第012話
「どうした、ロゼ。なにか問題か?」
無精髭の男は、頬がコケていてどこか不衛生な感じがある。
使い込まれた鎧に、剣も装備してる。
僕が想像するやさぐれた冒険者のイメージにぴったりだ。
「おかえりなさいませ、レナード様。こちらは今日来ることになっていた新人の方です」
「ああ、今日だったか……」
レナードと呼ばれた男は、無言のまま僕のことをじっと見つめていた。
「あの、なにか……?」
「いや、なんでもない……。にしても小せぇやつが入ってきたもんだな。どう見たって子供じゃねぇか。使えんのか? こんなガキンチョ」
「アウセル様、こちらはレナード様、この会館の専属冒険者です。当ギルドの用心棒のようなお方です」
「よろしくお願いします……」
「まぁ、せいぜい頑張るこったな。わからねぇことがあったら、なんでも聞け」
「おい、レナード! 暇だったら倉庫から食材を運んでこい!」
食堂の方から大きな声が飛ぶ。
厨房を覗かせるカウンターには、コック帽を被った料理人らしき人がいた。
「あぁ? そんなもん俺の仕事じゃねぇよ!」
「いいからさっさと持ってこい! 朝飯、食わせねぇぞ!?」
「チッ……しょうがねぇなぁ」
不満げなレナードは、うなじを触りながら渋々と歩いていく。
「あちらの方は、料理長のサミー様です。ギルド会館の食堂は料理が美味しいと評判なんです。……私は、人間の食事の味はわからないのですが……」
ロゼは照れくさそうに頬を指で掻く。
「ラナック様はお部屋にいらっしゃると思います。この道をまっすぐ行って、突き当りを左に曲がると館長室がございます」
「ありがとうございます。ロゼさん」
ロゼは柔らかい笑みを浮かべ、優雅な態度を崩すことなくお辞儀した。
館長室に入ると、書斎に座っていた男性が明るい顔で立ち上がって、こちらに歩いてくる。
差し伸べられた手に応えると、男性は両手で僕の手を包むように握手してきた。
「ようこそ、冒険者ギルド会館へ。私はこの王都ルビエント支部の館長を務めるラナックだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
身長140センチの僕より小さい。
艶のある七三分けの黒髪、スーツに蝶ネクタイ。
ちょっと小太りで、見るからに裕福そうだ。
「君のことはアーサー様から聞いているよ。アーサー様のご子息を殴り飛ばしたことも、それが親友を庇うための偽りであることもね。ウェモンズのような名門の進学を蹴るなんて、友達のためだとわかっていても、簡単にできることじゃない。君のことは私も応援しているよ」
「あ、ありがとうございます」
「わからないことは周りの人に気軽に聞くといい。ここは気さくな人が多いから、心配はいらないよ」
◇
ギルド会館に務めるようになって1週間が経つ。
結論から言うと、この職場は想像以上に優良だった。
職員はみんな優しいし、困っていたら向こうから手を差し伸べてくれる人たちばかり。
世間的には貴族を殴った罪人のはずだけど、僕に偏見を向ける人は一人もいない。
それどころか、冒険者の中には、貴族に媚びなかったことを褒めてくれる人すらいる。
どうやらここでは、少し粗暴なくらいが好まれるらしい。
食堂のご飯は美味しいし、水場も完備されて、生活設備も整ってる。
職員用の部屋が一人一室ある点を加味すれば、もしかすると孤児院より良い環境かもしれない。
アーサー様は刑罰と称して、僕のためにこの居場所を用意してくれたんだろうな。
今ならそれがわかる。
「さて、集中……集中……」
職員用のロッカー室で細かい泡を生成する。
小さい泡はすぐに弾けて、その穴を埋めるように移動していくシュワシュワとした泡が、頑固な汚れの隙間まで入り込んで、浮き上がらせていく。
空間を埋め尽くすほどの泡を作れば、壁や天井の汚れも、泡を伝って下に落ちてくる。
数分して泡を消したら、後はモップで床を拭き取ってしまえば完了だ。
ありとあらゆる所まで、ピッカピカになる。
便利なのは、この泡は水ではなく僕の魔力で形成されているから、付着箇所が濡れるということがない。
書庫を泡だらけにしても本が濡れることはないし、武器庫の掃除をしても金属製の装備が錆びるということもない。
これが、僕が清掃員として雇われた理由。
試験に合格するために特訓して、苦し紛れに見つけた取り柄が、ここにきて役に立った。
「すごーい!! ピッカピカ!!」
「職場が綺麗だと、やる気が出るな!」
「ありがとう! アウセル君!」
「チビのくせになかなかやるじゃねぇか。この調子で全部綺麗にしてくれ」
みんなからの評価も上々。
貧弱なスキルだと思ってたけど、今は泡に感謝しないとね。
この泡がなかったら、多分ここにも就職できなかった。
捨てる神あれば拾う神ありってことだろうか。
ありがとう、泡。
「一階の掃除はほとんど終わった。問題なのは……」
厨房を見つめる。
料理人が忙しく動き回っているが、僕が気になるのはギトギトに光る魔力コンロや、魔力オーブンにこびりついた油だ。
ぜひとも一度、掃除をさせてもらいたいんだけど……。
「なにをボケっとしてる! 注文するのかしないのか、ハッキリしろ!」
「あの……」
「何度も言ってるが、厨房の掃除は必要ない! 仕事を探してるなら他を当たれ!」
僕の熱視線がそんなに鬱陶しかったのか、料理長のサミーに釘を刺されてしまった。
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