第8話 はぐれ者

 右手に息を吐きかけながら、聖王宮への道のりを歩んでいると、薄暗がりの中に二つの人影が見える。


「レグルスさーん! おはようございます」


 大きく手を振るシルエット、そして声でわかった。

 カナリーとセリンの二人だ。


「おはよう――……ございます。お早いですね、カナリー様」


 うっかりいつもの調子で挨拶しそうになってしまい、慌てて軌道修正した。


 セリンに先日たしなめられたばかりだ。

 早朝とはいえ、二人のすぐ後ろには王宮へと繋がる橋がある。

 どこで兵士が見ているかわからない。


 と、機転を利かせたつもりだったのだが、カナリーは何が気に食わないのかムッと頬を膨らませる。


「……どうしてですか?」

「え? あの、カナリー様……?」


“どうして”とは、いったいどういうことだ?

 カナリーに対して何か選択を誤った覚えはない。


 困惑した俺は助けを求め、セリンへ視線を送る。

 しかしセリンは、やれやれと肩をすくめてみせただけだった。


「なるほど。セリンのお節介のせいですね」

「カナリー様やレグルスがいらぬ誹謗を受けないようにと、せめてもの心配りで馴れ合いを控えるよう忠告したまでです」


 二人のやりとりから推察すると、むしろカナリーは馴れ合いを好んでいた、と。

 それが不機嫌になった理由だとするなら、俺にとって好都合な要因になるかもしれない。


 つん、と顔をそむけるカナリーだったが、気にした風もなく放置するセリン。

 俺からすればカナリーの意外な表情も、二人にとってはいつもの日常なのだろう。


 大事なのは。

 そんな二人だけの気楽な関係性を、部外者でしかなかった俺の前で披露するくらいには信用を得られたということだ。

 やはり王宮での仕事が決まったことは大きい。


「こういうお人だ、気にするな。モアさんとはうまくやれているようだな。朝早くから仕事か?」

「モアさんからは、正直まだどう思われているかわかりません。でも精いっぱい働きます。お二人こそ早朝からご予定が?」

「まあ、日課の散歩のようなものだよ」

「散歩……ですか」


 それはまた、のんびりとした話で。

 大規模な戦争が起きそうだと宿屋の娘は言っていたが、結局デマだったのだろうか。


「……大丈夫なんですか? その、隣国との関係は」


 確認だけはしておこうと話題を振ってみると、セリンの瞳が薄くなる。


「……さすがに耳が早いな。傭兵仲間から聞いたのか? 言いたいことはわかるが、私は聖女付きの騎士なものでね。これが何よりも優先される仕事だ」


 別に散歩を咎めたつもりはなかったのだが、自嘲気味に呟いたセリンにも、現状に思うところがあるのかもしれない。

 けれど、じゃあ本当に獣人との関係は悪化しているということか。


「ああ、関連してジェイの件は助かったよ。適正は十分だった。彼にはさっそくだが、実戦形式の訓練で指揮の練度を高めてもらう」


 無事にジェイも王宮での雇用が決まったらしい。

 これで約束は守ったことになる。


 ただ……高給と安全を餌に誘った身としては、もしかするとすぐに戦争へ駆り出されるかもしれないジェイの不運に何とも言えない気持ちになる。


 指揮を執れる人材は貴重だろう。

 雑に消耗するような事態は避けるはずだが、それも状況によるのかな。

 もし戦争が激化すれば――。


 恨まないでくれよ。

 俺にだって想定外なんだから。


「それでは、またな。頑張れよ、レグルス」


 セリンと会話をしている間、カナリーはずっとふてた態度でそっぽを向いていたが、耳はそばだてているようだった。

 意外に子供っぽい一面があると知れたのは収穫だ。


 カナリーと接触できる機会は少なく、貴重な時間を無駄にするわけにはいかない。

 最適な言葉は何かと考え、遠ざかる背中に呼びかける。


「カナリー様!」


 立ち止まる二人を追いかけ、セリンの数歩先で振り返るカナリーのもとまで駆けつけた。

 首をかしげるカナリーへ、顔を寄せる。


「……忙しいのはわかってるが、よかったら庭園に顔を出してくれ。人目の殆どない場所がある。俺の息抜きがてら、話でも付き合ってくれると嬉しい。……もちろんセリンには内緒で」


 暗に、あんたは気の休まる相手なのだと伝えた。

 俺にとって特別な存在なのだと。


 すると、萎えていた花が開くように。

 みるみると表情に明るさを取り戻していくカナリーは実にわかりやすかった。


「……今、何を話した?」

「いえ、感謝の言葉をのべただけです。カナリー様やセリン様のおかげで、俺は立ち直るきっかけをもらえました」


 小声だったので本当に聞こえていないと思うが、たとえ聞かれていてもそれほどリスクがある行動だったとは考えない。


 セリンもカナリーの性格は熟知している。

 だからこそ昨日、言葉遣いについて釘を刺す場面でも“王宮内では”などと頭を付けたのだ。

 人目を避ける配慮をすれば、黙認してくれる可能性は高いと踏んだ。


 あらためて俺へ向き直ったカナリーは、何度も頷くと。


「――ええ……ええ。しかと聞き届けました。ではレグルス? 存分にお仕事へと邁進なさい」


 妙に似合わない、聖女然とした口調で。

 秘密の悪戯を共有する少女のように、カナリーは人懐っこく歯を見せて笑った。


 はじめて見る形の笑顔だった。


 ステップを踏むように背を向けるカナリー。

 彼女のローブがひるがえったとき、ふわりと花の香りが鼻孔から脳へと抜ける。


 二人が去っていくまで、その場に立ち尽くしていた。

 圧倒されたのだ。

 一瞬、胸が跳ねたのはたぶん気のせいなんかじゃない。


 あれがカナリーの本質なのだろうか。

 俺が思うよりもずっと奔放で。

 想像以上に、聖女という肩書きに対して抑圧を感じてるのかもしれない。


 口説こうとしてる側が、口説き落とされる。

 現実によくある話なのかもしれないが、俺の立場では笑い話にもならないな。


 最終的にあの笑顔を奪うのが俺の仕事だ。

 肝に銘じておけよ、レグルス。



◇◇◇



 早い時間帯から訪れた割には、またゆったりしたティータイムを経てようやく仕事がはじまった。

 仕事といっても、庭園内をモアと共に巡っては、彼の作業を眺めているだけだ。


 樹木の枝の剪定せんていや草刈り、花の植え替えなどモアは精力的に動く。

 一見すると、目についたところを手当たり次第に弄ってるようにも思うが、全体のバランスが大切なのだとぼそりと語っていた。


 その辺はセンスというやつなんだろう。

 先天的に、俺には備わっていない技能だ。




 果樹園の例のテーブルで軽く昼食を取ったあと、収穫した果物をせっせと編みカゴへ詰め込みはじめるモア。

 丸々と実った果実のみを選んでいるようで、俺もそれを真似てカゴを果実で満たしていく。


「……これは宮殿の夕食で使われる」

「運ぶんですか? なら俺が持っていきます。片腕でもそれくらい大丈夫です」

「重いぞ」


 何も仕事が無い状態を楽だなんて思えたのは最初だけだ。

 俺に気を遣っているのかもしれないが、作業を眺めるだけの時間は永遠にも感じられ、もはや苦痛を通り越している。


 それに王宮の内部も見ておきたい。

 間もなく夕暮れを迎える時分だから、運が良ければ礼拝帰りのカナリーと会えるだろう。

 会えないまでも、なんとか部屋さえ突き止められれば僥倖だ。


 モアが背負わせてくれたカゴはたしかにかなりの重量で、俺はふらつきながら庭園を歩いて裏口へと向かう。


「――おっ、来たね。そこ置いといて!」


 裏口から厨房と思しき大部屋へ入ると、すぐに威勢のいい声が飛んできた。


 煮立った大鍋の煙が充満する中、調理人らしき十数名が戦場さながらに走り回っている。

 いったい何人分の食事を準備してるのかわからないが、誰もが目前の作業に追われて必死な様子だ。


 これなら容易に忍び込めるかもしれない。

 調理前の野菜などが乗った木製の台へカゴを下ろし、何食わぬ顔で厨房を奥へ進む。


 慌てるな、平静に。

 さも当然のように横切れば、案外――。


「ちょっとアンタ! どこ行く気だい!?」


 なんて、考えが甘かった。

 脳内で様々な受け答えを想定しながら、恰幅のいい熟年の女をゆっくり振り返る。


「……セリン様に言伝がありまして。用事があれば直接たずねてくるようにとも言われておりましたので」

「セリン様って、あの聖女付きの騎士様?」

「ええ」


 片眉を釣りあげて、手を顎に。

 何か熟考するような姿勢を取る女。


「あんた、聖女様とも面識があんの?」

「面識……というか、その。おこがましいですが、良くして頂いてると思います。働き口の世話もして下さいました」


 どんな意図があっての質問だ。

 自分の発言が危うくないか吟味する余裕もなく、背中に冷たい汗が流れる。


「それならちょうどいい。ついでにこれ、ヨタ様に届けてくれるかい?」


 女が差し出してきたのは、皮袋いっぱいに詰め込まれた果物だった。

 先ほどモアと一緒に収穫したばかりのものだ。


「ヨタ――様に。わかりました。お預かりします」


 誰だ?

 疑問は当然湧き上がるが、せっかくの好機に聞き返したりはしない。


 女から袋を受け取り、真っ直ぐ厨房を奥へ通り抜ける。

 広い回廊に出ると、深く息を吐いた。


 思慮の浅い行動だったが、案外どうにかなるもんだ。

 待つだけじゃこうはいかなかった。

 洗練されていなくとも、積極的に動くことが大事だな。


「さて……」


 あまりじろじろ眺めるのはよくない。

 なるべく視線だけで周囲を見渡しつつ、回廊を歩む。


 夕食の時間も近いからなのか、思ったほど人を見かけなかった。

 兵や侍女らしき数名とすれ違っただけだ。


 一階は大部屋が多いようで、開け放たれた扉をさり気なく覗けば、でかい食堂や寝泊まりするベッドが置かれた部屋などが目についた。

 内装も簡素で、おそらく王宮の兵士や使用人が利用しているのだろう。


 ヨタなる人物が何者か不明だが、話の流れからすると聖女の一人だとは思う。

 だとすれば――。


 回廊をぐるりと巡り、王宮中央の階段の前で足を止めた。


「……上か」


 ブーツ越しに絨毯の質の違いを感じながら、階段をあがる。

 二階へたどり着いた直後に大きな声が聞こえて、とっさに壁の陰へ身を隠した。


「お急ぎくださいマヒワ様! ツティス様をお待たせしているのですよ!」


 ツティス。

 知る名前が出て、壁際からそっと半身をさらす。


 カナリーやツティスの着衣と同系統のローブを身につけた高齢の女が、まだ年若い侍女から叱責されていた。


 マヒワというあの女も聖女なのだろうか。

 しかし、それにしては……。


「え、ええ。最近は足が少し、ね。あなたにも迷惑をかけてごめんなさい」

「聖女というお立場でありながら、そのような弱音はどうかと! もっと毅然とした態度を願いたいものです!」


 やはりそうか。

 だが聖女に対して、おまえの暴言もどうなんだ。


 カナリーを相手に、セリンが時折みせる憎まれ口や茶化した視線とはものが違う。

 尊敬や愛は感じられない。

 見下すような目線も口調も冷淡そのものだ。


 侍女にせっつかれながら、マヒワという聖女は足を少し庇うようにして廊下の奥へと消えていく。

 なかなか衝撃的な光景だった。


 聖女は四人いるが、民衆の人気はツティスとカナリーで二分されている。

 世知辛い聖女の格差を目の当たりにして、心に暗幕が下りた気持ちになる。


 勝ち続ける者と、そうでない者。

 結局、どんな場所に身を置こうがその業から逃れることは出来ない。


 何が聖王宮。聖女だ。

 胸糞悪い。

 ここも……俺の居場所じゃない。


 無性に吐き捨てたくなった唾を飲み込んで、先へ進む。

 空中庭園のごとき豪華な憩いの場が右手に広がるも、一瞥しただけですぐに視界から外した。


 わかってる。

 感情的になり過ぎている。

 けれど目に映るすべてが空虚な紛い物に感じて、直視したくなかった。


「そこのお前、何をしている」


 回廊の向こうから声をかけてきたのは一般の兵ではなく、どう見ても騎士の装いをした男だ。


 素直にカナリーかセリン、もしくはヨタの名でも出そうか。

 ただそれらの部屋と見当違いの方向へ進んでいるのだとしたら、言い訳のしようもない。


 軽く舌打ちをして、目前の丁字を左に折れる。


「おい待て……!」


 どうせつまみ出されるなら、適当な部屋の一つでも確認してやろう。

 運が良ければ“当たり”を引けるかもしれない。


 男の足音が迫る中、目についた扉を開けて中へ飛び込んだ。

 後ろ手に閉めた扉を、息をひそめて振り返る。


 足音は扉のすぐ前にまでやってきたが、しばらく待っていたら段々と遠くなっていった。


「……だれ、アンタ?」

「っ!?」


 反射的に前を向く。

 部屋が薄暗くて、追われる緊張で人がいるとは気づかなかった。


 一目でわかる上等なローブがしわになるのも厭わず、仰向けでベッドに寝そべり大胆にも足を組む女。

 ローブの裾はめくれて、白い太もものみならず、ガーターベルトまで惜しげもなく晒していた。


 女はむくりと身を起こし、だが裾は直さずに鋭い眼光で睨みつけてくる。


「――チ。聞いてんだから答えろよ。アタシが誰だかわかってんの?」


 薄っすらと赤みがかった、ピンク色に近い髪は乱れ放題で。

 垂れ下がった前髪をうっとおしそうに女はかきあげた。


 格好から予想はつく。

 いや、でも、まさかという思いが強い。


「……厨房から、お預かりしたものをお持ちしました」

「おせーんだよ。……何してんの? ほら、早くここまで持って来いグズ」


 あまりにイメージとかけ離れた姿に、先ほどとはまた違った意味で驚愕する。


 しかし間違いない。

 こいつが聖女“ヨタ”か。

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