第12話 風変わりな工房主
「ここらへんか? うーん、それにしても同じアルルの街とは思えないな。こういう一面もあるってことか……」
純マジナイト製の武器を製造することが可能だという職人がいる工房『アトリエ・モモ』に一足先に向かってて欲しいとエミリィさんに言われ、アルルの街の一画『根無し草通り』に訪れていた。
アルルは住んでいる人間も町並みも素朴で清廉な穏やかな街で、治安も安定している印象がある。そんなアルルの一面が光ならば、この根無し草通りは影そのものだろう。
魔物の被害で身寄りを無くしたが協会の保護から取り零されてしまった子供。真っ当な職に就けないような、よからぬ素性の流れ者。といったその名のとおり根を張れない人々が暮らす後ろ暗い場所だ。往来する人々の顔つきは重く、狭くて薄汚い道には得体の知れない物品を売る出店が所狭しと並んでいる。
よりによってこんな怪しい場所に居を構えているだなんて、その職人は相当に変人なのかもしれない。マジナイト鉱を加工できるだけの腕を持っているなら顧客も引く手数多だろうに。あるいはその職人自身、表通りで堂々と商売のできないような事情を抱えているのやもしれないが。
「お、ここか?」
根無し草通りのなかでも、さらに奥まった通路の先に掠れた字で『アトリエ・モモ』と記された古びた木製の看板を見つける。エミリィさんにもらった地図の案内がなければ自力で辿り着くのは難しかっただろう。
俺は今にも崩れ落ちてしまいそうな木のドアノブに手をかける。耳障りな擦り音を立てながら開閉し、おずおずと中へ入った。
外の看板の簡素な印象とは一変し、内装は情報の洪水だった。壁は本棚が殆ど占めていて、魔法に関するタイトルばかり見受けられる。天井からは萎びた薬草やキノコを括り付けた紐がいくつもぶら下がっていて、それらは鼻を突き刺すような独特な匂いを放っている。またどこからかモクモクと奇妙な色の煙が漂っていて、天井の真ん中の外へを繋がってると思しき格子戸へ吸い込まれていった。
「武器工房……っていうよりは魔女の家って感じだな……」
「お客さん鋭いですねぇ! ここには魔女がいるんですよ?」
背後から突然話しかけられ、ビクッと跳ねてしまう。
振り向くと、アンナよりもさらに頭ひとつ背の低い、黒いローブで全身と頭を覆い隠した女の子が立っていた。
「あいや失礼致しました。私はアトリエ・モモで働かせてもらってる小間使いです。モモ様になにか御用でしょうか」
俺が通ってきた場所に音もなく現れた自称小間使いの子に警戒心を抱きつつも、事情を話してみる。
「――でしたらモモ様を呼んできますよ。少々お待ちくださいませ」
小間使いの子はトタトタと奥の突き当りを曲がったところへ走っていく。ほどなくして、向こうから腰の曲がった老婆が杖をつきながらモタモタと歩いてきた。濃い紫色のローブをまとい、皺くちゃの顔に長い鷲鼻。彼女の言う通り、本当に魔女そのものの容姿をしている。果たしてこんな人物が本当に武器を作れるのだろうか……
「あたしがモモだよ。お前さん誰だい? 何の用?」
「俺はカズキ・マキシマって言います。エンチャント剣の依頼主です」
「ああ……アンタが」
工房の主、老婆モモは合点がいったとばかりに顎を撫でる。
「それで本当に作っていただけるのでしょうか? 失礼ですが、なんとなくイメージしていた武器工房と違ったので……」
「エンチャント剣ぐらい作れるよ。……けど、その前に聞いておきたいね。どうしてそれが欲しいんだい?」
「え? どうしてって……」
奇妙なことを聞かれて一瞬当惑するが、判然と答える。
「必要だからですけど……。それが理由じゃだめでしょうか?」
「……だめだね。なんで、どうして必要なのか、具体的に聞かせておくれよ」
「それは……魔法戦士の冒険者として必要だからです。エンチャント武器があればもっと強くなれるからです」
「そんな分かりきったことを聞いてるんじゃあないよ。あたしが知りたいのは”なんで魔法戦士である必要があるのか”ってことさ。エンチャント剣を作れる資金があれば、エンチャント剣なんかよりもっと上質で強力な武器が作れるだろう。その武器で戦士をやればいいだけの話なのに、なんでわざわざエンチャント剣が欲しい? なんで魔法戦士である必要がある?」
「そ、それは……。そもそも俺は魔法戦士が好きで、それで魔法戦士の冒険者やってて。でも魔法戦士って何かと誤解を受けているところがあるというか。だから俺が魔法戦士として活躍して、正しい在り方を人々に知ってもらって、悪い印象を払拭できればいいなと思って……」
俺の言葉にモモさんは不快感を顕にして鼻を鳴らす。
「嘘だね。アンタは嘘をついてる」
「は?」
「今のお前さんの言葉には重みが無いんだよ。”魂から出た言葉じゃあない”。ただの建前だ。虚飾だ。変にカッコつけてて気に障る!」
老婆は理不尽に語調を荒げる。そのとき俺の中でスイッチが入った。
「――ああ、わかったよ。だったら言ってやる」
「おう、言ってみな」
深く息を吸って吐き、彼女のいう『魂から出る言葉』とやらをぶつけることにした。
「なんで魔法戦士かって……? そんなの決まってる! ”魔法戦士がカッコいい”からだッ! だってそうだろ? 武器で戦う戦士でもあり、魔法で戦う魔法使いでもあって、そしてそのどちらであってどちらでもない。どっちでも戦う! それって超カッコいいじゃん! 両方できるってすげぇじゃん! たとえそれが非効率でも、臨機応変に戦えるのってめっちゃ楽しいじゃん! そう、『浪漫』だ! 魔法戦士には何にも代えがたい浪漫があるッ! 浪漫の為なら人生を捧げてもいい! 浪漫の為に死んでもいい! 魔法戦士の浪漫にはそれだけの価値があるんだッ!!」
俺はとにかく、脳内に浮かんだ思いの丈を遮二無二にぶつけた。
「ぜぇ……ぜぇ……。ど、どうです? これで納得してもらえましたか……?」
しかしながら当のモモさんは押し黙ったままだ。やっぱりダメだったか、と諦めかけたそのとき。
「……くくく……あっっはははははは!! いいねぇ! 気に入ったよ! 今のは正真正銘、紛れもなくお前さんの”魂の言葉”さねぇ!」
豪快な笑い声は眼前の老婆から発せられてはいない。背後に立っていた小間使いの少女のものだ。
「……へ?」
「やれやれ”浪漫”だなんて言葉なんか引き合いに出されちまったらよぉ。重い腰も羽みてぇに軽くなるってもんじゃあねぇか。……ほれ、もう奥に戻ってな」
少女が手を払うように指示すると、老婆モモは無言のままモタモタと元いた場所へと戻っていってしまった。
一体全体何が起こっているのかと困惑するなか、小間使いの少女は頭に被っていたローブを脱いだ。
「ソイツは只の泥人形さね。アタシが工房アトリエ・モモの本当の主、『モルモネ』さ。意地悪な問答をしちまって悪かったね。ボウズ」
自らをモルモネと名乗った少女の顔を見て瞠目する。西洋人形のような端麗な顔つき、店内にわずかに差し込む陽光をサラサラと反射するプラチナブロンドの長髪。そして人のソレとは明らかに異なる長い耳。
「え? ええ!? つまり、その? さっきのお婆さんは偽物で……小間使いの君が本当の店主でモモ……じゃなくてモルモネ?? しかもその耳って!?」
「ああ、そうとも。アタシはエルフなのさ。だからこうして小間使いのフリをしてたってわけよ」
西洋ファンタジーにおいて最も有名な亜人種である『エルフ』。この異世界にも存在するらしいことはエミリィさんの講義のなかで知っていた。長い耳、うら若く美しい乙女の姿、男はいない、数千年単位で長生きする、森に住んでいる。と、ひと通り創作界隈のエルフらしい特徴を網羅している。強いて違うとすれば、こちらでは魔物の一種としてカテゴライズされるらしいこと(そもそも魔物の定義は、呪文を用いない魔法を産まれながらにして本能的に使える生き物全般を示す)、そして武具やアイテムを製造する技術に長けているという『ドワーフ』のような一面も併せ持っているということぐらいだ。
「なるほど。この根無し草通りに住んでいるのは“そういうこと”なんですね」
「おうよ。エルフが人間様んとこに紛れてるのがバレると、ちぃとばかし面倒なんでな。その点ここはお上の目があまり届かないから、素性を隠して商売するのに丁度いいのさ。小間使いのフリと泥人形で『何代にも渡って経営している』って設定で自作自演して保険もかけてるしな!」
ちなみに現在は七代目の設定。と言ってエルフの少女(?)はカラカラと笑った。
彼女の言うように、エルフが人間社会に紛れていることが発覚すると何かと不都合が生じる。理由として、エルフたちが保有するその高い技術力にある。モルモネさんが作った泥人形のように、エルフはあらゆる魔法アイテムを作ることに長けており、特に純粋マジナイト鉱石を加工できるスキルは、人間からしてみれば喉から手が出るほど欲しいものだ。ゆえに、その技術力を目当てにエルフを拉致しようと画策する者たちが後を絶たないという。
そもそもエルフは自然との調和を重んじる自然信仰と、外界との接触を極力避ける閉鎖的なコミュニティの中で生きる厭世的な種族であるからして、本来進んで人間社会に進出するような者は稀らしい。ならばモルモネさんはどうしてこんなリスクを冒してまで単身人間社会に飛び込んできたのだろうか、という疑問が湧いた。
「あの、モルモネさんってどうして人間の街で商売をしているんですか?」
「――それはモルモネさんがエルフの里きっての異端児だからですよ」
背後からの聞き慣れた声に振り向く。片手に大きな麻袋を持って入店してくるエミリィさんの姿があった。
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