2022/02/01

「本当に申し訳ございません!!」


 時刻は6時を半分過ぎた頃。関内駅北口改札を出て直ぐにこちらを見つけ、目の前に飛び込んできたヒナタの第一声だった。

 昨日の晩、関内近くの映画館で自分の好きな古い映画のリバイバル上映があると知って、観に行こうとヒナタを誘った。そして目の前のコイツは、その約束を自宅に帰ってLINEに入った連絡を見るまですっかり忘れていたのだ。


 ……まぁ、昨日の夜いきなり誘って、明日も仕事があるというのに話に乗ってくれただけでも、非常に有難いことであるのは変わりない。ぶっちゃけ観ようとしていた映画だってカップルで見るには、キツめの話だったし。でも、それにしてもだ。

「最近忘れもんとか酷いけど、大丈夫?」

 やっぱまだ……とか言いかけそうになったが、その場で何とか飲み込む。

「うぅ、大丈夫です……多分たるんでるだけです……」

 今までデートの約束を一度もすっぽかしたことがなかったからか、ヒナタは相当落ち込んでる。

「まぁ、あんまりへこまないでよ、今週の金曜にも同じのやってるから……もし良かったら、その日に観に行こうよ」

 ヒナタは分かったとは応えるが、まだしょんぼり顔。うーん、このまま帰すのもなぁ……じゃあこうしよう。

「それに今になってみたら、どっちかというと映画より焼肉が食べたい気分かなぁ」

 ヒナタはどう?とダメ押しにはにかみながら聞く。

「ハ、ハル様ぁ~……今日は何でも奢らせていただきます!」

「ふははは、苦しゅうないぞ~」

 そうと決まれば早速駅から歩き出す。店はどうしようか? あ、前に先輩から聞いた福富町の焼肉屋にでも試しに行ってみよう。確かポッサムが美味しいんだとか。


 そんな思考を巡らせている間にアーケード街に入り、この前お使いを頼まれた本屋の前に差し掛る。それと同時に、明日にでも買おうと思っていた雑誌の事を思い出した。

「あ、ちょっと寄ってってもいい?」

 ヒナタから二つ返事で了承を貰ったので店内へ。閉店時間まで、後1時間ちょい。店内の客は自分たちを入れて両手に収まる程度の人数だった。

 一緒に入ったヒナタはというと、レジに近い棚に平積みで置いてある小さなキーチェーン付きのぬいぐるみを眺めている。

「それ、ブッコローって有隣堂のYouTubeのキャラ」

 ぶっこ……? ヒナタは首をかしげる。BookとOwlでブッコローと説明、別に物騒な名前ではないと伝えておいた。

「ほぇ~、知らない……てかこの本屋YouTubeやってたんだ」

「知ったの最近だけど結構面白いよ、本屋らしく作家さんのインタビューとかもあるし」

 ヒナタは訝しげにブッコローをつまんで持ち上げる。

「これブスってか、何か怖……目ん玉飛び出してるし」

 そう? 可愛くない? と言ってみたが、苦笑いで返された。とりあえず目当ての雑誌取ってくるわ、とヒナタに告げる。雑誌を抱えて戻ってきても、ヒナタはまだブッコローとにらめっこをしていた。

「欲しい?だったら一緒に買うけど」

「いや、いらんかな……あ、このおつまみ面白そう」

 これ一緒にお会計してきてと、差し出されたのは焼きチーズの干し物。本屋のマスコットキャラクターは、本屋で売ってる食品に魅力で負けたようだった。




「これ、さっきの本屋のYouTube」

 空の金属のカップを置いて、ヒナタの前に自分のスマホを差し出す。なにこれ? と首をかしげるもすぐに思い出し、

「あ~!さっきの鳥の!……なんだっけ?」

「ブッコロー」

 そうだ! ブッコロー! と頷くヒナタ。にらめっこしてた割には、そんなに興味ないらしい。哀れ、チャンネル登録者10万人以上のミミズク。

 ガラスペン、プロレス雑誌、変な文具……あ、ウマい干し物とかあるんだ、へぇ~と呟き、マッコリを片手に画面をスクロールするヒナタ。行儀悪いぞ。

「さっき買ったチーズもその動画に載ってるよ」

 チーズぅ……?と言いながら、ヒナタは血色の良くなった顔で視線をさ迷わせる。この酔っ払いめ、もう記憶飛ばしてやがる。鞄に入れたままだった、焼きチーズの干し物を差し出す。

「あ!ごめんごめん忘れてた!いくらだっけ?」

「いいよ、こんくらい出すから……だいぶ酔ってきてるみたいだし、今日はこのくらいにしとこ」

 まだ飲みたいと駄々をこねる相手に、明日も仕事でしょ今日はおしまいなどと母親のようなお小言を告げてみる。それでもヒナタはちょっと不満げだ。


「……金曜に、またここに食べに来ない?」

 それならと悪い笑みで誘ってみる。

「週二で焼肉?贅沢ゥ~」

 誘いを持ちかけた相手はカラカラと笑う。好感触みたいだ。また金曜ねと言って、ヒナタはカップの中の酒を一気に流し込んだ。

 帰る支度を始め、財布を除きながらヒナタは「じゃあ割り勘でいいかな?」と言ってきた。ホント調子いいやつだな! ま、素寒貧にさせるわけにもいかんよねと思い、自分も「はいよ」と二つ返事で返した。

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