第1章 マジナイト鉱石編

第11話 次のフェーズ

 ワイバーン討伐クエストの翌日。十日間のプログラムからの高難易度クエストと続いたので、今日一日は全員お休みということにしていた。すっかり日課となった朝のランニングを終え、これから朝食の時間である。


「ねぇエミリィの『魔法瓶』使っていい? 昨日酒場でお持ち帰りしたローストビーフを温めたいんだけど」

「すみません、アンナ様。今しがた昼食の材料を冷蔵保存するのに使ったばかりなので……」

「そっかぁ。私のも今は冷蔵保存で使ってるんだよねぇ」

「よかったら俺の貸そうか? ちょうど使ってなかったし」

「いいの? ありがとう~」


 俺は自分用の魔法瓶を棚の中から取り出してきてアンナに手渡す。アンナは瓶の蓋を開けて中にローストビーフを入れると、両手で数秒ほど触れてから離した。すると鼠色の瓶が赤い薄光に包まれ、同時に熱を帯びはじめた。

 『魔法瓶』は『マジナイト鉱石』の粉末が混ざった粘土で作られた陶器の容れ物で、魔力を込めることで中に入れた物を温めて保熱したり、冷やして冷蔵したりすることができる、この世界では広く知られた家庭用魔法道具である。

 『マジナイト鉱石』とは、四元素の魔力を吸収し、その属性によってそれぞれ異なる効果を発現・保存する性質を持つ特殊な鉱石だ。火属性の魔力を吸収すれば発熱し、水属性なら冷却し、風属性なら軽くなり、地属性なら重くなる。四元素魔法そのものの会得には多少の訓練が必要となるが、”ただの魔力”として特定の属性で込めるだけならば誰でもできるため、四元素魔法を使えないアンナやエミリィさんでも簡単に扱うことができる。

 マジナイト鉱石によってもたらされた技術恩恵により食料保存方法が確立されているため、我々の世界の中世と違い肉や魚や野菜などの生鮮品が安価で流通している。

 しかしながらマジナイト鉱石そのものは加工が非常に難しく、さらにはマジナイト鉱自体、その利便性と汎用性によって産出量に対して需要過多であるからして非常に高価だ。そのため通常は粉末状にしたものを別の物質に少量練り込んだ低純度マジナイト合成(通称:ロー製)が一般的に使われている。

 魔法瓶も殆どは粘土で出来ている『ロー製』であるため、低温から常温に戻さず加熱してしまうと急激な温度変化による『ヒートショック』によって耐久性が著しく落ちてしまうので、そのような使い方はまず推奨されない。だからアンナは冷蔵保存に使っている魔法瓶を加熱するのを控えたというわけだ。


「エミリィさん。そういえば例のワイバーン討伐のクエスト報酬金ってどうしたんですか?」


 ふと、俺はエミリィさんと一緒に台所に立って朝食の手伝いをしながら気になっていたことを尋ねてみる。たしか報酬金はひとまず彼女が預かっていたとのことだが、未だに分け前の話題が出ていない。

 エミリィさんはキッチンナイフでサラダ用の人参を薄くカットしながら答えた。


「ああ、あれですか。あれはもう全額の使い道が決まっています」

「へ?」


 俺は驚きのあまり手に持っていたトマトを落としそうになった。

 あのクエストの報酬金はクザ兄貴に渡した俺の全財産の五倍以上はあったはず。そんな大金を一体どうやって使い切ってしまうのだろうか。


「カズキさん。私が十日間のプログラムの話を切りだしたとき、最初に言っていたことを覚えていますか?」

「え? ええっと……たしか。『賢く、抜け道、近道』でしたっけ」


  たしか、頭を使って効率よく頑張る。とか話をしたはず。プログラムやワイバーン討伐クエストもその前段階に過ぎない、とも。


「そう言われてみれば……今までやってきたことも、それが目的だったって話でしたよね」

「はい。短期の集中訓練は単純にお二方の基礎能力を向上させる理由もありましたが、わざわざリスクを冒してまで参加条件ギリギリのワイバーン討伐クエストを受けたのは、まとまった大金を最短で用意する為だったんです」

「な、なんと……じゃあ結局一体何のために。“何に使う”んです?」


 今までの苦労の行き着く先が気になるあまり、調理する手が止まる。エミリィさんはふふ、とミステリアスに微笑んだ。


「カズキさん。突然ですが、魔法戦士だけが持つ”唯一無二の個性”って何か分かります?」

「え? 武器と魔法を同時に扱える……とかですか?」

「半分以上正解です。魔法戦士には“武器と魔法を同時に扱えるからこそ持ちうる明確な強み”があります。それは……」

「それは……」


 生唾を呑んで彼女の言葉の先を待つ。


「――『エンチャント』です」

「エンチャント……? エンチャントって、武器に属性魔力を付与するっていう。あの?」


 エンチャント。魔法の力を持たない武器に一時的に魔法効果を与える魔法の一種だ。たとえば剣に火属性魔法による炎をまとったり、ナックルに風属性由来の電撃を帯びたりなど。ゲームによっては魔法戦士の貴重な差別化点となりうるものだ。

 しかしながら俺が調べた限り、通常は武器に属性魔法をエンチャントさせるのは不可能とのことだったが……


「一般的に使われている鉄製・ミスリル製の武器では、エンチャントしようとしても魔力がうまく固着せず、すぐ大気に魔力が霧散してしまうため『属性攻撃』に転用することはできません。……ですが、”純マジナイト製の武器”ならばエンチャントが可能になるのですよ。これこそカズキさんが”一流の魔法戦士”になるための『賢く、抜け道、近道』……その答えです」


 ようやく話が見えてきた。魔法戦士の最大の持ち味のひとつであるエンチャント戦術を俺が使えるようにするため、純マジナイト製の武器を用意する。それらに必要な資金の調達こそが、エミリィさんの考える魔法戦士強化の最短ルートということなのだろう。


「でも純粋なマジナイト鉱石の加工って難しすぎて無理だって聞いたのですが……、そんな職人のアテなんてあるんですか?」

「それに関しては心配無用。魔法戦士として強くなるのに必要だと言った要素は『万能の天才になる』、『努力でなんとかする』、『賢く頑張る』でしたが。これらに加え、あともうひとつあります」

「と、いいますと?」

「それは『運』です。この点に関してはあなたは非常に恵まれている。なぜならマジナイト鉱石を加工できる技術を持った最高の職人がこのアルルの街にいて、さらに私はその人物と顔見知りなのですからね」

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