第4話
対峙する牛若丸は、静かに、弁慶を見つめていた。
長いまつ毛は、索敵するために飛び出た目を、紫外線から守るためのものだが、京の夜でのそれは、ただの美しい曲線であった。キリンの特徴は、長い首でも、長い舌でもなく、長いまつ毛だ。
「夜間の無断行政執行。これまで、私がここに勤めてから犯したミスは九九九回。これだけの回数があればクビになれるやろ。免職になった私は、故郷に戻って、動物園づくりをはじめるんや。
とりあえずお金を貯めるために十年くらいは働くつもりが、今年、元号が令和に切り替わって、書類づくりとかちょっと難しくなってもたせいで、ちょっと計画が狂って三か月で達成してしまったのは不本意やけど、仕方ないわ。
牛若丸、いまここで千回目の、大きなミスを犯す私と! 無職になる私と! このまま奈良市まで行くで!」
仁王立ち弁慶の大演説がついにフィナーレを迎えたそのとき、園長が息を切らしながら追いついた。
「キリ若! 鞍馬で、天狗さんに、修行つけてもらったやろ! ほれ、やってくれ!」
牛若丸は、長く、深くまばたきをした。園長の声に反応したのだろう。
橋の上で、まるで、ここだと狭いな、と言わんばかりに躊躇した後、土手を下りて、鴨川のほとりまでトコトコ歩いて行った。
そして、ぐぐー、っと伸びをしたかと思うと、なんと器用に尻もちをついた。キリンよりも目を飛び出して呆気にとられる弁慶をよそに、次は膝を曲げ、前足をまるで手のようにそれに添えた。
「どうや、体育座りや。高さ制限、大丈夫やろ」
フラフラと牛若丸についていった弁慶は、何も言葉が出ず、とりあえず、横で同じく、体育座りをしてみた。対岸から見れば、鴨川沿いのカップルにも見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます