第13話 勇往邁進

「よお、エミリィちゃん。ま、ドアを開ける前から来てるのは分かってたけどな」


 一体どんな方法を使っているのか分からないが、モルモネさんはこの店に近づいてくる者の気配が分かるらしい。これも人間に正体を悟られないための工夫の一つなのかもしれない。


「モルモネさんが自分から進んで正体を明かすなんて珍しいですね」

「はは! このボウズの魂の言葉にビビッと来ちまってな! コイツならいいやってなっちまった」


 モルモネさんはそう言って俺の背中をバシッと叩く。どうも彼女に気に入られてしまったようだ。


「エミリィさん。それでエルフの里の異端児っていうのは?」

「エルフというのは本来、厳粛で生真面目で保守的な性格の者が殆ど。なのでモルモネさんのような、竹を割ったような物言いの職人気質なおじさんのようなエルフは稀なんです」

「あぁん? 誰がおじさんだァ!? アタシはまだ1000年も生きてないさねッ!」


 モルモネさんはプリプリと怒りながらエミリィさんに突っかかる。言われてみれば、この喧嘩っ早いところはいかにも職人気質なおじさんっぽい。……などと口に出すのはやめておこう。


「……性格はさておき。とにかく、モルモネさんの持つ思想は標準的なエルフのものとは大きく乖離しているんです。自然との調和に重きを置き、自分たちの技術力はそのためだけに使うべきだという理念を持つ彼女らに対し、モルモネさんは良くも悪くも根っからの職人気質だった。自然との調和よりも“自らの創作意欲を満たすこと”と“技術の限界への挑戦”を優先したモルモネさんは、欲望の赴くままに武具や魔法アイテムの開発に没頭し、あろうことか秘密裏に人間と交流して技術交換をもしていたのです。ところが、彼女の逸脱した活動はやがてエルフの里を統括する『エルフの女王』の耳に入ってしまった。当然ながら彼女はモルモネさんの行動を看過することができず、女王の権限を持ってしてモルモネさんの創作活動を未来永劫禁じたのです」


 エミリィさんが説明を終えると、モルモネさんは苛立った様子で舌打ちをした。


「大地の調停者たるエルフとしての自覚を持てだの、先祖代々守ってきた一族の掟を破るなだの。古臭いルールを持ち出してアタシの生きがいを奪おうとしたんだよ、あのババァは。まったく、堪ったもんじゃねぇよ。……だから出ていってやったのさ。そもそもあの里の退屈な空気は昔っから肌に合わなかったしな」

「それじゃあリスクを冒して人間界に溶け込んでいるのは、エルフの里よりも人間界で生きることを選んだからなんですね」

「ま、そういうこった。唐変木のエルフどもより、人間のほうがよっぽど話がわかるし面白いからよ。余計なトラブルは御免だから信頼できる人間以外には正体は隠すがね」

「その点、俺のことは信頼してくれてるってことでいいんでしょうか?」

「あたぼうよ! アンタの変わった信念が気に入ってるのもそうだが、エミリィちゃんとアンナちゃんが選んだパーティーメンバーならアタシも安心さね」


 どうもこの人はエミリィさんだけじゃなく、アンナとも知り合いらしい。しかも浅からぬ縁にあるようだ。


「ところで、そろそろ本題に移りませんか?」

「おっとそうだったね。つい話が逸れちまった。わりぃわりぃ」


 エミリィさんが仕切り直すと、モルモネさんは商談用とおぼしきテーブルに俺たちを案内する。エミリィさんはずっと手に持っていた麻袋を重々しい金属音とともにテーブルの上へ置いた。


「材料のマジナイト鉱石です。これと前払いの報酬額で問題ありませんか?」


 モルモネさんはどれどれ? と麻袋の口を開けて中身を確認する。

 中には不揃いな形の鉱石の破片が詰まっている。特筆すべきはその見た目。ガラスのように透き通っていて、表面は七色のグラデーションの複雑な反射光を発しており、あたかも工芸品のようだ。これらはワイバーン討伐クエストの報酬金を使って取り寄せたものである。


「……カネに関しては問題ないよ。だが」


 そう言ってモルモネさんは、マジナイト鉱石の入った袋をエミリィさんの方へ手で押し退けた。


「コイツは要らねぇ」

「……え? どういうことですか?」

「仕事に乗り気が無いわけじゃあない。金額にも文句はねぇ。――だが、材料のマジナイト鉱石はな。ボウズ、“お前がひとりで調達してこい”。それがこの仕事を受ける条件だ。無理なら意地でも作ってやらねぇ」

「お、俺が?」


 モルモネさんの提案に俺はもちろんのこと、エミリィさんも動揺を隠せない。


「ボウズが本気で魔法戦士をやりたいっていうのは、さっきの魂の言葉で十分すぎるほど伝わった。なら次は行動で示せ。エミリィちゃんに用意してもらうんじゃなく、どこからか買い付けるのでもなく、自分ひとりの力でマジナイト鉱石を手に入れることでお前の本気を証明してみせろ」

「モルモネさん。お言葉ですが、天然のマジナイト鉱石の鉱脈がある土地は、その殆どが各地方の領主に抑えられていて、我々一介の冒険者では採掘することは出来ないんです。ですからその提案はあまり現実的では……」


 エミリィさんの言うように、マジナイト鉱石はその需要ゆえに鉱脈が存在する山は、その地方を治める領主が所有し、採掘も領主管轄の採掘隊が行っている。そして領主が許可しない者が無断で採ろうとすれば罪に問われ、最悪の場合は極刑に課されることもあるという。


「無理ってこたぁねぇだろ? 『ボロ山』があるじゃねぇか。あそこはエルスニア・ギルドが管理している山だ。採掘用のクエストだって用意されてんだろ?」

「たしかにそうですが……。しかしあの山でマジナイト鉱石が採れたのは昔の話で、今はもう鉱脈が枯れたはず……」


 言い淀むエミリィさんに俺は無言で頷くと、まっすぐモルモネさんを見据えた。


「――やります。やってみます」

「カズキさん! しかし……」

「いいんです。そうでもしないと納得しないっていうなら、やるだけです。……それに腕利きの職人に俺だけの特注武器を作ってもらうって我儘を通すなら、これぐらいの苦労でもしないと虫が良すぎるってものですよ」


 俺の言葉にモルモネさんは不敵に笑った。


「いいねぇ、ますます気に入ったよ! カズキといったか? マジナイト鉱石をここに持ってくるのを楽しみに待ってるさね!」





「こんにちわ、ユニバさん」

「あら、カズキさん。クエストですか? 今日はあの二人はいらっしゃらないのですね」

「事情がありまして。今回はソロです」


 ワイバーンのクエストの一件で仲良くなった受付嬢のユニバさんは「もしかして痴情のもつれで気まずくなったとかぁ?」とニヤニヤしながら邪推してくる。変な噂が流れるのは御免被るので断固として否定させてもらった。


「――それで、ボロ山の採取クエストをお願いできますか?」

「『フリークエスト』ですね。少々お待ちくださいませ」


 ユニバさんはそう言って受付の棚から冊子を取り出し、ペラペラとページをめくって探す作業に入った。

 通常のクエストの場合、ギルド外部からの依頼を達成して報酬金を貰う、という形になるが。フリークエストは依頼人や報酬金が存在しない、ギルド内で自己完結しているクエストだ。フリーという名の通り、基本的にクエストの掲載期限が設定されておらず、いつでも好きなときに受注することができる。尤も、モンスター討伐の形式はほとんど無く、特定のエリアで制限時間内に資源アイテムの採取や鉱石の採掘を行える『採取クエスト』が主となる。一見して冒険者だけが得をするように思えるが、実際にはフリークエストごとにギルドへの献上品である物資収集ノルマが設定されている。ギルドは自分らが管理するエリア内の資源を冒険者に提供する代わりに、一定のアガリをギルドに納める。というシステムなのである。


「……これで手続き完了、っと。はい! これでクエスト受注の準備が出来ました。採掘道具等の支給品の受け取りも忘れずにお願いします」

「ありがとうございます」


 そうして意気込んでギルドを出ようとすると、「あ、そうそう」と呼び止められた。


「そういえばカズキさんに言っておきたいことがありまして」

「? なんでしょう?」


 ユニバさんは内緒話のジェスチャーしてきたので、カウンターに身を寄せ、そっと耳を近づける。


「……実は先日、Dランク四人のパーティーがワイバーン討伐クエストを受けたのですよ。ところがクエストの内容も結果も散々。幸い全員の命に別状はないものの、誰も彼も満身創痍で現在教会のお世話になってるそうです。もう冒険者も辞めるつもりでいるらしいですよ」


 その四人とは”あのときの彼ら”のことだ。おそらく対抗意識を燃やして挑んだはいいものの無謀なやり方であえなく大失敗してしまった、といったところだろう。いくら自業自得とはいえ彼らの気の毒な末路に憐れみを抱くほかなかった。

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