過多思い

真白徹夜

過多思い

 僕は特別頭がいいわけじゃないし、お世辞にも誠実な人間だとは言えない。授業もサボっていたし、友達と毎日つるんでいて不真面目に見える僕はこれでも大学生だ。そんな時僕は君に会ったんだ。

 

 そこらへんの安いカラオケで歌ったあと、他大学の友達も呼んで近くの居酒屋で呑んでたら君がいた。

 

 最初は、見たことのある奴がいるな程度だった。

 

 正直、居酒屋も飲み会も好きじゃないし、酒も弱い僕は数杯無理しながら飲んだビールで気持ちが悪くなって腹が痛いなんて言ってトイレに走った。

 

 ドアを開けて

 

 便器あげて

 

 吐いた。

 

 気持ち悪かった。

 

 まだ気持ち悪いながらも手を洗って鏡を見てまた吐き気がした。

 

 つい数年前まで高校にいて、受験だの何だ言ってた僕が気づいたらなりたくない汚い大人になってたから。

 

 高校生の時の僕は今の僕になんて言うだろう。

 

 そう思ったらあの場に戻るのが辛かった。


 流石にトイレに長居しすぎたし、戻ったらイジられてまた酒飲まされるんだろな。

 

 そう憂鬱になりながら扉を開けて席に戻った。

 

「遅いぞ! 一気するか?」 


 同級生の一人が言う。

 

 それに他のやつも便乗して一気コールが始まる。

 

 最悪だ。

 

 周りの客もなにが起こっているんだと目線を向けてくる。

 

 我に戻った僕にとって、もうこの状況は地獄でしかなかった。

 

 でも、予想外のことが起こった。

 

 店の奥から走ってきたその女性店員は突然、

 

「トイレの整備不足でご迷惑をおかけしました。重要な時間を奪ってすみません。」

 

 そう言い、頭を下げて戻っていく。

 

 周りのやつは

 

 雰囲気壊し店員

 

 だの

 

 冷めたわ

 

 なんて言ってるし、正直酔ってるからその店員が僕の同級生だなんてことには気づいてはいなかった。

 

 でも僕は他の人が言っているようなことは思わなかったし、どちらかと言えば感謝していた。

 

 結局その雰囲気のおかげで僕は一気をせずに済んだし、あの後すぐ解散になった。

 

 会計を済ませて"友達"が二軒目に行ったあと僕は忘れ物したとかなんとか言って店内に戻った。

 

 走って見渡しながら僕はさっきの店員を探す。

 

 見つけた僕は酔ってたから口走ってしまったのだろうか

 

「さっきは本当にありがとうございました。」

 

 そして僕は違和感に気づいて

 

「もしかして近くにある大学に通ってらっしゃいますか?」

 

 なんて不必要な文も添えて言った。

 

 そんな僕に店員さんは笑顔で

 

「そうですよ。九条って言います。よろしくお願いします。」

 

 そう言った僕の救世主は客の波に去っていった。

 

 雨が降っていて、少し肌寒い世界を歩く僕は、すっかり酔いが覚めてふと何を思ったのか僕の彼女に連絡する。

 

 ”今から会えない?”

 

 そう書いてLINEを送って携帯を閉じる。

 

 ちょっと経って

 

 ”じゃあ今から藤部君の家で集合でいい?”

 

 そう返ってくる。

 

 ちょっと酒臭いから躊躇ったけど

 

 ”いいよ”

 

 そう返した。

 

 少し雨が降ってきた午前1時。

 

 僕は部屋の中で彼女を待つ。

 

 ちょっと部屋を掃除して、ベットを整えて、ついてに急いでシャワーに入った。

 

 水飲んで、髪乾かしてちょっとしたら呼び鈴が鳴る。

 

 まだ乾ききっていない髪を後ろに手で避けていきながら玄関まで歩く。

 

 ドアを開けて中に彼女を入れる。

 

 彼女が僕の冷蔵庫からストロング缶を2本出して渡してくる。

 

「さっき俺飲んだんだけど。」

 

「私とも飲もうよ。」

 

 そう言いくるめられて結局また酔い潰れる。

 

 そこらへんからおつまみになりそうなお菓子をとって食べながら雑談する。

 

 小雨から大雨になり外で雨の雫が地面につく音を聞きながら僕らは暗い部屋に二人でいた。

 

 隣にいる彼女は僕の方を見て、唇を僕の唇に合わせてくる。

 

 そして数時間後、彼女は横で寝息を立てているし、僕は不安で起きている。


 今の彼女は同じ大学の一個上の先輩で僕が一年の時、二年だった彼女と付き合い始めた。

 

 多分純粋で綺麗だった僕はその頃から段々大人に染まって行ったのかもしれない。

 

 大学では優等生でみんなが尊敬する人柄の彼女は、夜になるとカラオケや飲み会に行くような人でそんな彼女に僕はつられていった。

 

 最初は躊躇ってた僕も慣れいていって気にしなくなった。

 

 でもこんな、何かが引っかかってる気持ちになるのはいつぶりなんだろう。

 

 そう思うほど今の僕は昨日までの僕とは少し違った。

 

 その後少し寝て、太陽が昇ってきた頃、もう彼女は僕の部屋にいなかった。

 

 頭痛がする中、散らかってるリビングと彼女のたばこの吸いカスが残る容器の中をゴミ箱に入れて水を少しかける。

 

 シャワーに入って着替えて大学へ向かう。

 

 頭はズキズキ痛むし、体は本調子じゃない状態で講義を受ける僕は何も頭に入ってきてない状態だった。

 

 僕の前の4つくらい前に座る九条さんをなぜか見てたのも理由だからなのかもしれない。

 

 講義が終わってとりあえず僕の今日のスケジュールが終わったところで、たまたま僕と同じタイミングで講義が終わっていた九条さんに声を掛ける。

 

「こんにちは。昨日はお世話になりました。それのお礼と言っては何ですがそこのカフェでコーヒーか何か飲みながらお話ししません?」

 

 そう言うと九条さんは

 

「いいですね。ちょうど講義も終わったので休みましょうか。」

 

 僕を怖がっていない彼女は僕と一緒に大学近くのカフェに行く。

 

 入店音の鈴の音とともに店員さんに席まで案内されて座る。

 

 僕はコーヒー。

 

 九条さんはカモミールティーを頼んでた。

 

 そこで僕らは意外と趣味が合うことが判明した。

 

 好きな音楽のジャンルとか好きな歌手。

 

 好きな科目と嫌いな科目。

 

 話してるうちに、こんなこと思ったらいけないんだろうけど今の彼女より、こう言う人と付き合ってれば僕の人生はもっとマシな方に行ってたのかななんて考えてはいけないんだろうけど考えてしまう。

 

 話が盛り上がって、外が暗くなってきた時、彼女の家と僕の家が近いなんて言うもんだから一緒に帰ることにした。

 

 その道中、九条さんに言われる。

 

「もう"九条さん"って呼ばないでください。せっかく友達になったんですし下の名前の絢音って呼んでください。」

 

「おっけいです。絢音..さん?」

 

 ちょっと遅れてさん付けをした僕に彼女は笑ってる。

 

 その後沈黙が流れて不意に聞かれる。

 

「藤部さんって彼女さんっていましたっけ?」

 

 ちょっと躊躇いながら言う。

 

「一応ね。相手側はもう冷めてきてるっぽいけど。」

 

 言った後、最後の文章を言ったのを後悔する。

 

「そうなんですね。頑張ってください。」

 

 そう絢音さんは言った。

 

 そのまま僕の家と彼女の家の別れ道で笑顔でまた明日と言いながら帰る。

 

 このまま絢音さんと友達として過ごしたら高校生の僕が少しは納得してくれる人生を歩めるかな。

 

 そんなことを一人で呟く。

 

 家のドアの前で鍵を挿そうとしたときポケットで携帯が震えた。

 

 急いでドアを開けて中に入って確認する。

 

 ”今日も家行っていいかな。”

 

 彼女だった。

 

 またかよ。

 

 正直きてほしくなかった。

 

 昨日の出来事も飲み会も

 

 八つ当たりに聞こえるかもしれない。

 

 でも正直僕はこのまま彼女といてはいけないと思った。

 

 でも結局そんなこと言えなくて

 

 ”まあいいよ。”

 

 そう返す。

 

 昨日のように疲れている僕がいる家に彼女は入ってきてタバコを吸い始める。

 

「ねえ。あのさ。前から思ってたんだけど。」

 

 僕は口を開く。

 

「何?」

 

 彼女が少し高圧的に返す。

 

「僕らさ、一回距離を置かない?互いに都合が良い関係になるよりはそっちの方がいいと思うんだよ。」

 

 勇気を振り絞って言う。

 

 でも彼女はそんなの真剣に受け取ってはくれなかった。

 

「もうちょっと考えなよ。でもそんな言うなら私一回帰るわ。」

 

 そう言って不貞腐れた彼女は空の缶ビール缶を乱暴に机に置いて帰る。

 

 机の上で口を開けて倒れている缶ビールが切なく思えた。

 

 僕と彼女の関係が始まった頃を思い返す。

 

 仲良くなった僕らは大学のベンチに一緒に座って好きな人の話をしてた。

 

「好きな人だれなの?」

 

 彼女がいう。

 

「君だって言ったらどうする?」

 

 そんな展開から始まった恋は今終わろうとしている。

 

 実際は彼女にまた誤魔化されて別れることは出来ないんだろうけど。

  

 彼女が出ていった部屋で僕は一人ソファに寝転ぶ。

 

 何を思ったのか僕は突然着替えて携帯と財布を持って外へ出た。

 

 大学の近くまで歩いて居酒屋に入ろうとする。

 

 横に引いたら開く扉を少し開けて中を見る。

 

 そこにはいつもと変わらず、与えられた業務をやっている絢音さんがいた。

 

 入るか入らあいか迷っていると絢音さんがこっちを見た。

 

 目があった気がする。

 

 僕は急いで扉を閉めて家の方に走る。

 

 俺は何してんだ?

 

 そんな言葉が頭の中を駆け巡る。

 

 ポケットの中の携帯が震える。

 

 道沿いのローソンに入って携帯を確認する。

 

 ”いま店に来ましたよね?”

 

 絢音さんからのライン。

 

 何を返していいかわからなくて、

 

 ”今から会わない?”

 

 返信する。

 

 既読がついてちょっと考えてたのか少し時間が経って

 

 ”多分重要な話なんですね。いいですよ”

 

 そう返ってきた。

 

 僕は走ってきた道をもどる。

 

 俺は馬鹿なのか

 

 自分にそう言いながら走る。

 

 汗だくで居酒屋のおもてに絢音さんがいるのが見えた。

 

 手を振って

 

 気づいてもらって

 

 少し一緒に歩いて大学の前まで行く。

 

「実はさ、さっき彼女と別れたんだよ俺。」

 

 つい嘘を吐き出してしまう。

 

 本当は別れてなんかいない。誤魔化されて帰られただけ。

 

 でも僕はそれを別れたんだと思いたかった。

 

 じゃないとこれから新しい一歩を踏み出せない気がして。

 

「そうなんですね。こんな部外者の私に教えてくれてありがとうございます。何かまた相談があったらいつでも聞きますよ!もちろん紅茶代は持ってもらいますけど。」

 

 そう言って笑顔で店に戻っていく絢音の後ろ姿を見て、歩む人生は間違ってなかったのかもしれないなんて思った。

 

 結局僕は踏んだり蹴ったりじゃないかなんて思いながら自分の家の前に立って鍵を開けようとする。

 

 鍵をさして違和感に気づく。鍵を閉めて出たはずなのに、鍵が空いていた。

 

 恐る恐る中に入ると電気がついてた。

 

 歩いて中に入ると彼女がソファにいた。

 

「ねぇ浮気とかしてる?」

 

 彼女が聞く。

 

「してないよ。と言うか何で僕の部屋にいるんだよ。」

 

 僕は動揺しながら答える。

 

「だってまだ別れてないでしょ。」

 

 ああめんどくさい。

 

 別れたことにしてくれよ。

 

 本当はこんなこと言っちゃいけない。わかってた。でもなぜか僕は言ってしまった。

 

 「別れてくれって。君の気持ちはわかるけどさ。疲れるんだよ。」

 

 そう言ってしまった。

 

 彼女の瞳から涙が流れてた。

 

「ごめんね。」

 

 彼女はそう言って部屋から出ていく。

 

 結局彼女は僕のことを愛していたのか。

 

 だから泣いたのか。

 

 それとも演技なのか。

 

 色々な考えが頭の中を駆け回る。

 

 居た堪れない気持ちになって

 

 何していいかわかんなくて

 

 とりあえず寝室へ行く

 

 でも

 

 緊張と意味のわからない恐怖で寝ることはできなかった。

 

 それでも僕は次の日大学に行った。

 

 その次の日も大学に行って元カノに目線を逸らされて、

 

 変な噂も流れてた。

 

 そんな日々が1ヶ月以上続いた今日も特に変わりはない。大学も休みに突入して少し暇になる季節だった。 

 

 絢音と僕の関係は前よりは仲良くなってるし、お互いを理解しあえる関係にはなってきた。

 

 幸い絢音と元カノ(その周辺の友達とも)知り合いじゃなかったから嘘か真かもわからない噂も聞いてなかったようで安心した。

 

 ある晩。

 

 僕は新しく始めた近所のコンビニバイトから帰ってきて家近くの歩道橋を渡っている時。

 

 ポケットの携帯が揺れた。

 

 絢音からの電話だった。

 

 歩道橋から少し身を乗り出して下の車を見ながら電話に出る。

 

「今日シフト入ってないので、今から私の家で映画でも見ませんか?」

 

 彼女はそう電話越しで言う。

 

 少し考えて


「いいよ。今からそっち行くね。」

 

「おけです。」

 

 その会話が終わって電話が切れる。

 

 彼女の家はバイト先の近くにあったから歩道橋を戻ってコンビニに寄ってポップコーンとビールを二本買って家へ向かう。

 

 少し歩いて扉の前に着く。

 

 無意識的に服の乱れを直してコンビニの袋片手にチャイムを押す。

 

 ドアの奥から少し足音がしてから扉が開く。

 

 靴を脱いで家にお邪魔する。

 

 ソファに座って何の映画を見ようかとじっくり話して今はやってるコメディ映画を見ることにした。

 

 ポップコーンを開けて映画に集中する。

 

 でも30分もしないうちに、その期待外れだった映画を見飽きた僕らはボリュームを小さくして雑談を始めた。

 

 大学の課題。(半分愚痴)

 

「あの教授のスライドまじ見づらいよね。」

 

「同意です!」

 

 バイト先の愚痴。

 

「なんかよってセクハラしてくる客がいるんですよね。」

 

「それは困るな。キャバじゃないっつうのな!」

 

 好きな曲の話。

 

「ラッドいいよね。」

 

「趣味が合うねぇ。最新曲とか最高」

 

「それな?」

 

 酒が少し回ってきたのか眠いのか、口調がいつもと違う絢音も面白いもんだ。

 

 そんな話をしてたら彼女が携帯から歌を流して、少し中身が残っているビール缶をマイクに見立てて歌い出す。

 

 僕はもはやインテリアと化していたアコギでその歌を弾き始める。

 

 それにすら疲れた僕らは、座りながらインスタを一緒に見る。


 完全に酔った絢音は

 

「枕投げがしたい!」

 

 と言い始めて僕を寝室まで連れていく。

 

 そこら辺の枕を僕に投げてくるもんだから僕も投げ返して部屋は埃だらけになる。

 

 流石に疲れ切った僕らはベットに座る。

 

 お互い疲れて言葉を交わすことなく、目すら合わせずに何かを考える。

 

 ちょっと体勢を変えようと左手を動かすと、絢音の右手にあたる。

 

 彼女がそれを握って僕も握り返す。

 

 それを機に彼女がこっちを向いて目を合わせてくる。

 

 見つめあって。

 

 少し頬が赤くなりながら絢音は顔を近づけてくる。

 

 お互い目を閉じて、

 

 僕の唇が絢音の朱色の頬に触れる。

 

 一度唇が僕の頬を離れて微笑む。

  

 それに合わせて僕も笑って彼女の真似をする。

 

 僕らはさっき投げた枕を元の位置に戻して見つめ合う。

 

 僕はそっからをどう表現していいかわからない。

 

 だからとりあえず、リスタートとでも言っておこう。

 

 翌朝、彼女の家のベランダで二人、景色を見る。

 

 シャワーを借りて汗を流して部屋に戻ると美味しそうなトーストと目玉焼きがあってそれに感謝する。

 

「朝食までありがとね。」

 

 僕は言う。

 

「もちろん」

 

 彼女はそう返す。”もちろん”彼女の口調も少し変わった。

 

 その後一回僕は家に帰ってその後合流し少し遠い動物園に行く。

 

「動物園ってちょっと渋くない?」

 

 彼女は言う。

 

「それでも良くないか?」

  

 そう返した僕の前には微笑んでソフトクリームを頬張る彼女がいる。

 

 ずいぶん感じていなかった幸せを感じる。

 

 また別の日。

 

 僕らは買い物に来ていた。

 

「この服よくない?」

 

「僕も同じやつ買おうかな。」

 

 そう言って同じTシャツを買う。

 

 また別の日。

 

 大学近くのカフェに僕らはいた。

 

「懐かしいねここ。」

 

「そうだね。」


 そんな会話をしながら僕らは思い出に浸る。

 

 もちろん紅茶代は僕が払ってる。

 

 そんなこんなして大学の休みも終わる。

 

 日常はいつも通り進んでいく。彼女と一緒にいる時間を除けば。

 

 毎日が新鮮だった。

 

 バイトが終わってお疲れと言ってくれる人がいる。

 

 それに感謝しつつ、少し慣れてきた自分もいた。

 

 それからまた少し経って、大学もラストパートに差し掛かってきて課題が忙しくなる。

 

 それに連れて会える回数も減ってくる。

 

 メッセージもすぐ返せずに数十分、時には数時間おいて返してしまう自分がいた。

 

 彼女の課題が少し終わって、彼女が息抜きにカフェに行こうと言ってくれた時も

 

「課題どう?なんかあったら手伝うからね。」

 

 そう言ってくれる彼女に

 

「ありがとう。」

 

 僕は返す。でも多分その言葉に心はなかった。

 

 自分のことで手一杯だった。

 

 紅茶代も最近は払ってない。

 

 でも彼女はそれでも僕を愛してくれていた。いつも会う時は笑顔でいてくれた。

 

 でもそれは強がりだったのかもしれない。

 

 息詰まって課題をして、心の余裕がなかった時、僕は彼女の部屋にいた。

 

 息抜きにと映画を見せてくれて、お酒もくれる。

 

 でも僕はなぜか休めなかった。

 

「もうそろそろ帰る。」

 

 僕は飲み残したビールを机に置いて言う。

 

「まだ7時だよ?」

 

 彼女は寂しそうに呟く。

 

「課題あるから。」

 

 突き放すように言ってしまう。

 

 でも本当は余裕があった。

 

 何なら一日中でもいることは出来た。

 

 でも自分より優秀で、課題がいち早く終わりそうな彼女に嫉妬してた。だから一人で何でも溜め込んでた。変な対抗心を抱いてたんだ。

 

「そっか。がんばってね。」

 

 彼女は寂しそうに言う。

 

 靴を履いて扉を開けて部屋を出る。

 

 部屋に帰って

 

 やっちまったな。

 

 そう呟きながら窓の外を見る。

 

 課題とかどうでも良くなって、自分の彼女を大事に出来てない僕がバカらしくなって、ベットに座って壁にもたれるように寝る。


 翌日の夜。バイトが終わって僕は気づいたから彼女の家の前にいた。

 

 ただ謝りたかった。

 

 チャイムを押して名乗る。

 

 沈黙が続いてドアが開く。

 

 彼女の目の下にはくまがあった。

 

 多分泣いてたんだ。

 

 僕はそう気づく。

 

 何していいかわからなくて謝る。

 

「なんか前から少しそっけなくしてたの反省してる。ごめん。」

 

 彼女はそれを聞いて下を向いてた。

 

「そんなの聞きたいわけじゃないのに。」

 

 そう絢音が呟く。そしてり出す。

 

 僕はそれを突っ立って見ていた。

 

 我に帰って僕も追いかける。

 

 家から少し離れて彼女に追いつく。

 

「待ってよ。」

 

 そう言って彼女の手を取る。

 

 そうすると彼女は振り返ってこう言う。

 

「確かに課題から目を逸らすために一緒に映画見たりはお節介だったかもしれない。でもさ、わがままかもしれない、でも一人で溜め込まずに私に言って欲しかった。せっかく一緒にいるのに一人で溜め込んでバカみたいだよ。」

 

「本当にごめん。」

 

 僕は彼女の手を握ってそうとしか言えなかった。

 

「ちがうよ。謝って欲しいんじゃないの。私もこの感情が何なのかわからないんだよ。」

 

 彼女は続ける。

 

「私ね、凪くんといるの自分の感情がわからなくなるの。嬉しいけど寂しい。愛おしいのに切ない。私がいてもまるで私があなたにとって他人のように感じる時があるの。だからごめんね。」

 

 彼女は泣いていた。

 

 僕も泣いていた。

 

 今までの行いのせいなのかもしれない。と言うか絶対そうだ。確かに僕はもの後音をずっと自己中心的に考えていた。

 

 絢音は僕の手を振り解いて歩き出す。

 

 振り向いて彼女は道を早足で歩き始める。

 

 僕はそれを見ることしかなかった。

 

 思い出が詰まった大学近くの道で僕はただ一人、街頭の光に照らされて立っていた。

 

 変わりたかった。

 

 でもやっぱり無理だった。

 

 僕も彼女とは反対方向に歩き出す。

 

 結局僕は変われなかった。

 

 元カノも絢音も、もしかしたら僕が彼女たちの本当の気持ちに気づけていなかったのかもしれない。

 

 失ってからは遅すぎる。

 

 気づくのが遅かった。

 

 そんな言葉じゃ軽すぎる。

 

 後悔してももう、絢音や普通の日常は戻ってこない。

 

 僕は、家に帰ってベランダで風にあたりながら想いに馳せる。

 

 風が吹いて。雨が降り始めるこの世界で僕は

 

 一人タバコに火をつける。でも雨のせいですぐ消えたそれをベランダから落とす。

 

 風に揺られ下の小川に落ちていくそれを見つめながら

 

「何してんだ俺」

 

 夜の街に呟く、


 何か変われるような気がした

 

 君と出会った日のことを思い返しながら


 僕は立ち上がる

 

 そして僕はこの夜雨に身を任せた 



 

  

 

 

 

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過多思い 真白徹夜 @mashiro_Tetsuya

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