立つ鳥よ
コウモリ障子
2021/11/16
「墨のペンは……これでいいかな」
商品棚に掛けられたペン。一番高いやつと一番安いやつの中間の値段のものを選ぶ。頼まれてたやつはこれで全部かな。必要なもんが同じ階にあってよかった、探すのに手間取らずに済む。
会計をして階段を下る。踊り場の壁には、この前動画で見たデカい鳥のパペットのポスターが貼ってあった。そういえば漫画の新刊出てたっけと思ったが、地下にあるコミックコーナーへの階段へは降りなかった。漫画はまた今度、このお使いを頼んだ奴と来ればいい。
アーケード街にある明治に建てられた大きめの書店を出て、自宅に向かわず関内駅へ。横浜から東横へ乗り換えて東白楽に着く。歩いて十分もすればそいつの住むアパートだ。外付けの階段を上がって、二階の一番奥にあるインターホンを押せば、ちょっと疲れた顔のお使いの依頼人……ヒナタが出てきた。
「え、ハル? 何で家に?」
「なんでも何もお前にお使い頼まれたからでしょうが」
コレ頼まれてたのと、袋を差し出す。渡された袋の中身を確認すれば「あ……」と、ヒナタは思い出した顔をした。
「わざわざ届けにここまで?」
確かに貰ったメッセージには『買ったものは明日の朝に駅で渡して』と書いてあったけども。
「朝バタバタすんのも大変でしょ、駅で渡すより今届けた方がいいと思って」
「そっか……ごめん、ありがとう」
「そうそう感謝なさい、感謝ついでに今度奢りなさい」
ヒナタの八の字になった眉が少し緩み、細められた目でハイハイと笑って返された。
「……頼んだことド忘れするぐらい疲れてんなら、今日はサッサと休みなよ」
明日の準備は殆どヒナタの叔母さん達がやってくれているらしいが、今日知らされてこのバタバタ具合だ。心身ともに疲れているに決まっている。それにヒナタの目元が少し腫れてるのも、このお節介を言わせる要因の一つだ。
「大丈夫、もう後は自分の分の最終確認して晩ご飯食べてお風呂入って寝るだけだから」
「えっ」
まだ食べてなかったのか、もう八時近いというのに。なんか買ってこようかと聞けばヒナタは慌てて手を振り、そこまでしなくて平気!と応える。
「ご飯は仕事帰りにコンビニで買ったし……」
「それに頼り過ぎるのもなんか、ね……」
伏し目がちにヒナタが呟く、しかも申し訳なさそうな顔のオマケ付き。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。よし、ここ一肌脱ぎますか。
「何言ってんの、こういう時こそ頼んなさい! 甘えなさいよ!」
「だって、お、お付、き合いして……ん、だか、ら……」
改めて、口に出すと結構恥ずかしいもんで最後の方なんか尻すぼみになってしまった。滅茶苦茶かっこ悪ぅ。……あ、吹き出したなこんにゃろーめ。
「あははは! 自分で言って恥ずかしくなってちゃ世話ないなぁ! お付き合いて……んふふふ」
人の事を散々と笑った後、ヒナタはふぅっと息を吐く。幾ばくかスッキリした顔がそこにはあった。
「じゃ、色々終わったら遠慮なく甘えますよ」
「別に今でもいいんだけど?」
「二、三週間はホントにバタバタしてるから無理」
ぴしゃりと言われる。それならばしょうがない。別に自分が今ヒナタ不足で甘えたいわけでは決してない。そう、決して。それに……と、ヒナタが口を開く。
「独りの時間もちょっと欲しいし……」
うん、分かったと言って、聞き分けの良い恋人を演じる。そして続け様にじゃあもう帰るわと言いながら、アパートの階段の方へ体を向ける。
「必要ならLINEでもツイッターのDMでも何か寄こしてよ」
首から上はヒナタの顔を見ながら、右手に持ったスマホを振る仕草をする。何か、いかがわしいそのテのサービスみたいな言いぐさだぁ、という声は聞かなかったことにしてやろう。
「……今日はホントにありがと」
「はい、どういたしまして」
ヒナタの方へ向き直ってお辞儀。改めて、そんじゃと告げてヒナタの部屋を後する。
一度だけ振り返って、玄関で手を振るヒナタに手を振り返した。サッサと部屋に戻ればいいのに。帰る姿が見えなくなるまで部屋に入らないんだろうな。
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