第41話 不安定な距離感⑤

 

 アリアーヌは道端に止めた馬車に乗ったまま、扉を開けてオフェリアを見下ろしている。表情からは苛立ちが読み取れ、眼差しは鋭い。

 馬車とオフェリアの間には屈強な護衛騎士が立っており、彼らは「従え」という威圧を向けている。



(しっかり顔を覚えられていたようね。それはお互い様だけど……相手は一応お貴族様。鼻から無礼な態度はとれないわね)



 面倒な雰囲気を感じつつ、無視してユーグに飛び火させるわけにはいかない。相手の不機嫌さには気付かないふりをして、驚きの表情を浮かべてみせる。



「まぁ、貴族のお嬢様に呼び止められるなんて! ユーグではなく師匠の私に何かございましたか?」

「ユーグ様を解放して、離れなさい」

「え?」



 想像もしていなかった要求に、オフェリアは素で驚きの表情になる。

 予想では、オフェリアを通してユーグに近づくなり、お茶会の機会を設けるよう望んでくるともの考えていた。もちろんユーグの意思を尊重して、協力するか拒否するか相談するつもりだったのだが……まさか最初から排除論を持ち出されるとは。



「どうせうばのくせに幻覚魔法で若者の皮を被り、ユーグ様を惑わせようとしているのでしょう? 調べたけれど、ユーグ様の家に転がり込んでいるのですって? それに飽き足らず今日も師匠の立場を利用し、魔塔の中まで押しかけてまで一緒にいようとするなんて、なんて卑しいのでしょう。ユーグ様は我慢なさっているに違いないわ。恥を知りなさい!」



 若者の皮は不老という呪いのせいで、惑わせるつもりはない。

 家も転がり込んだのではなく、ユーグから誘われたから一緒に住んでいる。

 魔塔の中には入れたのは、オフェリアが正当な手段を踏んで事前に申請書を提出し、今回は魔塔主直々に許してもらえたからだ。個人的な理由で訪問の許可はおりないことは、アリアーヌ自身が体験しているはずなのだが……どこから突っ込んだら良いのか。


 不老について到底打ち明けられなさそうな相手への説明に戸惑い、オフェリアは顔を顰めた。

 それを、自分の指摘が図星でオフェリアが困惑したと思ったアリアーヌは、得意げかつ蔑むような笑みを浮かべる。



「言い訳もできないなんて! 確かにオフェリア様の今のお顔は美しいわ。見たところ化粧すらしていない。それは褒めて差し上げようかしら。化粧までして惑わそうとしていたら、さすがに気持ち悪いですもの。まぁ、その若き頃の美しい容姿に執着する気持ちも分からなくなくってよ。でも所詮は幻覚魔法で作り上げた偽りの容姿。老いから逃げて、若さにしがみつくのはいい加減にしないと見苦しくて仕方ありませんわ。年相応の姿を心掛けるべきね!」



 オフェリアが否定の声をあげないことを良いことに、アリアーヌの饒舌は続いていく。

 賑わう街道から少し外れているため、馬車の存在を気に留めることなく通り過ぎる。

 くどくどと、いくら待ってもアリアーヌの言葉は止まる気配がない。



「オフェリア様の本当の年齢なんて分からないけれど、実年齢を考えた行動をしてほしいわ。ほら、早く幻覚魔法を解きなさいよ。こんなにしっかり忠告しているのに、まだ若い顔のままでいようだなんて、まさに厚顔無恥。早く老いを受け入れなさいよ。幻覚魔法を使うにしても、もっと実年齢に寄せるべきじゃない? あえてユーグ様と同世代に合わせるなんて、こわーい。それとも若い顔の方でいると都合が良いことが多いのかしら? それこそ愚かよね。いくらが我が若くても、中身が醜い姥なんて誰も――あら、泣かせてしまった? ふふ」

「――え?」



 指摘され、驚いたオフェリアは恐る恐る指先で目元に触れた。そこは、しっかりと涙で濡れていた。


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