第43話 宝物の守り方①

 

「やっぱり、間に合わなかったか」



 息を切らしながらユーグは、数分前までオフェリアとアリアーヌが争っていたと思われる現場で呟いた。

 過保護なユーグは、実はオフェリアに内緒で監視ゴーレムを付けていた。居場所と音声だけを一方的に受信できるネズミ型ゴーレムで、オフェリアが魔塔を訪れ、家に帰るときのみ使っている。

 ユーグ自身がオフェリアを家まで送れないので、いわば代行者的な扱い。

 オフェリアに知られてしまうと「過保護すぎなのよ!」と怒られそうだし、ゴーレム自体に護衛機能はないため秘密にしていた。

 そう、保険のつもりでつけていただけなのだが……ユーグは現場を眺め、逡巡する。



(今すぐ家まで帰ってオフェリアを慰め、甘やかしたいけれど……きっとオフェリアはそれを望まないだろうな。彼女が放ってほしいと望むのなら、僕は我慢するべきだろう。だとしても……このまま黙ってもいられないけれど)



 ユーグがアリアーヌと言葉を交わしたのは二回だけ。一度目はロロット子爵家の依頼を受け、先輩魔術師のサポートをすると軽く自己紹介をしたとき。二度目は忘れ物を取りに家に向かおうとして、絡まれてしまったがために、ロビーでお茶会のお誘いを丁重に断ったとき。

 いずれもアリアーヌを特別扱いしたことはなく、何度も送られてくる招待状を断る理由にオフェリアの名を出したことも一切ない。

 ユーグ以外のエリート魔術師にも押しかけてくるファンは一定数いるため、魔塔の受付職員に任せていれば、同じように諦めて離れていくと想定していたのに……。



(アリアーヌ様があそこまで短慮で愚かだとは思わなかった。勝手に僕の気持ちを分かっている気になり、正義の味方面してオフェリアを侮辱するなんて……さぁ、どうしてあげましょうか)



 オフェリアは、尊敬の念が絶えたことがない一流の魔術師。物理的な怪我はないだろう。

 ただ、この世で最も大切な存在に手を出されて見ぬふりができるほどユーグは寛容ではない。むしろオフェリアに関すること限定で、狭量だという自覚がある。オフェリアが涙を流しているところを想像しただけで、敵への殺意が湧いてくるほどに。

 まぁ、実際に殺すようなことも、再起ができないくらい痛めつけるような生臭いことはするつもりはない。オフェリアが知ったら悲しむだろうから……という理由だけれど。



「待っていてくださいね。害虫は僕がきちんと駆除しますから」



 表情を消したユーグは、自分の女神が最も心穏やかに受け入れられる結果を模索しながら魔塔へ踵を返した。




 ***




 その晩。ユーグはロロット子爵家の屋敷に足を運んでいた。

 魔塔に戻るなり、オフェリア宛とは別にロロット家宛に面会を希望する手紙を出した。「できるだけ早くお会いし、お話したいことがございます」と。するとロロット家から「こちらも話がある。すぐに屋敷に来い」と命令染みた返答があったのだ。


 そして今、応接間でユーグは怒りを滲ませたロロット子爵に睨まれている。子爵の隣では娘アリアーヌが目元を赤くして、不安げな顔で父親を見上げていた。

 ロロット子爵はいかにも優しい父親と言った様子でアリアーヌの背に手を添えてから、口を開く。



「今夜はなんの用で来たのか、先に聞かせてもらおう」

「アリアーヌ様の問題行動について、当主であるロロット子爵にきちんと責任を取っていただきたいと」

「――は? 問題を起こしたのは、貴様の師匠だろう!」

「お父様! きっとユーグ様は師匠であるオフェリア様に都合の良いことだけ聞かされているのですわ。ユーグ様を怒らないで」



 アリアーヌは腰を浮かそうとしたロロット子爵の腕を掴み、ユーグを庇う健気な態度を示す。子爵も「酷いことをされたのに庇うなんて、お前は優しいな」と言って、眉を下げた。

 互いに慈しみ合い、信用している姿はなんとも理想的な親子だ。

 ユーグは冷めた目で眺めながら「僕のお師匠様が何をしたというのでしょう?」と話を促した。



「ユーグ殿に差し入れを渡してほしいと娘がお願いしたところ、それだけでオフェリア殿は怒り、護衛騎士に怪我までさせるという無礼を働いたそうじゃないか。帰宅したアリアーヌのドレスは汚れ、護衛騎士は満身創痍の状態。責任を取っていただきたいのは、こちらの方だ」

「きっとオフェリア様は、ユーグ様を他の人に取られたくないのですわ。だって魔法で容姿を若く見せて、気を引こうとしているくらいなんですもの……今回のことも、ユーグ様に嫌われないよう……わたくしを遠ざけるように伝えたのですわ」

「ユーグ殿は、オフェリア殿に騙されている上に尻拭いまで……ということか! それは酷い。ユーグ殿、オフェリア殿との関係を見直すべきではないか?」

「お悩みでしたら、わたくしたちロロット家が相談に乗りますわ」



 アリアーヌは目を潤ませ健気な令嬢に徹し、ロロット子爵はひたすら娘の話を鵜呑みにして、勝手にオフェリアを悪女に仕立てていく。

 そしていかにもユーグの味方はアリアーヌ自身だと言わんばかりの態度で……

 アリアーヌは反省をしないどころか、さらにオフェリアを害そうとしていた。

 虫唾が走る。

 だがユーグはあえて微笑み、道化を演じる。



「おかしいですね。僕が聞いた話と、アリアーヌ様の話には大きな隔たりがあるようです。どうしてでしょうか。不思議でしかたりません」

「ですから、オフェリア様がユーグ様に嘘を吹き込んだのですわ」

「それはありえません。だってお師匠様からではなく、僕はこれで聞いたのですから」



 ユーグはポケットからネズミ型のゴーレムを取り出し、テーブルの中央に置いた。本物のネズミの剥製を被せたゴーレムに、アリアーヌは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

 ただロロット子爵だけは瞠目し、前のめりになる。



「これは、以前我が領地で問題になっていた裏組織の尾行と盗聴に使っていた……?」

「覚えてくださっているようで良かったです。そのゴーレムに改良を加え、音声の記録もできるようにしてあります。まずはお聞きください」



 ユーグはゴーレムに触れて魔力を注いだ。するとゴーレムから女性ふたりの会話が流れ始めた。

 応接間には、アリアーヌがオフェリアを一方的に罵る声が響いたのだった。

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