2022/03/08

「え、ハル? 何でここに?」


 ヒナタが仕事帰りに事故にあった。出先からの直帰で道に迷っていた時の不注意だった、地図アプリを見ながら歩いていて車に気づかなかったらしい。

 そわそわしながら受付を済ませて、急ぎ足にヒナタの病室に入って言われた第一声がこれだった。ヒナタはケロッとしているが頭に包帯を巻かれ、左腕は分厚い器具で固定されている。

「ヒナタの叔母さんから連絡もらったんだ、今日中には病院にいけないから代わりに行ってほしいって」

 あ~、流石に北海道じゃね……と、申し訳なさそうな顔をしてヒナタは呟いた。


「頭と腕やっちゃったの?」

 やはり大層な様になっている姿は嫌でも気になる。ついつい自分本位で聞いてしまった。

「頭はちょっと皮膚を切っただけ、左腕はヒビが入ってるからこんな感じになっちゃって」

「警察の人から聞いたんだけどさ、ぶつかった時すんごい吹っ飛んだらしいんだよね」

 う~ん、全然覚えてないけど、と怪我人は唸る。

「……ねぇ、最近ホントにヤバいよヒナタ」

 少なくともこんな不注意で危ない目に遭う人ではなかった筈だ。

「……だよねぇ、薄々自分でも何かおかしいなってぐらいは思ってる」


 二人とも俯き沈黙。壁掛け時計秒針が急かすようでうるさい。その沈黙を破ったのはヒナタだった。


「ここ大きい病院だし、その、診てもらおうと思う頭……外側だけじゃなくて、あー……中身の、方も……」

 歯切れの悪い応えに、分かったとだけ返事をする。ヒナタの傍にいて、こんなにも居心地の悪い空間は初めてだった。

「……今揃えられる入院に必要なもんは持ってきた、足りないのあったら言って、叔母さんに伝えとく」

 明日には持ってきてくれるって言ってたからと、鞄の中身を出す。後、これお見舞い替わりにもならないけどと、焼きチーズの干し物を差し出した。

「うわ、いいの?ありがと!」

 ヒナタの顔が明るくなる。あの日、実は帰り道で開けて食べてて、えらく気に入ってた。

「どうせならコッソリお酒も…」

 駄目に決まってんでしょと言いながら怪我人へデコピンをくれてやる。へへへ、すんませんとヒナタの顔がほころんだ。ちょっとは元気になってくれたみたいで良か


「初めて見た、こういうの!どこで売ってんのコレ?」


 冷えた手で内臓を鷲掴みにされる様な感覚。


「ハル?どしたの?」


 ヒナタを見ようとしても焦点が合わない。


「……ハル?」


 声が出ない。


 返ってこない反応に、聡いヒナタは全てを察した。

「あー……ごめん、頓珍漢なこと言ったっぽい、ね……」

 言ったことへの自信のなさの表れか、語尾が小さくなる。

「……今日はホントにありがと」

 ああ、うん、と鈍い返ししかできない。

「足りないもんはないと思うよ、うん、多分」

「わざわざハルを通さなくても、叔母さんにはこっちで連絡入れるから」

「ホント、本当に助かったよ……それにほら、ハルも明日仕事でしょ?だから、さ、」


 部屋に響く秒針がまた急かしてくる。要が済んだら、早く出ていけと言われているみたいで。


「それに頼り過ぎるのもなんか、ね……」


 この言葉がトドメになった。


「じゃあ、今日はもう帰るわ……気ぃ向いたら連絡して」

 何とか絞り出した気遣い。返事も聞かずに扉へ向かう。もうこの部屋に居たくなかった。

 ヒナタが何か言った。「またね」なのか、「じゃあね」なのか、「ごめんね」なのか。それを聞き返すことなく、振り返らずに片手を挙げて病室を出る。


 もう一度、頼ってくれなんていう気にはなれなかった。

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