第4話 指摘

 無事クエストを達成した俺たちは、偶然通りかかったアルル行きの荷馬車に乗賃を払って相乗りさせてもらっていた。狭い荷台のなかで足をコンパクトに畳んで座り、クエスト後の歓談に花を咲かせる。

 

「それにしてもカズキのフレイムボルトの威力。すごかったね!」

「いやいやアンナこそ。あの格闘センスで回復魔法まで使えるなんて強すぎるぜ!」

「そういうカズキこそ、あれだけの魔法を使えながら剣技も巧いじゃーん」

「へへ、剣に関しては師匠の教えがよかったからな」

「お師匠さんがいるんだ。どんな人?」

「ウチのギルドの人だよ。名前はね……」

「――あの、ちょっとよろしいでしょうか。お二人に伝えたいことがあります」


 ふとエミリィさんが神妙な様子で会話に割り込む。俺とアンナは崩していた表情を締めて彼女に向き直った。


「クエストクリアの余韻に水を差すようで申し訳ありませんが、『勝って兜の緒を締めよ』とも言いますしね。これから今日のクエストでのお二人に対する私個人の所感を述べさせていただきます。今後の活動方針に関わる大事な話にも繋がりますので」


 今さらだが、この異世界の人々はみな日本語を喋って読んで書いている。しかも興味深いことに日本や海外の諺がそのまま存在しているものもあって、しばしば使われているのだ。


「まずはアンナ様。格闘の基礎はしっかり出来ていたと思います。使う機会はありませんでしたが、回復魔法の練度も問題ないでしょう。……ですが、戦闘中はもう少し周囲にも気を配ってください。スライムモドキ程度の魔物に隙を取られるようではいけませんよ?」

「うん、たしかにそうだった。気をつける。目の前の戦いに集中するのも大事だけど、“見えていない敵の存在も忘れない”。だね」

「ええ、よろしいでしょう」


 なんとなくだが、エミリィさんはアンナに甘いように見えたので手心が加えられるかと思っていたが、意外にも遠慮のない批評をしていた。アンナも彼女の厳しい指摘に怯まず、真摯に受け止めている。


「――それでカズキさんですが。あなたには看過できない問題点があります。ここからが話の本題といっても過言ではありません」


 途端にエミリィさんの表情が険しいものとなった。


「まずひとつ伺ってもよろしいですか? なぜスライムモドキたちに”火属性の魔法を撃った”のでしょうか」

「え?」


 思わぬ質問に一瞬思考が止まるが、彼女の射抜くような視線に促され正直に答える。

 

「それは……、俺が使える攻撃魔法は火属性の『フレイムボルト』だけだから……ですけど」


 それを聞いたエミリィさんは「やっぱり……」と納得したとばかりに呟く。話の要点が見えず、ただただ言いようのない不安に駆られる。


「『属性相性』というのはご存知ですよね?」

「一応は……」


 魔法には『属性』という概念がある。火、水、地、風、ゲームでお馴染みの『四元素』。アンナが使う回復魔法の『光属性』、エミリィさんが使うデバフ魔法の『闇属性』。さらにアンナが拳の威力を上げるのに使った腕力ブーストのような便宜上どれにもカテゴライズされない『無属性』。

 そして四元素にはそれぞれ属性間に相性がある。火は水に弱く、水は地に弱く、地は風に弱く、風は火に弱い。といったふうに四竦みの関係になっている。


「スライムモドキは水属性の魔物です。火属性の攻撃は威力が軽減されてしまう……ということぐらい分かっていますよね? であれば、あの局面は地属性の攻撃魔法を選ぶのが適切だったはずです。ましてや、あえて相性の悪い火属性魔法を使うなど」

「そ、それはそうですけど」

「なぜ他の水、地、風属性の初級攻撃魔法を習得していないのですか?」

「それは……。四属性をいっぺんにマスターするのは大変だから、とりあえず一番コスパの良い火属性だけ抑えといて、そこから順を追って習得していけばいいかなと思って……」


 俺の言い訳を聞いたエミリィさんは深い溜め息をついた。呆れがふんだんに混じったそれからは失望の念をたしかに感じる。


「……いいですか? 費用対効果を重要性しているのなら、尚更今のカズキさんの考えは間違っています。なぜならば、魔法戦士というクラスは魔力管理が最もシビアだからなんです」


 彼女の言うように、古今東西あらゆるゲームにおける魔法戦士のロールプレイにおいてMPがカツカツになる問題は常について回っていた。彼女の話がどうそこへと転んでいくのか、俺は今までにないぐらい真剣に耳を傾けた。


「まず私が問題提起した今回のクエストでの局面を例に考えてみましょう。今回カズキさんはスライムモドキの群れにフレイムボルトを放った。結果、直撃した一体を瞬殺、周りの三体にも炎上ダメージを与えた。……ですが、カズキさんが使ったのがフレイムボルトではなく、『マテリアルブラスト』だったとしたら? 直撃した個体はもちろん瞬殺。さらに着弾周囲にいたスライムモドキ数体もろとも余波で瞬殺するだけの戦果が出せたでしょう」


 マテリアルブラストは岩の塊を撃ち出す地属性の初級攻撃魔法だ。命中時に砕けた岩が鋭い破片となって周囲に飛び散り追加ダメージを与えるなど、フレイムボルトと似た性質を持っている。だから彼女の見立てはおそらく間違っていない。


「フレイムボルトとマテリアルブラストの魔力消費量はほぼ同じです。なのにリターンの差が大きく開く。つまり攻撃魔法の引き出しが多ければ多いほど、相対する魔物に合わせて的確に弱点となる属性を選択できるほど、それだけ効率的に魔力を節約できるのですよ」

「なるほど……。でもどうしてそこまで魔力の節約に拘る必要が……あ」

 

 俺はそこまで言いかけて、ようやく彼女が最初に言った「魔力管理がシビア」という言葉の真意に気づく。


「攻撃魔法を主力とする魔法使いは”遠距離から魔法で攻撃できる”というアドバンテージを活かし、敵から距離を取って戦います。敵の注意は大抵味方の前衛が惹きつけてくれるので、基本的には魔力消費を攻撃魔法にだけ専念できる。ですがカズキさん、あなたは魔法を使いつつも前衛で剣を振るう魔法戦士です。接近戦を演じる以上、敵の攻撃に対して咄嗟に防御ブーストを使ったり、脚力ブーストで回避や離脱行動を取らざるを得ない状況に置かれると思います。さらに魔力を消費して発動する強力な剣撃を繰り出す必要にも迫られる。するとどうでしょう? 『魔法戦士は魔法使いよりも戦士よりも、ずっと魔力消耗が激しい戦いを強いられる』。そうは思いませんか?」


 彼女の説明は的を得ている。事実、これまでクエストをこなしていったなか、魔力運用がギリギリだったのはしょっちゅうで、ガス欠を起こしたことさえあった。だがもしも、俺が火以外を扱えていたら、的確に魔物の弱点属性を突くような賢い戦いができていたら。枯渇寸前になることはあっても、少なくともガス欠を起こすような事態はなかったかもしれない。


「カズキさん。たしかあなたは自己紹介の際、『地雷扱いをされている魔法戦士』と言いましたよね? 勘違いしているようですが、魔法戦士は決して地雷職ではありません。二つの異なる戦術を上手く折り合いをつけながら両方使いこなし、『魔法攻撃と白兵戦の両立』のコンセプトが実現できるのなら、これ以上ないぐらい優秀なクラスです。事実、かつて『勇者』と呼ばれた過去の英雄たちの中には、魔法戦士に該当するような戦い方をしていた者も多い。魔法戦士は”理論上”は強いクラスなのです。しかし英雄たりうる万能の才を湯水のごとく贅沢に振るうか。あるいは想像を絶するような努力を積み上げなければその『理論』は実現できない。……ところが、あなたはそのどちらでもない。生まれつき全てを持っている英雄でもなければ、『いっぺんに習得するのは大変』と努力を怠った凡夫です。それなのに無謀にも魔法戦士であり続けようとする。ましてや二兎を追う余裕もない駆け出しの時点で」


「そ、それは……」


 エミリィさんの畳みかけるような正論ジャブ連打にうちのめされ、俺はダウン寸前のボクサーのように言葉に詰まって俯いてしまう。

 そしてトドメを刺すように彼女は言った。


「地雷なのは魔法戦士ではない。あなた自身だったんですよ」

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