第2話

 月日は流れて、二〇一九年。この年は、牛若丸にとって、そして弁慶にとって、大きな人生の転換期であった。


 まず牛若丸は、ついに身長が二十メートルを超えてしまった。通常のキリンなら三、四メートル程度だというのに、あり得ない高さであったが、今度はそれも話題になった。


 ときに二十二歳、すでに高齢の域であったが、京都市動物園は引き続き牛若丸目当てのお客さんでにぎわっていた。


 一方弁慶は、大学を卒業して、前述の京都市市役所都市計画局都市企画部都市計画課についていた。牛若丸が十五メートルを超えたという数年前のニュースを見たときから、これだ! と「けいかく」を練り直した彼女は、希望通りの職を得ていた。


 二〇一九年のゴールデンウィーク前、弁慶は突然、園長室を訪ねてきた。


「京都市市役所です。景観条例はご存知ですよね?」


 二十メートル以上の建築物は違反、と突き付けてきたことに、園長は吹き出した。


「うちのキリ若は、建物じゃありませんよ」

「やれやれ。市民しんぶんくらい読んだ方がええと思いますよ?」


 弁慶の部内政治はすさまじく、就職から一か月未満で、すでに根回しは済んでいた。条例は改正されており、「キリンは建築物に類するものとみなす」と書き換えられていた。


 弁慶は、明日にでも牛若丸を園内から追い出せ、代わりに奈良に場所は用意してある、とにらんだ。


 長い、キリっとしたまつ毛は、キリンに似ていた。


 あまりに無理やりとはいえ、現状、条例違反と烙印を押されてしまっている以上、園長は悩んだ、そしてついに決断したが、しかし、弁慶の提案した、奈良というのがどうしても引っかかったので、極秘裏に、牛若丸は北の鞍馬に預けることにした。


 お客さんは悲しんだ。


 突然牛若丸がいなくなったので、問い合わせが殺到した。明確な回答がないため、様々な推測が生まれた。当然死亡説も流れた。しかし牛若丸を愛する人々は、いや、必ず生きている。今は東北にいるんだ。いや、モンゴルにわたったんだ、と好き勝手なことを言い始めていた。

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