第010話
レスノール邸へとやってきた。
端から端までで、軽く徒競走ができるくらい広大な敷地。何十ヶ所と窓のついた館。
格子状の門は、僕の身長の3倍は大きい。
一介の生徒、それも平民にもなりきれない孤児。
そんな僕が約束もなしに王族の元へ出向いたところで、会ってもらえるはずもない。
門前払いされるだろう。
だけど、もうやると決めたんだ。
今さら何もせずに帰るなんてできない。
できる限り粘ろう。どうにかして、話だけでも聞いてもらうんだ。
「こちらはレスノール公爵家の邸宅である。用がないなら立ち去るがいい」
門番の威圧的な声が、今にも逃げ出したい心を殴りつける。
「よ、用ならあります! ブルート様のお父様と、お話がしたくて来ました!」
「アーサー様とだと!? お前のようなものにアーサー様がお会いになるわけがないだろう! 今すぐに立ち去れ!」
「お話しできるまで、ここ離れるつもりはありません!」
「貴様……!!」
我ながらヘンテコな要求をしているなと思う。
僕が門番でも、こんな怪しい僕を通さないだろう。
だけど、何もない僕にはこんな方法しか他に手はないんだ。
もう進学も出来ないんだし、今さら補導されたって怖くもない。
粘れるだけ粘ってやる。
「これこれ、子供相手に何をしている。しかも人目のあるこんな門前で」
紳士服に身を包んだ気品ある男性が、いつの間にかに門を開いて出てきた。
門から館の玄関までは結構な距離がある。
近づいてきていたら気づくはずなのに、どこから現れたのか。
「ア、アーサー様!?」
「真面目なのは結構だが、もう少し思慮深さを身につけてたまえよ、君。よく見たまえ。彼の服はウェモンズの制服じゃないか。息子の友人である可能性を、君は少しでも考えたのかね」
「そ、それは……申し訳ございません……」
「失礼をしたね。えっと君は……」
「ア、アウセルと言います!」
「アウセル!? では、君が……。本来ならこちらから出向かねばならないところを、よく足を運んできてくれた。さぁ中へ。我が館へ案内しよう」
玄関の扉をくぐると、何十人もの使用人たちに出迎えられる。
館の中は何もかもが大きく、遠く、広い。
僕の日常生活とはかけ離れてる。
拍子抜けするくらいアッサリと中に入れてもらえた。しかも、ブルートの父親にも会えてしまった。
何かの罠か、
言われるがままついて行くと、部屋に通される。
書斎だろうか、応接間だろうか。それともリビング?
僕ならこの部屋で1日の行動を済ませられる自信がある。それくらいに部屋が広すぎるから、もう何の用途なのかわからない。
使用人に紅茶をいれさせた紳士は、椅子に座って優雅に香りを楽しんでいる。
入り口の前で立ち尽くしていると、「どうぞ、座ってくれたまえ」と言われるが、僕は立ったままでいた。
「私の名はアーサー・レスノール。レスノール公爵家の当主だ。国王陛下は私の叔父にあたる」
晴れやかな顔のアーサーは、気さくに手を振る。
「緊張しているかい?」
「は、はい……」
「それはそうだろう。ここじゃ人の首が簡単に飛ぶ。言動には気をつけることだ。ンフフフフ〜」
「……」
「冗談だよ、君。真に受けてはいけない。まさか息子の学友を手にかけたりはしないさ」
緊張しすぎて、あまり話が頭に入ってこない。
冗談と言われても、僕の口角は1ミリも上がらなかった。
「さて、まさか私と談笑するために来たわけではあるまい? 例の話をするとしよう」
僕は両膝をついて、頭蓋骨が「ドンッ!」と鈍い音を立てるくらいに床に頭を打ちつけた。
「な、なにを……!?」
「お願いします! ルークを許してあげてください!」
「……ふむ、予想していた展開とはだいぶ違うな。一先ず、頭を上げて欲しい。君が謝らなければならない理由は何もないのだから」
「え……」
顔を上げると、アーサーは近くまできて僕の肩に手を乗せた。
「学園長から直々に報告を受けてね。私の息子が不当を働いたせいで、君の就学支援が取りやめになったと聞いている。私の権限で不当な判決は消去した。学園の君への推薦はまもなく受理されるだろう。君は問題なく、中等部へ進学できるはずだ」
呆然とした僕を置いて、アーサーが続ける。
「私の息子が迷惑をかけた。謝るのは私の方であって、君ではないよ」
願ってもない言葉だった。
というより、子供と親の振る舞いの差があまりにも大きく感じて、呆気に取られてしまった。
「しかし、『ルークを許して欲しい』とは驚いたな。ルークとは息子を殴ったという生徒のことだね? 報告書には「素行の悪い、手のつけられない不良」と書かれていたが……」
「誰がそんな……! ルークはそんな人じゃありません!」
「……はぁ。どうやら私の見た報告書にも、息子の手が加わっているようだね。すまないが、詳しい話を聞かせてくれないだろうか」
ブルートがルークの【剣】という才能に嫉妬していたこと、また、ルークを従えさせるために親友である僕を人質に取ろうとしたこと、僕の推薦取り消しはそのためにあったこと。
なぜルークがブルートに暴力を振るったのか。僕はその経緯を説明した。
「なるほど……それで君は友のために謝罪に来たというのか。久しく見ない、確かな友情だ。その勇気には敬意を払おう。が、しかしだね……許してやりたいのは山々だが……」
「僕の話を信じてくれるんですか?」
アーサーは椅子に深く腰を沈めながら、気怠そうに頬杖をついていた。
「ブルートの粗暴な振る舞いは今日に始まったことじゃない。何度叱りつけても、あれは言うことを聞かなくてね。……まったく。いい加減にヤンチャがワンパターンだ。知性を感じない。全然スマートじゃない。どうせヤンチャならもっとこう、国家転覆を目論むぐらいの度量というものを……と、今のはほんの例え話だが……」
会話の脱線を咳払いで戻しながら、アーサーは姿勢を正して座り直す。
「我が子に危害を加えられて微罪で済ましては、王族としての面目が立たない。こればかりは、誰かが責任を負わねばならないのだ。本来なら国外追放が通例だが、情状酌量を加味しても、退学は受け入れてもらわねばなるまい」
「なら、僕が引き受けます! 僕が何でもします! だからルークを許してあげてください!
「他者のために、ありもしない罪を背負うと?」
「はい!」
肘掛けに身を乗り出しながら、アーサーは訝しげな顔をする。
「君が助けようとしている、その……誰だったっけ?」
「ルークです!」
「そう! そのルークという人物は、それ程までに価値のある人物なのだろうか」
「そ、それはもちろん! ルークは凄いんです! 勇気もあって、学力もあって、剣術だって凄いし、おまけに【剣】のレアスキルまで持ってて……絶対に将来すごい存在になる人です! 恩を売っておいて損はないです! 少なくとも僕なんかより、よっぽど価値がありますよ!」
「なるほど。とても情熱的な意見だ。熱のこもった話は信じたくなる。しかしね、君。貴族に手を出した罪を背負って、この国でまともに暮らしていけると思っているのかい?」
「覚悟の上です」
「険しい道と知りつつも、自らを投げ打つか……。何が君をそこまでさせる?」
「ルークは僕の親友だから」
「……」
アーサーは目をつぶって、涼しげな風でも感じるみたいに小さく微笑んだ。
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