第10話 器用万能ラプソディー
「あなたたちのクエスト達成報告を聞いた瞬間。驚きのあまり、すっ転んじゃいました。まさか本当に、たった三人のDランク冒険者だけでワイバーンを討伐するなんて……。しかも全員五体満足じゃないですか」
無事エルスニア・ギルドへ凱旋を果たした俺たちを、帰りを待っていた受付嬢やクザさんが酒場で出迎えてくれた。
「まったくすげぇじゃねぇか! へへっ、俺もカズキのワガママを聞いてやった甲斐があるってもんだな」
「ええ、本当にありがとうございました。クザさん。貫徹槍剣撃、役に立ちました」
実際あの技があったからこそ、限られた時間の中で逆鱗を貫くことができたかもしれないのだ。俺は精一杯の感謝を込めて頭を下げる。クザさんは「よくやった!」と差し向けられた頭をワシャワシャと荒々しく撫でてくる。少々小っ恥ずかしいが、この異世界に転生して冒険者としての人生を歩んでからというものの、ここまで暖かく人に認められたのが初めてだったので、正直心の底から嬉しかった。
「でも、俺がしたことなんてせいぜい攻撃魔法を撃って、剣技をぶっ放したぐらいですから大したことないですよ。この作戦を考えたエミリィさんがすごいんです。そして何より、今回はアンナが一番頑張ったと思います」
「ええ、そうですね。一番大変な役割を任せてしまったにも関わらず、アンナ様は修行の成果を完璧に発揮し、理想的な結果を残した。……本当によくできましたね」
「へへ……、ありがとう~! ふたりとも~!」
俺とエミリィさんに褒めちぎられ、アンナはフニャフニャに照れ笑いする。
アンナは一見ぼんやりした女の子に見えるが。あれだけ痛々しい目に逢い、かつ続ければ同じ思いをすることがわかっていながらも躊躇いなく追撃ができたあの“不屈の精神力”は本当に凄いと思うし尊敬に値する。
エミリィさんは彼女のそういった計り知れない底力があるところにも惚れ込んでいるのかもしれない。
「でもよぉ。俺としちゃあ、やっぱエミリィさんが一番スゲェと思うぜ? 何気に闇属性魔法使えるしな」
「いえ。私はただ道筋(プロット)を立てて、ほんの少し力添えしただけに過ぎません。カズキさんとアンナ様、両名が居なければ私は無力でした」
「またまたぁ、そんな謙遜することたぁねぇですよ? エミリィさんは凄い人っす! もっと自信持ってもいいと思うんだ俺ァ」
ゴマをするクザさんに対し、エミリィさんは「ありがとうございます。クザさんは優しいですね」と微笑む。クザさんはエミリィさんの柔和な態度にすっかりデレデレになってしまい、そんな彼を受付嬢は呆れた目つきで見ているのであった。
そんなふうに五人で歓談していると、なにやら周囲に人が集まってきた。
「おう、聞いたぞ。お前らだけでワイバーン倒したんだってな!」
「三人ともまだDランクなんだよね?」
「てかよく見たら、ゲロ夫婦と走る黒ドレス美女じゃん……やたら濃いパーティーだなぁ」
『三人のDランク冒険者がワイバーンを討伐した』という話を聞きつけたらしい同僚たちが矢継ぎ早にやってくる。俺たち三人はすっかり彼らの対応で忙しなくなってしまった。とはいえ、転校初日に興味津々なクラスメイトたちに囲まれる転校生のような、このいっときだけ自分が特別になれたみたい気分を味わえるのは悪い気はしない。
――ところが、この集団の中には好ましくない顔ぶれも混じっていた。
「へぇ、普通にバカにしてたけどさ。魔法戦士って意外と強いんだ」
「あ……」
忘れもしない。冒険者になって初めてパーティーを組もうとしたとき、苦々しい顔を浮かべた者、嘲笑をした者、呆れた者、そして彼らの代表格で『パーティー外れてもらっていい?』と口火を切った者の姿があった。
(カズキの知り合い?)
アンナにヒソヒソ声で尋ねられる。
(前話したことあったかな。俺が最初にパーティーを組もうとして断られた人たちだよ)
(この人たちが……)
それを聞いたアンナは怪訝そうに四人組を見る。彼女は過去幾度となく彼らのような無礼な輩に辛酸を舐めさせられてきたのだ。警戒するのも当然である。
一方、代表格の彼はそんなこと意に介さず、ヘラヘラと話しはじめた。
「あのときは悪かったよ。てっきり低ランクの魔法戦士の冒険者ってみんな地雷だって思ってたっつーかさ。えーと、カズキくん? だっけ? もしよかったらさ、俺たちとパーティー組んでよ。そんで高難易度クエスト手伝ってくんない?」
「!」
虫のいい話をしている彼にアンナは珍しく怒りを顕にする。彼を無言で睨みつけながら立ち上がった彼女を手で制し、代わりに四人の前に立った。
「お誘いありがとう。――でも、ごめん。お断りさせてもらうよ」
俺はそう言って清々しく笑ってみせる。
志を同じとするアンナとそんな彼女の夢を支えるエミリィさん。彼女らの出逢いとともに結成したパーティー。活動した日数はまだ浅くとも、今の俺にとって“かけがえのない仲間”なのは確かだ。
そんな二人と彼ら、どちらを選ぶかなんて考えるまでもない。
「……チッ、あっそう。じゃあいいわ」
「てか別にあいつは要らないっしょ。他の二人が強いだけかもしれないし? ぶっちゃけクエストでも置物だったんじゃね?」
一人がそう言うと、四人揃ってゲラゲラと笑いはじめた。
彼らの厚顔無恥さには腹が立つが、希少属性を扱える替えの効かない二人に対し、俺の活躍は凡百たるものだったのもまた事実なので、うまく言い返せず忸怩たる思いをする。
すると、事の顛末を静観していたエミリィさんが口を開いた。
「『酸っぱい葡萄』……ですか。みっともないですね」
「……あ? なんだ急に。ブドウがすっぱいのがどうしたよ」
「“負け惜しみ”って意味ですよ。これで一つ賢くなれましたね」
「んだとぉ!?」
不遜な彼らの物言いに対抗するように、エミリィさんは淡々と煽る。それに対して彼らは声を荒げるが、エミリィさんは一切怯まない。
「だいたい三人でワイバーンを討伐したからってなに? 同じ結果が出せるなら三人だろうが六人だろうが関係ないじゃん。むしろ少人数で挑むなんてリスクが高いだけ。ただギャンブルで勝っただけでエラソーにすんなよ」
屁理屈を並べる者に対し反応したのは、意外にも蚊帳の外かと思われていた受付嬢だった。
「たしかに。魔物の討伐クエストは安全性を考慮し、できる限り多人数でローリスクに挑むのがセオリーです。少人数で身の丈に合わない難易度のクエストを受けるなど言語道断」
「だろ!? 受付嬢さんの言う通りだよなぁ!」
思わぬ援護射撃に調子づく代表格。だが……
「とはいえ、私は今は休憩中の身。業務時間外なのでここはあくまで“プライベートな感想”を述べさせて頂きます。――つーかさァ。確かな成果を出した少数精鋭と口だけ達者の烏合の衆。どっちがカッコよくてどっちがダセーかなんて誰でも分かるっしょ」
受付嬢のまさかの辛辣な一撃に四人はぎょっとしながら言葉に詰まる。そこへクザさんがさらなる追い打ちをかけた。
「あーあ、言われちったなあ? ま、ドンマイ」
そう言ってクザさんは代表格の肩をポンポンと叩く。エルスニア・ギルド内で人望の厚い彼の言葉が決め手となり、すっかり四人のアウェイとなってしまった。
四人は居た堪れなくなり、逃げだすようにいそいそと酒場から出ていってしまう。一連のやり取りには周囲も胸がすく思いだったのか、大きな笑いが巻き起こった。
「そうだそうだ! みんな笑え笑え! せっかくの大型ルーキー御一行様誕生の瞬間なんだからよ! ここは楽しくめでたくいこうぜ!!」
クザさんが大いに場を沸かせ、緊迫していた空気が一転して綻んだ。そういうふうに巧いこと場の流れを良い方向に持っていくのは流石だと言わざるを得ない。茶々を入れられて冷えていた気分が、皆の歓声のおかげで温まったような気がした。
「ユニバさん! 休憩中のところすみません。たった今ギルドマスターから……」
「え? ギルドマスターから?」
受付嬢が名前を呼ばれ、受付口に小走りで向かう。
『ギルドマスター』は読んで字の如く、冒険者ギルドの支部を統括する責任者だ。普段はエルスニア・ギルドのどこかにある執務室に詰めて仕事をしており、その姿は従業員ですら見たことがないという。
唐突に大物の名が出てきたことで俺を含め、アンナ、エミリィさん、クザさん、そして他の同僚たちも受付嬢たちの様子を固唾を呑んで見守った。
「……これは」
受付嬢が驚いた顔で俺たちの席に戻ってくる。その手には一枚の紙きれがあった。
「おうおう、なんだったんだよ?」
クザさんが急かすように問う。
「ギルドマスターより、カズキさん、アンナさん、エミリィさん。三名にお達しがあります。読み上げます」
名前を呼ばれ、身が引き締まる。
「……君たちのクエスト、使い魔で見させてもらったよ。本当は別の子が担当だったんだけど、ちょっと面白そうだったから譲ってもらっちゃった。で、実際に見てみたら予想以上に面白くて関心しちゃったよ。魔法戦士とモンク、それぞれのクラスが秘める”汎用性”というポテンシャルを存分に発揮し、さらにそれらを効率的に運用した的確な作戦によって”最小の戦力で最大限の結果を残した”君たちの活躍を評価し、特例として三人の冒険者ランクをDからCへ昇格することにしました。今後の活躍も期待してるよ。――だそうです」
それを聞いた俺とアンナは信じられないとばかりに互いを見て、目をパチクリさせる。さすがのエミリィさんもこれには「ほう」と驚嘆を隠せないでいた。
「うおおお! すげぇじゃねえか! 昇格クエスト以外で冒険者ランクが上がるのもそうだが、まさかのギルドマスター直々の要請だ! こんなこと滅多にあるもんじゃねぇぞ!?」
興奮を隠せない様子のクザさん。周囲のボルテージもここぞとばかりに最高潮になり、飛ぶように酒場の注文が入る。
殺到する注文への応対に、”てんやわんや”し始めた酒場担当のギルドスタッフを助けにいった受付嬢は「あーあ、おかげで休憩してる場合じゃなくなっちゃったわぁ」とボヤきながらも、まるで自分のことのように嬉しそうにしていた。
俺とアンナは喜びに打ち震えながらハイタッチする。
「やったあ!! やったよぉ! 私たちCランクだよ!!」
「ああ……ああ!!」
「ねぇねぇ! カズキ! 私……いや私たちの夢に、これでまた一歩近づけたよね!」
魔法戦士の冒険者として名を挙げることで、魔法戦士の素晴らしさを証明する。Sランク冒険者のモンクになって、たくさんの困っている人たちを助ける。そして器用貧乏職で活躍し、器用貧乏ではなく器用万能を目指す。今、それぞれの夢への大きな一歩を踏みしめた。
「エミリィさん! ありがとうございます。あなたのおかげで俺、変わることができました」
「うんうん! なにもかもエミリィのおかげだよ!」
「いえ、私はお二方に道を示したに過ぎません。その道をお二方は自分の足で歩いた。ただそれだけのことです」
エミリィさんは温かい眼差しで俺とアンナを見つめる。そんな彼女にクザさんは「昇格祝いに奢っちゃいますよ! なんでも頼んじゃって良いっすよ!」と浮かれた調子で誘う。エミリィさんは「では遠慮なく……」と言うと、ふたりで相席に座っていった。
「カズキ! アレ、やっとこうよ!」
「アレかぁ!」
俺とアンナは注文したジョッキビールを手に掲げあう。
「「器用万能サイコー! 器用万能バンザーイ!!」」
そうして祝杯を頂き、輝かしい未来の到来への予感を分かちあう。それから二人の”器用万能コール”が、希望と活気に満ちた酒場に響き渡ったのであった。
――なお、このあと調子に乗って呑みすぎた結果。ゲロ夫婦事件の再来が巻き起こるのは、また別の話……
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