第3話 スライムモドキ

 アンナ、エミリィさんとともにエルスニアの街を出てすぐ近くにある山林地帯へと足を踏み入れていた。

 俺たちが受けたクエストの内容は『スライムモドキの群れの討伐』。このあたりにある小さな農村からの依頼だ。

 『スライムモドキ』はその名の示すとおり、『スライム』とは似て非なる魔物だ。大人の膝下程度の背丈の半透明のゲル状の楕円形のフォルムで、内部には細胞核のような丸い内臓部が透けて見えている。自分より体の大きな人間や家畜にも果敢に飛びかかって取りつくように粘着し、そのまま内蔵から伸びた口吻を突き刺して生き血を啜る。

 しかしながら本家スライムみたく変幻自在の液体ではなく、あくまでゲル状の固体なので物理攻撃は普通に通るうえに愚鈍なため、最弱の魔物として知られている。冒険者なら赤子の手を捻るように倒せるが、非力なぶん繁殖力が強く、さらに群れを作って集団で獲物に襲いかかる習性がある。一匹一匹は大したことなくとも、十数匹の規模で襲われるとなれば非武装の一般人からすれば充分な脅威だ。

 

「『森に入って北へ真っ直ぐ行ったところにある水辺』って、ここら辺だよな?」

「うん。村の人は『ここまで遊びに来た子供がスライムモドキの群れを見かけた』とか言ってたよね」

「でもスライムモドキって大抵洞窟とかで見かけるよな? どうしてこんな森のなか、しかも人間の集落にほど近い場所にいるんだ?」


 俺の素朴な疑問にエミリィさんは周囲を散策しながら答える。


「スライムモドキは本来、洞窟など人目につかない場所にひっそりと暮らしているのですが、群れを形成することで積極的かつ攻撃的になるのですよ。そうなってくるといずれテリトリーを人の住処にまで手を伸ばしはじめ、終いには夜な夜な彼らの大好物である牛等の大型の家畜を襲うのです」


 スライムモドキの群れに目をつけられた不幸な牛が、翌朝体中穴だらけの干からびたミイラ体となって発見されることがままある。と聞いたことがある。


「なるほどね。……しっかし、運悪く奴らの食事風景に出くわした日には、無数に蠢くスライムモドキに集られている牛を目にすることになるんだよな? それも夜中に? オエ……考えたくもないよ」

「そういうことが起こってしまう前に対策として村の人たちはギルドに討伐依頼を出した。ということだよね」

「さすがアンナ様。ご明察です」

「えへへ……」


 照れ笑いを隠せないアンナを、エミリィは慈しむように見る。生徒の模範解答を褒める教師の図といった様相で、こっちまで微笑ましくなってしまう。


「ところで、エミリィさん。ずっと気になっていることがあるんですけど」

「なんでしょうか?」

「どうして防具に着替えないんですか? なんか今さらって感じで悪いんですけど。家で着ていたドレスのままなのが気になってて」


 俺とアンナは冒険者の資格を得たときにギルドカードと共に支給された冒険者用の汎用防具一式を着用している。

 軽量かつ頑丈な革製の鎧、長時間歩いても足が疲れにくい構造の防水性ロングブーツ、さらにオプション装備としてミニサイズで小回りが効く盾であるバックルが着脱式で片腕についている。その使い勝手の良さから、修繕や自分好みの改造を施しながら長年愛用し続けている歴戦の冒険者がもいるぐらいだ。

 しかし一方で、エミリィさんの格好にはそういった冒険者用の装備がまったく見受けられない。


「ご安心を。見た目こそ私服と同じですが、これは戦闘仕様のものです。軽量化と靭性を両立し、さらには通気性と保温性にも優れた特殊な生地で出来た特注品で、見た目から想像もつかないほどの防御力・機動力を有しています。あと申し訳程度ですが魔力耐性もありますよ」

「な、なるほど。でもそうまでしてその格好でいる理由は?」

「このドレス姿でいることは私のポリシーなのです。カズキさんにも憶えがありますでしょう? 誰にも譲れない拘りというものが」


 そう言ってエミリィさんは悪戯っぽく微笑を浮かべ、ロングスカートの裾をつまんでみせた。彼女は一見すると常識人に思えるが、案外変わり者な一面もあるようだ。


「――ふたりとも。あれ見て」


 アンナが突然神妙な声で俺とエミリィさんを呼び止める。彼女に言われるがまま指差す方を見ると、なにか不審な影が倒木の向こう側で蠢いていた。

 草木に隠れながらゆっくりと忍び足で近づく。やがてそれをハッキリと確認できる位置まで来たとき、顔を歪めずにはいられなかった。


「うげっ」

「ひどい……」


 馬に比肩するほどの体格の鹿が地面に横たわっていて、そこに無数のスライムモドキが群がっていたのだ。スライムモドキ同士でグチャグチャに寄せ合っていて分かりづらいが、少なくとも九匹……いや下手すればもっといる。当の鹿はまだ息があるが、あの様子ではもう助からないだろう。


「――近くに争った形跡は無し。大きさと毛並みの悪さから見て、おそらく老衰で弱っていたのをカモにした。といったところでしょうね」

「弱肉強食ってことだよね……。でもかわいそう……」


 アンナは貪られゆく老鹿に憐憫の情を向ける。


「自然の摂理だから仕方がないよ。――だから次はアイツらにお鉢が回ってきたとしても、誰も文句は言えないよな?」


 敵討ち……というのは烏滸おこがましいかもしれない。彼らだって生きるためにやっていることだ。でもせっかくなら分かりやすい大義があった方が闘志が湧いていい。二人も同じ気持ちなのか、その目にやる気が満ちたように思える。


「カズキさん。せっかくああして一箇所にまとまっているのですから。ファーストアタックはあなたの攻撃魔法で」

「わかりました」


 エミリィさんの言うとおり、食事に夢中でまだこちらに気付いていない今がチャンスだろう。俺はさっそく魔法発動に取り掛かる。

 

(よし、集中集中……)


 標的に狙いを定め、攻撃のヴィジョンを想像する。

 魔法は生き物の体内で精製される『魔力』を人為的に消費することで発動する神秘の力だ。人間等の知的生命体の特権たる『想像力』を用いてあやふやな魔力の塊を具象化させ、仕上げにその魔法現象を『形』として留めるためのフレームの役割を担う名前をつける工程、つまり早い話が『呪文を唱える』ことで発動へと至る。

 多少の集中力は必要だが、初級攻撃魔法程度なら長々とした詠唱もなく呪文だけで即座に撃てる。逆に強力な上級魔法を使うには鬼のような集中力と呪文前の詠唱が必要になるわけだ。


「――フレイムボルト!」


 火属性の初級魔法の呪文とともに、標的へと向けた左の掌からバスケットボール大の火球が発生・発射される。スライムモドキたちはその音に気付いたようだが既に手遅れだ。高速で放たれた火球はゲルの密集地帯に命中、爆音とともに炸裂した。


「わお! すごい!」

「……」


 直撃を受けた個体はその場で蒸発、さらに爆風の余波で周囲の三匹が炎上し苦しみのたうっている。鹿や周りの植物にも延焼しているが、魔法による発火は自然現象のそれと同じではなく、すぐ大気に霧散して消えてしまうので火災の心配はない。


「こちらに気付いて襲ってきます。いきますよ」

「うん!」


 炎上しているのは既に弱って戦力にならないので除外し、残りは八匹といったところ。アンナと俺が先行し、そのすこし後方からエミリィさんが追随するといった形となる。


「ハァッ!」


 スライムモドキの一体がアンナに肉薄する。アンナは直線的に飛びかかってくるソイツを迎撃するようにストレートブローを叩き込んだ。

 彼女の武器は衝突部に鋼鉄よりも強度が高い『ミスリル鋼』の補強がされたハイブリッド加工の鋼鉄製ナックルだ。加えて拳を叩き込む際、魔法によるブーストで腕力を上乗せしている。おかげで非力そうに見える彼女でも、たった一撃でスライムモドキの体が吹っ飛んで破裂するだけの威力が出せたのだ。このように概念と仕組みが単純な魔法は呪文の必要すらなく使える。


「セイッ!」


 さらにアンナは続いて飛びかかってきたスライムモドキをステップでかわし、地面にぶつかって一瞬動きが止まったソイツに真上からナックルを振り下ろし、撃破する。

 俺も負けじと、群がってくるスライムモドキをいなしつつ鋼鉄製の片手剣を振り、中心部の内蔵ごと両断していく。


「この程度の相手なら支援に徹するよりも、私も攻撃に回ったほうが早く終わりますかね」


 エミリィさんはスカートの裏に隠されていたナイフを素早く取り出し、無駄のない鮮やかなモーションで襲ってくるスライムモドキを捌いていく。

 顔色ひとつ変えず、掃除をするように魔物を屠っていくさまには惚れ惚れとする。


「! アンナ様ッ!」


 ふと、アンナの死角からスライムモドキが迫るのを目撃したエミリィさんは、咄嗟に持っていたナイフを投擲する。放たれたナイフが中心にある内臓部を精確に貫き、その場でスライムモドキは力尽きた。


「エミリィ! ありがとう!」

「ご無事でなによりです」


 そうこうしているうちに最後の一体を俺が倒す。炎上ダメージで弱っていた残りの個体も各々でトドメを刺していった。


「……ふぅ。終わった」

「カズキもエミリィもナイスファイトだったよ!」

「お疲れ様でした」


 この三人でパーティーを組んでの初めてのクエストクリア。湧き上がる達成感に浸りながら互いに労いの言葉をかけあっていると、一羽の小鳥が飛び立っていった。


「お、今回はアレだったんだ」


 あの小鳥の正体はギルドが遣わせた使い魔である。依頼が正しく達成されたかをギルド側が把握・確認するためのものだ。規約違反や公序良俗に反する蛮行など、ギルドの信用を著しく貶めるような行動が為されていないかを監視する目的もある。

 また使い魔による監視が当事者たちに気付かれないようクエストによって毎回違うタイプのものが使われる。今回はたまたま小鳥の姿をしていたというわけだ。


「さて、クエストは無事達成されたけど。まだやることが残ってる」

「?」


 クエスチョンマークを浮かべる二人をよそに、全身から血を流して苦しんでいる瀕死の老鹿に近づいた。


「ごめん」


 俺は彼の木の幹のような喉に剣先を突き、そして貫通させる。その一瞬で、彼の途方もなく長かったであろう人生は終わりを迎えた。


「なんか中途半端に助けちゃったからさ。致命傷に苦しみながら死ぬのはやっぱ辛いかなって。こういうの、ニホンの古い言葉で『カイシャク』っていうんだけど。……偽善……だったかな」

「ううん、これでよかったと思う。あの鹿さん、どのみち寿命だったろうから私の回復魔法でも治しても、うんと苦しみながら死ぬだけだったから……。カズキの判断は正しかったと私は信じるよ」

「……私も同感です」

 

 俺たちは物言わなくなった亡骸に尾を引かれながらも、その場をあとにした。彼の行き先にはきっと安らぎが満ちている。そう願いながら。

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