第44話 宝物の守り方②

 

 《は、早くこの老いぼれを倒しなさいよ――ブツッ》



 これくらいで十分だろう――とユーグがゴーレムへの魔力供給を切ると、応接間は沈黙に支配された。

 ロロット子爵は時間が止まったように唖然とゴーレムを見つめ、アリアーヌは顔色を悪くして膝の上で手を震わせていた。



「僕の見解では、アリアーヌ様は差し入れの話題も出さずにお師匠様を侮辱した上に、先に攻撃するよう命じていたように聞こえたのですが……しかも剣を抜くという、命を奪いかねないような厳しい方法。これでもお師匠様に責任を問いますか?」



 問われたロロット子爵は、強張っている顔をぎこちなく横に振る。

 ユーグは「理解していただけたのなら、どうぞこちらを」と告げながら、書類を差し出した。

 覚束ない手つきで受け取ったロロット子爵は文面を確認して、愕然とした表情を浮かべる。



「今後、魔塔はロロット家からの新規依頼を一切受け付けない? 現在している魔法支援も打ち切り……他の魔塔にも通達する、だって?」



 一介の魔術師と揉め事を起こしただけで……信じられない。そうロロット子爵家は思っているのだろう。ユーグに抗議の視線を送る。

 そうやってまだオフェリアを軽んじているところが腹立たしい。ユーグは不満を隠すことなく表情を消し、凍えるような冷たく鋭い眼差しを向けた。



「魔当主のサインが入っているから、嘘ではありませんよ。アリアーヌ様は、それだけのことをしたのですから」

「オフェリア殿は、魔塔グランジュールにとって重要な魔術師だと? だって彼女は正研究員ではないのに」

「内容は機密に関わるのでお伝え出来ませんが、お師匠様は魔塔主も参加している重要な研究に協力する関係者なのです。若い容姿をしているのも、研究と関りがあってのこと。大陸……世界中探しても、お師匠様の代わりはいません。アリアーヌ様は、魔塔グランジュールが必死になって取り組んでいる研究をぶち壊そうとしました。僕だけでなく、魔塔主も大変お怒りです」



 魔塔の魔術師は仲間意識が高く、正研究員たちは人格者の魔塔主ブリスに絶大な信頼を寄せている者が多い。ブリスが敵とみなせば、それは魔塔全体の敵となる。

 記録した音声をブリスに聞かせれば、彼はすぐにロロット家宛に一筆したため、全面的にユーグの味方になると約束してくれた。

 なにせオフェリアは、五十年前ブリスが個人的に世話になった恩人。ただ恩人自身オフェリアは、それを覚えていないらしいが……。

 パサリと、ロロット子爵の手から紙が滑り落ちた。



「――そんなっ」



 ロロット子爵領は、数年前から運河を利用した貿易に力を入れていた。貿易は順調で、ロロット子爵家は今勢いのある貴族のひとつ。

 ただその運河は人工のもので、魔道具なしでは水が引けない川。その魔道具を製造し、提供したのが魔塔グランジュールだった。メンテナンスも、魔力の補充も魔塔に頼っている状態。特殊な魔道具のため、外部の魔術師では扱えない仕様になっている。

 魔道具の開発にはユーグも関与していて、つい半年前に導入した最新型は彼の魔法陣技術が重要な部品に使われていた。ここでユーグが技術提供を拒絶したり、書面通り魔塔主ブリスの指示通り魔塔が完全に手を引いてしまったら、ロロット領の運河は干上がり、貿易は続けられなくなるだろう。

 投資した資金はまだ回収しきれていないし、魔塔への支払いも残っている。自然とロロット子爵家の行く末はおのずと決まっていて……。



「ユーグ殿……申し訳ない! こちらが全面的に悪かった。娘をロロット家から除籍し、修道院に送ります。我が家から支援もしませんし、アリアーヌを二度と魔塔にも関わらせません。だからどうか、魔塔主に命令の撤回をお願いするべく、魔塔主と引きわせてくれないか!?」

「お父様! わたくしを見捨てるというのですか!?」



 アリアーヌが父親の腕に縋ろうとするが、強く振り払われる。

 蒼白だったロロット子爵の顔は怒気で赤くなり、娘を拒絶した腕を小刻みに震わせた。



「お前は何をしでかしたのか自覚はないのか!? よくも、よくも家門に泥を塗ったな! このままではロロット家は没落する。すべてを失うのだ……お前の様な馬鹿は娘ではない。破門だ!」

「そ、そんな……ご……ごめんさい! 謝りますから、どうか許して! 知らなかったの。悪気はなかったの……わたくしはユーグ様のことを想って動いただけで!」

「ではどうして私にまで嘘をついて騙したのだ! 悪いことをした自覚があったから隠そうとしたんだろう! 他人を思ってなど、また私に嘘を――」



 ロロット親子は、ユーグが同席していることも忘れて言い争いを始めた。

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