しかったのだと、身に沁みて実感するのであった。
◆
「ねぇカズキ。今日もボロ山に行くの?」
「うん。そうだけど?」
朝食を終えて手早く支度を済ませるなか、アンナは心配そうに俺に尋ねてくる。ボロ山でマジナイト鉱石探しを始めてからはや七日目。未だ見つけることは叶わないが、それでも諦めずに毎日のように採取クエストに通い詰めていた。
「カズキさん、やはりボロ山で見つけるのは不可能ではないでしょうか。私が取り寄せたマジナイト鉱石はまだ手元に残してあります。私からもモルモネさんを説得しますので、もう諦めては……」
「俺はまだ諦めたくはありません。それに全くの徒労というわけでもないんですよ? ミスリル鉱石とか集めまくって結構ゴールド稼げてますしね。いっそこのまま炭鉱夫に転職するのもアリかな? なんて」
冗談めかすように言うと、アンナとエミリィさんは揃って複雑そうな表情を浮かべた。そんな彼女たちに俺は苦笑を返してしまう。
「……ボロ山洞窟のマッピングが殆ど完成するレベルで探索したんですけど、探していない箇所も残ってるといえば残ってるんで。もしかしたらそこに鉱脈があるかもしれない。ギブアップするのはせめてそこまで徹底的にやってからにしたいんです」
「洞窟内の危険はなにも魔物ばかりではないのですよ? 落盤事故もそうですし、地下から湧く瘴気による鉱山病だってあります。カズキさんにもしものことがあれば……」
「お心遣いありがとうございます。――でも、これは勝負なんです。モルモネさんは俺の魔法戦士に捧げられる熱意を試している。つまりはただの根比べなんですよ。さらに言えば、俺はマジナイト鉱石を持ち帰って、モルモネさんをギャフンと言わせたいと思ってる。俺ってどうも、意外と負けず嫌いなところもあるみたいなんで」
俺の決意表明に、アンナはやれやれとばかりに小さな溜息をつく。
「エミリィ。男の子が意地っ張りになっちゃったら、もう誰にも止められないよ。……はいこれ」
そうしてアンナは布に包まれた小さな木箱を俺に手渡してきた。
「これは?」
「サンドイッチだよ。昨日の夕飯の鳥もも肉の照り焼きをレタスと一緒にパンで挟んだだけのものだけどね。お昼にどうぞ」
そういえば彼女。今日は妙に早く起きていたが、まさかこんなものを作っていただなんて思いもしなかった。
「おお……ありがとう!」
「どういたしましてだよ。マジナイト鉱石探し、頑張って!」
アンナはそう言って朗らかに笑う。俺は彼女の笑顔を見て胸の奥が温かくなるような感覚を覚えつつ、家を後にした。
◆
今日も今日とてボロ山洞窟に訪れたわけだが。今回はまだ未踏破の場所を探索すべく、おそらく最深部と思われるところまで来ていた。
ここまで来ると山の溶岩流に近づいているのか、マグマ溜まりもチラホラと見られるようになり、瘴気(火山ガス)の危険も伴う。一応ギルドからの支給品である、瘴気を微量でも感知すると音が鳴る『カナリヤの笛』に気を配りながらの探索となる。
『……ぴぃー!』
首にぶら下げた小ぶりの笛がけたたましい警鐘を鳴らした。俺は直ちに進むのを止めて引き返す。
こんな風に少し進んでは瘴気を感知して戻る、をずっと繰り返している。はっきり言って綱渡りもいいところである。だが、こういう危険地帯こそ前人未到人の場所も見つかるはずだ。
たびたび遭遇するラヴァ・スパイダーを処理しながら探索を進めていると、やがて違和感のある地形へと差し掛かった。
(……? あれ? 地図に無い道があるな)
ギルドから配布されたボロ山の洞窟マップを確認する。今目の前にある通路は地図に描写されていないものだ。思い違いが無いよう何度も見比べてみているが、やはり存在しない。
「もしかしたら……”アタリ”か!?」
俺は浮つく気分を抑えながら、その道を進んでみることにした。
「……これは」
人ふたり分ほどの幅しかない狭い通路を抜けた先には、2階建ての建物ぐらい天井が高い楕円形の空間が広がっていた。
例えマジナイト鉱石でなくとも、ここには特別な”何か”が絶対ある。半ば確信めいたものを抱きながらカンテラの明かりで隈なく壁を探す。
そしてその確信はものの見事に的中した。
「――あった!! マジナイト鉱石だ!!」
そう、あったのだ。その空間の最奥、ガラスのように透き通っていて表面が虹色に反射した鉱脈が。エミリィさんが持ってきた破片とは違い、磨かれたように丸いものが、一個どころか十個近くも同じ場所に密集していた。
「っしゃー!! しかもこんなにたくさん! 今日のところは全部は持っていけないけど……。でも次のとき、またその次のときって繰り返していけば全て回収できるぞ! いやぁ、苦労した甲斐があった!」
この一週間の苦労が報われるどころか、この鉱脈群にあるものをまとめて売れば相当な額になる。鉱脈が枯れたとされていた山で、こんなにも大量に掘り当てて一攫千金、だなんて本当に夢のある話だ。「マジナイト鉱石を入手できる可能性は決してゼロではない」と言っていたモルモネさんの言葉は真実だったのだ。
「さぁーて、さっそく拝借させていただきますか! これを持ち帰ってモルモネさんに報告だ!」
俺は意気揚々とショルダーポーチに携行していた折りたたみ式ツルハシを取り出し、その鉱脈群のうちの一塊に狙いを定め、振り下ろそうとした。……その瞬間だった。
『ォォォオオオオオオ!』
地響きにも似た重々しい雄叫びが辺りに木霊した。
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