第7話 頼れるアニキ

「あ、いたいた。クザさん!」


 昼食後にエルスニア・ギルド酒場に赴いた俺だったが、そこでお目当ての人物の姿を見つけることができた。


「ん? おう。カズキか」


 俺の呼びかけに振り向いたのは、重厚な甲冑に身を包んだ三十半ばほどの男性。名前は『クザ・トリガー』。170台の自分より一回り高い身長、ほどほどに長い髪をポニーテールでまとめた群青色の髪、男の自分でも思わず見惚れてしまいそうな彫りが深い顔立ちの美丈夫。その佇まいや大人の余裕を感じさせるフランクな喋り方には、ギルド所属冒険者のトップ層である”Aランク冒険者”に相応しい風格がにじみ出ている。

 何を隠そう、この人こそ俺の剣の師匠だ。彼のようなAランク冒険者は時おりギルドの運営に関わる仕事を頼まれることがある。クザさんは戦士クラスとしての優秀さを買われて戦闘技能試験の試験官をしており、俺が試験に臨んだときの担当だったのだ。

 その縁で目をかけてもらった俺は、活動初期の短い間だったがクザさんに剣の稽古をしてもらっていたことがあった。


「お久しぶりです。今時間いいですか?」

「ああ、構わねぇよ。つか、カズキ。お前あのアンナって新入りの女の子とパーティー組んだって本当か?」

「ええ、まぁ」

「やっぱそうなのか。スライムモドキ討伐クエストを一緒に受けたって聞いたからよ。あー、それと知ってるか? お前ら酒場で『ゲロ夫婦』って呼ばれてるぜ?」

「げっ……マジっすか」


 アンナと初めて会ったときに二人で酒場という酒場を渡り歩きながらあちこちでゲロりまくった例の事件。あのあとちゃんと迷惑をかけた店のひとつひとつに謝りにいったのだが、まさかそんな恥ずかしいことになっていたなんて……

 

「そ、それは置いといてですね! 今日は折り入って頼みがあるんス!」

「ハハ! わりぃわりぃ。いいぜ? とりあえず言ってみな」


 豪胆にからかい笑いしつつも、クザさんは自分のようなDランクの端くれの言葉にもしっかり耳を傾けてくれる。ギルドから戦闘技能試験官を任されるほどの実力者でありながらも、そういうのを鼻にかけることはなく気っ風のいい兄貴肌の持ち主だ。同僚たちからの人望が厚いのも頷ける。


「それでですね。今日から十日間、だいたい13時から18時ぐらいまで俺の剣技の修業に付き合って欲しいんです。そのぶんの報酬は出します。一括前払いで」


 そう言って俺は、この世界のお金である『ゴールド』の硬貨がたっぷり詰まった麻袋を彼の目の前にある机に出した。ジャラッ、と金属同士が擦れあう豪奢な音とともに置かれたそれは、俺の貯金の殆どを費やした重みがある。

 エミリィさんのプログラムの完成度は高い。しっかり従えば魔法に関しては成長は臨めるだろう。だが剣技に関してはノータッチで、この自由時間を使わなければ修練の機会が得られない。魔法戦士を目指すと決めた以上、魔法だけでなく剣技も疎かにしてはいけないはず。そう考え、この決断に踏みきった。


「……これで俺の十日間を買う。と?」


 クザさんはいつもの軽い調子ではなく、真剣な顔つきで言う。


「ええ。そのつもりです」

「断る」

「どうしてですか? もしかして額が足りないとか……」

「そういうことじゃあないんだ。カズキ、お前にどういう心境の変化があってこういうこと頼んでるのかは知らねぇが。俺はもともと誰かに教えるようなのは性に合ってねぇんだ。戦闘技能の試験官だって、上からやってくれやってくれとクドクド言われて仕方なくやってるに過ぎねぇ。以前お前さんにも少し剣を教えたが、あれもただの気まぐれの暇つぶしだった。それに嫌なことを無理矢理やっても俺はきっと雑な仕事をしちまう、それだとカズキも困るだろ? そいつは受け取れねぇ。懐に戻しな」


 クザさんの明け透けな物言いに、俺は何も言えなくなってしまう。

 それに彼の言う通り、乗り気のない仕事を無理にさせるのは本意ではないし、お互いにとってマイナスの結果しか産まないだろう。


「……わかりました。無理言ってすみませんでした」

「いいってことよ。このタイミングで言うのもなんだが、またなんかあったら遠慮なく言えよ?」

「はい。ありがとうございます」


 俺はクザさんに一礼し、その場をあとにしようとすると、ちょうど酒場に顔を出していたエミリィさんが話しかけてきた。


「どうでした?」

「だめでした。報酬が足りないとかじゃなくて、どうも本人の気持ちの問題みたいで」

「そうですか。ここでクザさんに頼めればよかったのでしょうが……」

「仕方ありません。他を当たるか、最悪自己流でやっていくしかないですね」

「まぁ、やれることはやってみましょう。私はこれからアンナ様の修練について説明してくるので、また今夜」


 また今夜よろしくおねがいします。と返し、酒場の出入り口から外へ歩いていったエミリィさんを見送った。

 とにかく手当り次第でもいいから師匠を探してみるか、などと耽りながら踵を返すと、クザさんが何故かギラギラした目つきで詰め寄ってきていた。


「おいおいおい、ちょっとちょっと、いいか? カズキ」

「え、ちょ、え? なんです?」

「今の綺麗な姉ちゃん。誰だ」

「エミリィさんのことですか? 一応同じパーティーメンバーですけど……」


 クザさんは「エミリィさん……かぁ」と惚けながら彼女の名前を呟いた。


「なぁ、さっきの話。受けてやってもいいぜ」

「え!? ホントっすか!?」

「ああ、ホントホント! そのかわり条件がある」


 「条件?」とオウム返しするも、さっきからの彼の様子から、なんとなく察しがついてしまう。


「エミリィさんを俺に紹介してくれ」


 やっぱりというか、どうも“そういうこと”らしい。


「話すのは早くても今日の夜になると思いますが、いいですよ。事後承諾になってしまいますけど、きっと彼女も了承してくれるでしょう。……多分」

「うひょーーー! マジか! しっかり頼むぜカズキぃ!」


 そう言ってクザさんは俺の肩をバンバンと叩く。さすがAランクの戦士だけあって、骨がビリビリと痺れるほどの力だ。


「それじゃあ交渉成立ということで、これ渡しますね。早速ですが今からいいですか?」

「いいぜ。ああ、あと金は要らねえよ。別嬪さん紹介してくれたんだから報酬はそれで充分だ」

「……いえ、これは意地でも受け取ってもらいます」

「おいおい、あまり人の好意を無碍にするもんじゃないぜ。それに結構あるだろ? 駆け出し冒険者の全財産ってぐらいに」

「ほぼ全財産ですね。……今の俺にはそれだけの覚悟があるってことです。それに交換条件があるとはいえ、さすがに無報酬ではクザさんのやる気が落ちちゃうかもしれないですし……ね?」


 俺は冷や汗を垂らしながらクザさんを挑発するように言う。彼は一瞬目を見開くが、すぐさま口角を尖らせ不敵な笑みを浮かべた。


「――ハッ! 言ってくれるじゃあねぇか。いいぜ、本気出してやるよ。だからお前も厳しすぎる、ってあとから泣き喚くんじゃねぇぞ?」

「臨むところです!」


 こうして俺とクザさんの剣技の修練が始まったのである。

 俺の捨て身の駆け引きが功を奏したのか、クザさんはこの十日間かなり真剣に取り組んでくれた。尤も、俺をしっかり鍛えられればエミリィさんからの好感度も上がるだろうという下心もあったみたいだが、むしろそういう分かりやすい動機があった方が自分としても後腐れがなくてよかった。

 クザさんは色んな事を俺に教えてくれたが、なかでも『握力』の話が印象的だった。いわく――


「いいか? 剣を振るう上で最も大事なのは”握力”だ。筋力的な意味でもそうだが、それ以上に大切なのは『心の握力』だ。つまりは何がなんでも剣を手放さんとする精神力。敵の攻撃を受けたとき、痛みで思わず手の力が緩んじまうかもしれない。だがそこでグッと堪えろ。剣士にとって剣は命綱も同然だ。万が一にも土壇場でそれを手放しちまえば、お前を守るものは何も無くなっちまう。まぁカズキの場合は攻撃魔法という手段も残っているが、魔法だって万能じゃねぇんだ。1秒の隙が致命打になりうる接近戦闘の世界では、魔法を発動する集中力を作る暇なんて無い。結局のところ、いざというときに頼れるのは”コイツ”なのさ」


 と、クザさんは太い腕で左胸を叩きながらユーモラスに語っていた。

 こんな風に俺は立ち回りのコツだったり、魔力を使って放つ必殺の剣技だったり、人生の教訓だったり、とにかく多くを教わった。

 余談だが。この十日の間にクザさんはエミリィさんと何度も一緒に食事しているらしい。それで会うたびモーレツにアタックを仕掛けているようなのだが、エミリィさんは鉄の女っぷりを遺憾なく発揮し、のらりくらりと躱しまくって全く手応えが無いらしく「あの人をオトすのは魔王を討伐するより難しいかもしれねぇ……」と彼にしては珍しく弱音を吐いていた。

 エミリィさんはエミリィさんで、「クザさんですか? いい人ですよね。よき友人になれそうです」と、彼には申し訳ないが全く脈が無いようだった。そもそもエミリィさんはとにかくアンナ様第一って感じなので、クザさんの純情が報われることは今後ないかもしれない。

 ただそれでもクザさん的には「無理な状況ほど、無茶な相手に挑むほど。燃えるものはねぇぜ」と、かえってエミリィさん攻略のモチベーションが高まっているらしい。その反骨精神はさすが歴戦の凄腕冒険者といったところだ。

 俺としてもクザさんの想いが成就して欲しいと願っているので、今後も陰ながら応援することを誓うのであった。

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