第50話 希望を繋いで①

 

 クレス歴九六五年。

 オフェリアが不老になってから百十五年が経った今日、ついに解呪を試みるときがやってきた。

 場所は魔塔グランジュールから遠く離れた郊外の森奥地。老朽化により、今は使われていない教会の建物の中で解呪の魔法を使うことになっている。

 祭壇や椅子は新しい教会に移動され、この残された教会の礼拝堂内部はただの大きい白い箱のようだ。立派なステンドグラスからは満月の光が差し込み、巨大な魔法陣が描かれた床を虹色で揺らめかせている。

 その魔法陣を囲むように補助の魔道具や水晶が置かれ、活躍の出番を待っていた。

 いよいよ切望した解呪のときが来たときがきたと、本来なら高揚と緊張に満たされるはずなのだが――



(やっぱり、この方法を用いるのね)



 魔法陣の上で、ユーグと解呪方法の最終確認をしたオフェリアは軽く眉をひそめた。

 選ばれた魔力の譲渡方法はやはり口付けだった。

 理論的にも様々な文献を確認しても、口付けを超える効率の良い方法が見つからなかったのだから当然だ。他の方法では、解呪が難しいそうなのも検証でハッキリと出ている。

 キスは好きな人とするもの――と思っていたオフェリアにとって、自分はともかく、ユーグに不本意なことをさせてしまうことに申し訳なさが生まれる。


 ユーグはたくさんの女性から秋波を送られている。

 数年前のように魔塔に押しかけてくるような熱気は落ち着いたものの、彼の研究室の書類ボックスには大量の招待状が押し込まれているのを知っていた。その隣の箱には、招待を断る定型文が書かれた返信用のカードも大量に用意されていて……。

 ユーグは、自分が拾われた目的を達成しようとした結果、女性の好意をすべて無視し、青春時代をすべて師匠に捧げてしまっていた。



『ユーグ様は遠慮して、誰のお誘いにも応えられないのよ』



 いつだかのアリアーヌの言葉が思い出される。

 ユーグから女性の気配を一度も感じたことがないのは、自分が障害になっているからだろう。アリアーヌを否定できないのが、悔しい。



「ユーグは、キスって初めて?」

「そうですが、何かありましたか?」

「やっぱり口付けしないと駄目なのよね?」



 思わず意味もない確認をしてしまう。



「オフェリアは、俺とするのが嫌ですか?」



 ユーグが眉を下げ、不安げにオフェリアの顔を覗き込んだ。



「嫌ではないわ。むしろユーグが相手で良かったと思っている。ただ……ごめんね。ユーグの青春の時間を奪っておいて、恋人でもない人とファーストキスなんて申し訳なくて。しかも解呪ってロマンチックでもないシチュエーションで、なんだか強制的で……無理させるわね」



 この解呪の魔法はユーグが研究を積み重ね、他の魔術師も協力して得られた努力の結晶だ。今さら口付けを拒否することはないが、本来は恋人に捧げるはずの唇を自分が奪ってしまうことを謝っておく。

 すると、軽く俯いてしまったオフェリアを見上げるように、ユーグが片膝をついた。覚悟を宿したように真剣味を瞳に帯びさせ、大きくなった手で力強くオフェリアの両手を包み込む。



「では、僕の恋人になっていただけませんか?」

「え?」

「愛しています。この世の誰よりも、僕はオフェリアを愛しています」



 言い淀むことなく、強い意志を宿した声色でユーグは告げた。

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