第6話 修行パート
「……また、属性にはそれぞれ性質があります。四元素のうち火は昇華、水は液体、地は個体、風は気体。また光は拡散、闇は収縮の性質を持っています。属性ごとの性質は今日我々が取り扱う魔法の形態と密接に関わっているため、これらの理解を深めることは魔法を行使する上で最も重要な想像(イマジン)の大きな一助となりうるでしょう」
朝食後の一時間、俺とアンナは同じ卓を囲んでエミリィさんから魔法についての講義を受けていた。エミリィさんから渡された『現代魔法学』とにらめっこしながら、傍らのメモ用紙(この世界では現代と遜色ない製紙技術がある)に覚書を留めていく。
こうして魔法の勉強をしているのには訳がある。話は遡って昨日の夜、スライムモドキフルコースを堪能している最中のこと。
*
「――さて、カズキさんには『一流のモンク』を目指すアンナ様のパーティーメンバーに相応しい『一流の魔法戦士』になってもらいたいと私は思っております。では『どうすれば一流の魔法戦士なれるか?』という話ですが。“万能の天才になる”、あるいは“努力でなんとかする”、必然そのどちらかになります。まずカズキさんは万能の天才ではありません。そしてなれません。……ので、必然的に『努力でなんとかする』ことになります。が、闇雲に努力するのも得策ではありません。要は効率よく頑張ればいいんです。ただ我武者羅に頑張るのは損です。『賢く、抜け道、近道』。です」
「賢く、抜け道、近道……」
人間なにかしら大きな事を成すためには努力が必要不可欠だが、その努力にもクオリティというものがある。例えば絵が上手くなるためには描く練習をするプロセスが前提にあるが、ただ描くだけでなく並行して構図について勉強したり、背景を模写したり、便利なツールに頼ったり。やり方次第ではなんとなく描き続けるよりも効率よく上達する。ということだろう。
「そのコンセプトを成就するための前段階として、カズキさんには私の考えたプログラムに従って行動してもらいます。ちなみにアンナ様もやってもらいます」
「私も?」
「はい。カズキさんは基本を固めるため。アンナ様は応用面にひとつ課題があるのでそこを重点的に鍛えるためにです」
エミリィさんから配られたプログラム表にはこのように書かれていた。
1、朝5時(この世界にも時刻の概念と時計の発明がある)起床後、7時の朝食まで心肺機能強化のためのランニング。
2、朝食後、10時まで座学。
3、正午12時の昼食までエルスニア・ギルドが提供する演習場で座学の内容の反駁を兼ねた魔法訓練。
4、昼食後から18時の夕食まで自由時間。
5、夕食後、21時まで座学。
6、就寝時間まで当日の復習と翌日の予習。
ちなみに「自由時間」とあるが、無論遊ぶためのものではない。魔法訓練の補習に使ったり、トレーニングしたり、実践試用のためにクエストを受けるなど融通を利かすための時間になる予定らしい。
「このプログラムをこなす上で、『水、土、風の初級攻撃魔法および火の中級攻撃魔法の習得』がノルマとなります。万能の天才ではないと言いましたが、カズキさんは魔法の筋がいい方だと思うので、十日間ほどの期間があれば充分達成できるでしょう。その間の生活費の工面はちゃんと考えてあるので、そこは気にしないでください」
「うーん、フレイムボルトの習得もそれなりに苦労したんだけど。大丈夫かな」
「そこはカズキさんのやる気次第でしょう」
「……そうですね。それにエミリィさんにここまでしてもらったんだ。むしろ出来ないと失礼だな」
事細かなスケジュールを用意してもらっただけでなく、当面の生活の面倒まで見てくれるのだ。これほど徹底的に支援してくれるエミリィさんの苦労に報いるために、そして何より魔法戦士としてレベルアップするために、ノルマは必ずやり遂げるしかない。むしろノルマ以上の成果を出して驚かせてやるぐらいの気概で挑もうじゃないか。俺はプログラム表を見つめながら静かに闘志を燃やしていた。
「そうそう、アンナ様の自由時間の枠はやることが決まっています。それは追ってお話いたしますので」
「そうなの? わかった」
――というわけで。エミリィさん指導のもと各々のスキルアップのための十日間の修練が始まったのであった。
プログラムに取り組んだこの十日間、実にいろいろな出来事があった。
まず早朝のランニング。運動用の走りやすい格好よりクエスト用の防具を着た方が実践を意識した良い慣らしになるという理由で、俺とアンナは汎用防具と武器を装備して走ることになった。正直この早朝ランニングがこのプログラムで一番キツかったかもしれない。いくら軽い皮鎧といえど、空気抵抗を考慮していない服装、そして明らかに長時間走るのに向いていない重量を抱えたまま2時間近く走り続けなければならないのである。
しかしながら、一日目は辛くも走り切り息も絶え絶えだったのが、三日目、五日目と続けていくうちに身体が慣れていき、最終日には並走しながら会話する余裕すら生まれていた。このトレーニングのおかげで基礎体力は相当に向上したと思う。
ちなみにエミリィさんも一緒に参加していたのだが、なんと彼女は走るときもいつものドレス姿。しかもランニングコースはアルルの街中だ。そのあまりのシュールさに、早朝から市場の下準備をしている卸売組合員のおっちゃんやらおばちゃんやらの好機の目を集めていた。初日のときは何事にも動じないエミリィさんがポーカーフェイスで走る一方、アンナと二人で少し気恥ずかしい思いをしていたものだ。
ところが、『早朝、黒いドレスの美女が涼し気な顔で走っている』と卸売組合のなかで噂になり、黒いドレスの美女見たさで俺たちのランニングを物見遊山する人が日に日に増えていった。最初は笑われたりもしていたが、徐々に「今日も精が出るね!」とか「相変わらず頑張ってるじゃねぇか!」とか肯定的な声が多くなっていった。しかも、ランニング終わりに彼らに話しかけられるようにもなり、その縁で卸売組合の人たちと交流を深めていく過程で市場の新鮮な食材を分けてもらったり、格安の武具のメンテナンス用品を扱ってる穴場的な雑貨店を教えてもらったり、有名な酒場の秘密のまかない料理のレシピを伝授してくれたりと。予想外に大きな収穫となったので今後もこのルーティンは続けていくつもりらしい。
肝心の魔法の習得だが、これもなかなかにいい成果を挙げられたといえる。
まずなんと言っても勉強のやり方がよかった。朝と夜の就寝時間の前後に座学の時間が設けられているスケジュールなのがポイントで、寝る前にその日の座学の内容の復習と翌日の予習を済ませたのち、就寝によって記憶の整理とリフレッシュをする。そして次の日の朝、脳がリフレッシュされた状態でのランニングで頭に存分に血を通わせ、脳が最高のパフォーマンスになったところで前日のおさらいと新しい内容を進めるのだ。しかも彼女の講義は、異世界出身で魔法分野にとんと馴染みのない自分にも分かりやすく、それでいて好奇心をそそるような深堀りした内容になっている。大学受験のときにエミリィさんのような人が家庭講師に欲しかったと惜しむばかりだ。
当然、魔法の理解が進めば、そのぶん魔法訓練の方も捗るわけで、なんと二日目にはもう地属性の攻撃魔法『マテリアルブラスト』の習得に成功した。さらにそこからトントン拍子にノルマの達成が進み、最終的には地水火風の初級攻撃魔法を網羅した。そして、怒涛の火炎放射を敵に浴びせる継続火力に優れた火の中級攻撃魔法『フレイムストーム』を習得。さらに壁や地面に魔法陣を刻み、敵がそこへ接触すると発動する罠タイプの攻撃魔法である水属性の『ウォータートラップ』と地属性の『アーストラップ』まで習得することができた。
この結果にはエミリィさんは――
「言ったでしょう? カズキさんのやる気次第……だと」
と、教え子の成長への喜びを隠しきれない風な様子で語っていた。
……ところで18時までの自由時間の枠だが。アンナはエミリィさんの指定された”ある訓練”にずっと割いていたように、俺も”あること”に専念していた。
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