第二章 『冒険者ギルド清掃員』
第011話
「よろしいのですか? 挨拶もなしに……」
「うん。会おうと思えばいつでも会えるし、これが一生のお別れってわけでもない。今はただアーサー様の気分が変わる前に、ここを出たいんだ」
「……ルークはきっと怒るでしょうね。あなたが身代わりとなって退学を受け入れたこと」
「ルークが早まらないように上手いこと宥めてね、ミネル」
「はぁ……仕方ありませんね」
「じゃあ、バイバイ……。今まで、お世話になりました」
「お待ちなさい、アウセル」
ミネルはそっと僕を抱き寄せた。
陽だまりみたいに暖かい。
「友を救ったあなたの決断は、まさしく英雄と呼ぶに相応しいものでした。あなたと共に過ごせた日々を、私は誇りに想っております。いついかなる時も、ここがあなたの帰る場所であることを、忘れてはなりませんよ?」
「……はい」
「いってらっしゃい。アウセル」
「いってきます……お母さん……」
早朝。荷物をまとめて、孤児院を出る。
ま、荷物なんて別にないけど……。
アーサー公爵は僕の要望を聞き入れてくれて、ブルートを殴ったのは僕ということにしてくれた。
現場に居合わせたのは僕とブルートの取り巻きだけだったので、情報をすり替えるのは簡単だったようだ。
さて、僕は天涯孤独の身。
身寄りもなければ頼れる人もいない僕が、孤児院から放り出されたら、露頭に迷うのは必至。
本来なら絶望的な状況だけど、幸い、行く当てだけはハッキリとしている。
便宜上、貴族に暴力を振るった僕には然るべき刑罰が与えられる。
王宮から届いた命令書には、退学とは別に「一年間の奉仕活動」という処分内容が記されていた。
つまり、反省するまで働けということだ。
「ええっと、住所はどこだっけ……ちょっと暗いな……」
命令書には仕事先の情報が書かれているのだが、外はまだ薄暗く、よく見えない。
灯りを借りるため、知らない人の家に近づこうとすると、命令書が手元から離れた。
自動で折り畳まれていった命令書は、蝶のような形になってパタパタと羽ばたき、少し離れるとその場でクルクルと回っていた。
「案内……してくれるのかな……」
学園を出てから15分。
王都の中心街にある巨大な建物の前に来ると、蝶は一枚の紙になって僕の手の中に戻る。
縦43メートル、横100メートル、奥行き200メートルの巨大な建造物。
ここまでくるとちょっとしたお城。
建ってるだけで威圧感がある。
僕が通っていた初等部の校舎より広大だ。
魔力灯火が壁面に飾られていて、赤色のレンガと橙色のレンガの違いが、灯火の光をより淡く彩っている。
窓が縦に10枚並んでる。
10階建てには違いないけど、一番下の窓だけとても大きく、一階だけで5階分の高さがある。
ここは冒険者ギルド会館。
冒険者を依頼人に紹介、または仕事を斡旋する場所になる。
僕に科せられた罰は、ここで清掃員として働くことだ。
寝泊まりできる部屋があり、職員用の制服は支給されるし、食堂の料理は食べ放題。
これは刑罰の一環なので、給料は月に1万ディエルしかでないけど、1年間の奉仕活動を終えたら通常の額に昇給してくれるらしい。
刑罰と聞くと嫌なイメージがあるけど、居場所のない僕にとっては衣食住が揃っているというだけで十分すぎる。
建前上は罪人なのだから、これ以上のことは望めないと思う。
大きな2つの篝火が見張る玄関扉は高さ10メートル以上はあり、少し開けていれば2、3人が横並びで通過できる。
「しょ、正面から入っていいのかな……」
フッと息を吐いて、中に入る。
巨大な空間がかなり奥の方まで続いていて、自分のちっぽけさをまざまざと感じさせる。
学園の舞踏場もかなりの広さだったけど、ここはそれの2倍くらいの広さがある。
閑散としてるけど、何人かの冒険者たちが隅のテーブル席で
お酒臭い……。
奥の方では、酒瓶なんかが転がっていて、昨晩は賑やかだった形跡がある。
正面には大きな掲示板があって、壁を埋め尽くすように紙が貼られてる。
右側の手前には小さな売店。奥は食堂だろうか、長いテーブルが並んでいて、散乱したゴミや食べカスが一番多い。
盾や剣なんかも壁に掛けられてる。
飾りにしては年季が入ってるというか、ところどころ傷が目立つけど、それが返って戦う冒険者の雰囲気を醸し出している。
子供の来るところじゃない……。
場違いな気がする……。
僕はあまり目立たないようにコソコソとした足取りで、左側の受付に駆け寄った。
「あ、あの……」
異様な景色に少し驚いた。
正面に来ると、仕切りの板に隠れていた部分が見えるようになる。
そこには全身の素肌が緑色の人が立っていた。
大きな瞳はルビーのように赤く輝き、頭から鹿のような立派な角が生えてる。
背中から木の根っこみたいなのが翼みたいに生えてるし、頭に葉っぱがついてる。
植物に由来する亜人だ。
緑色のドレスを着ていて、僕にでも女性だとわかる。
綺麗な人というよりは、自然の中にある美しさって感じ。
王都じゃ亜人も珍しくないけど、学園の中にいると滅多に会わない。
外の世界に出たら、今後はこういう人たちとも会うんだろうな。
「ようこそ。冒険者ギルドへ。……随分とお可愛らしい冒険者様ですね。どのようなご要件でしょうか」
「あ、えっと……今日からここでお世話になるアウセルというものですが、館長のラナックさんはいらっしゃいますか?」
「ああ、ご新人の方でございましたか。お話は伺っておりますよ。私の名前はロゼと申します。……随分とお若く見えますが、アウセル様は今、おいくつなのでしょうか?」
「12です」
「まぁ、お若い! 私の10分の1も生きていないのに働きにでるなんて、アウセル様は立派な方なのですね」
「じゅ、10分の1!? え、ええっと……あなたは100歳を超えているってことですか?」
「はい。今年で180歳になります。といっても、そのうちの100年間は森で自生していた、普通の花でしたが」
もともと植物だったものが、何かのキッカケで人間の形に近づいたってことなのか。
亜人の出生は場所も方法も千差万別で、生態も謎が多い。
人間ならひいひいひいひいお祖母ちゃんくらいの年齢だけど、ロゼの新芽のような発色のいい緑の素肌は、まだまだ若々しく見える。
寿命自体が人間とは違うんだろうな。
不思議な感じだ。
「どうした、ロゼ。なにか問題か?」
入り口から入ってきた男が、ロゼに声を掛けた。
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