第5話

 終わりは突然やってきた。


 一方的に降臨した聖典は、こっちの都合なんて気にすることなく、クリスマスの三日前、突然どこかへ消えてしまった。


 クリスマス商戦も目前に控えた有隣堂社員たちは、その後始末に奔走する羽目になった。


 なんの目的で聖典は降臨したのか。

 神さまは僕たちに何を伝えたかったのか。

 何もわからぬままに、全ては天に消えてしまった。


 集客を心配していたクリスマスフェアは無事に成功をおさめたのは不幸中の幸いだった。社員の皆は残業につぐ残業で、死相が出ていたが……。

 有隣堂伊勢佐木町本店の「聖域」は解除されつつある。

 神さまの力は一瞬では消えないらしく、まだその奇跡は今まだ残っている。が、その力は日に日に弱くなり、今では店内でカッターナイフっが使えるようになった。

 僕、ブッコローもめでたく「聖典の守護者」の任務を解かれ、ビルから出られるようになった。

 左目も無事に戻った。

 しかし、その代償なのだろうか、エリザベス杯は過去最大の惨敗だった。続く有馬記念も負け越し。

 ああ、神さまはなんて厳しんだ。

 そりゃあ、「聖典の守護者」としてのお役目はあまり果たせなかったかもしれない。でもさあ、少しは何か見返りを求めてもいいんじゃない。それが人情ってもんじゃない?

 神の奇跡を期待しつつ、僕は今、必死に次のレースの準備をしていることろだ。


「もう、ブッコローさん、またサボってますね。少しは手伝ってください。死ぬほど忙しいんですから」


 バックヤードで競馬新聞をにらんでいる所を、岡崎さんに見つかってしまった。


「僕は有隣堂の社員じゃないんですよ。神さまからお役目御免になったんだし、少しは楽させて下さいよ」 

「働かざる者、食うべからずです。はい、そこの段ボールを三階に運んでください」


 段ボールが山積みになっている台車を、岡崎さんが押し付けてくる。まったく、ミミズク使いが荒い人だよ。


「はあぁ、神も仏もいないんですかね、この世界には」

「神さまはいたじゃないですか。どこかに行っちゃいましたけど」

「……岡崎さんって意外とドライですよね」

「私は自分いいいことしか信じないことにしてるんです。ブッコローさん、それ運んだら、まだまだ他にも仕事はありますから」

「へいへい。軍資金を稼ぐために、働きますかね」


 クソ重たい台車を押しながら、ため息をはく。

 神さまがいるとわかっても世界は何も変わらなかった。少なくとも日本では、一カ月も経てば全てを忘れたのような日常が戻った。

 僕もYoutubeの配信者をしながら、有隣堂にこき使われる毎日が戻ってきた。

 これも全て神の思し召しってか?

 おかげさまでYoutubeチャンネルの登録者数は百万人を突破し、有隣堂の売り上げも好調のようだ。これが神さまのプレゼントなのかもしれないが、今一つ僕への還元率が低いのが不満だ。

 まあ、でも文句を言っても仕方ない。

 全ては神さまの手のひらの上なのだから。


 僕はブッコロー。

 「楽園の守護者」だったミミズクだ。


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楽園の守護者 叶和泉 @izumi124

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