第008話
「先日の試験で君の支援を推薦することに決定していたのだが、残念ながら我が校の意見は王宮から却下されてしまった」
「ど、どうして……?」
「私にもわからない……こんなことは今までになかったことだ……。試験の報告書にも目を通したが、適正も実技にも申し分ない素養を感じることができる。しかし、王宮は『当生徒の有望性は認められない』と一点張りだ」
学園長は申し訳なさそうな表情で言う。
ここにいる全員が何一つ事態を飲み込めない状況だった。
「アウセルは必死に頑張ったんだぞ……それがどうして、そんなことになるんだよ!?」
「ルーク……」
「……これは私の勘だが。上層から何らかの圧力が掛けられているように思えてならない。……アウセル君、なにか心当たりはないかね? 例えば……どこかの貴族などから目をつけられるような言動をしたとか……」
「そ、そんなのないですよ! そんな勇気、僕には……」
勇気……そう、貴族に楯突くような態度なんて、よほど勇気のある人間にしかできないことだ。
ルークのような勇気ある人にしか……。
『後になって後悔しても遅いからな……ルーク』
「アウセル君、なにか心当たりでも?」
「あ、いや……ありません……なにも……」
脳裏にルークを睨みつけていたブルートの姿が浮かぶ。
ルークへの腹いせに、僕のほうへ嫌がらせをしている可能性もあるけど、証拠もないのに疑うのはさすがに失礼だと思った。
「このことは、ミネルには……」
「まだ誰にも話していない。知っているのは君たちとケイト先生だけだ。こちらとしては再度、君を推薦するつもりだが、原因がわからない以上、何度申請したところで却下されるだろう。一体なにが起きているのか、私の方からも調べておく」
僕らは園長室を後にし、鞄を取りに教室へ戻った。
みんなが帰宅した静かな教室は、余計に2人の気持ちを物悲しくさせる。
「納得いかねぇ……」
「……」
「こんなの、絶対にありえねぇだろ……なんでだよ……合格だって決まってたはずだのに……」
ルークは鞄の持ち手を強く握りしめる。
今朝になって目覚めて、やっと学生生活を楽しめると思ったのに、全部の嬉しさが糠喜びになった。
心にポッカリと穴が開いたみたいだ。
こんなとき、どんなことを考えればいいのかわからない。
言葉が見つからない。
「おやおや? 随分と落ち込んでいるみたいだな」
声のする方を見ると、取り巻きを従えたブルートがいた。
「いま一番会いたくない人」ランキングでは、堂々の第一位に輝いているかもしれない。
本当にこの人は、弱っている人間を見逃さない人だな。
「何か悲しいことでもあったのか? よかったら、相談に乗ろうか? 俺たち、友達だろ? クヒヒ……」
「お前と友達になった覚えはねぇよ」
「そんなこと言っていいのかぁ? もしかしたら、お前たちの悩みを俺だったら解決出来るかも知れないんだぞ? 俺から王宮に話せば、いくらでも推薦を貰えるしな」
「……」
ブルートは公爵家の長男。
やろうと思えば、推薦なんて腐るほど貰えるんだろうな。
雲の上の人からすれば、僕たちの一喜一憂がどれだけ滑稽に映るだろうか。
生まれた時から全てを持っている人が、正直羨ましい。
……だけど、妙だな。
僕の推薦が取り消されたことは、ルーク以外にはケイト先生と学園長しか知らないはず。
でもブルートは、まるで僕の推薦が取り消されたことを知っているかのような口ぶりだ。
当事者しか知りえないことを知っている。
試験を見守った先生たち以外に当事者がいるとしたら、それは……僕の推薦を取り消した犯人しかいない。
「それは嫌味か何かか? 俺たちを馬鹿にするために放課後まで残ってるなんて、暇な奴だな」
「そう
でも、ブルートが犯人だとして、どうして僕に嫌がらせをする必要があるんだ?
孤児一人を学園から追い出して、なんのメリットがある?
単なる余興か、気まぐれか?
それとも本当に、ルークに対する腹いせで、こんなことをしてるのか?
凄く疑わしいのに、確たる動機がわからない。
「これは冗談で言っているわけじゃないぞ? 俺ならそいつの推薦を今すぐにでも用意してやれる」
「ほ、本当か?」
「ただし、そのためには条件があるがな」
「条件……?」
狙っていた獲物を発見した悪童のように、貪欲な笑みがルークに向けられる。
もしかしてブルートは……最初からそれが目的で……。
「ルーク、お前が俺の配下に加わると言うなら、そいつの推薦を取ってきてやるぞ」
ブルートの執念さ、その用意周到さに寒気がした。
ルークには勇気がある。推薦を餌に直接脅しを掛けても、自分から学園を去ること選ぶだろう。
でもこれが他人のためなら、その勇気が裏目に出て、ルークは従ってしまう。
ブルートはルークを取り込むために僕を人質にしたかったんだ。
「俺の言うことには逆らわず、どんな命令にも従うんだ。そうすれば、アウセルをこの学園にいさせてやる」
「……わかった。それでアウセルが学園にいられるなら……」
ルークの言葉を遮るように、僕は腕を伸ばす。
「ルーク、その必要はないよ」
「で、でも……」
「僕の推薦を取り消したのは、多分ブルート様だ」
「……!?」
「おいおい、何を根拠にそんなことを……」
「僕の推薦が取り消されたことを知っているのは、僕とルークと先生たちしかいないはず。それなのにブルート様は、僕の推薦が取り消された前提で話をしている。当事者以外に知り得るのは、犯人ぐらいなものでしょう」
「た、確かに……俺たち、まだ推薦が取り消されたことは話してなかったぞ。どうしてそのことをお前が知っているだ!?」
「そ、それは……俺は貴族だから、その辺のことはよく聞こえてくるんだよ」
「クラスメイトの中にも高名な貴族の家系の人がいますが、みんな僕の合格を祝ってくれましたよ」
「くっ……」
「ブルート! お前!!」
「全部お前が悪いんだよ、ルーク! 孤児の分際で俺よりも優秀なスキルを獲得するからいけないんだ! 俺の指示に従わないなら、お前などいらない! お前の推薦も取り消してやる! ザマァみろ! バーカ!! ハッハッハッハッ!」
隠すつもりもなくなったブルートは、わざとらしく笑う。
動機の根底は、ルークが【剣】のスキルを獲得したことに対する
孤児に先を越されるのが、貴族としては許せないことだったんだろう。
でも、日頃から授業もサボりっぱなしで、自分はなんの努力もしていないくせに嫉妬するなんて、お門違いも甚だしいと思う。
「な、なんだよ……!! く、来るな! 来るんじゃな……」
「このクソ野郎が!」
「ルーク!?」
「グフェアッ!?」
無言で歩き始めたルーク。
異変に気づいた時には一歩遅かった。
止めようとした手も届かず、ルークはブルートを殴りつけてしまった。
後日。改めて学園長に呼び出されたルークには、退学処分が言い渡された。
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