第34話 選択した進路③
クレス歴九百六十年。
二十歳になったユーグは、ついにルシアス魔法学園の卒業式の日を迎えていた。
歴史あるホールの一階には卒業生が、二階の観覧席には保護者や師匠にあたる魔術師が集まっていた。
オフェリアは二階から、壇上で卒業証書を受け取るユーグを見つめる。
ユーグは五年間首席を守り通し、見事卒業生代表として壇上に上がった。早くも魔塔グランジュールのローブを着た姿は堂々としていて風格があり、すっかり一人前の魔術師そのもの。
答辞で述べられた言葉はありきたりな定型文だったのに、耳を傾けていた卒業生はみな誇らしげにユーグを見つめていた。
卒業式が終わってホールでの歓談の時間になるなり多くの生徒に囲まれた姿が見られたことから、ユーグはしっかり人脈も人望も集めたようだ。
「私が、二十歳のときとは比べ物にならないくらい立派ね」
「えぇ、ユーグ君は素晴らしい魔術師になりました」
小さな独り言に返事があるとは思っていなかったオフェリアは、声がした横に顔を向けた。
先程まで別の保護者が座っていた隣の席に、男性魔術師が座る。上質な生地で仕立てられたローブに、胸にはルシアス学園の教師を示すバッチが付いていた。
彼の顔は目尻の皺が増えて、オフェリアの記憶よりずっと年を重ねていたが、少し気難しそうな顔立ちは見間違えるはずがない。
「クラークさん、久しぶり。十五年ぶりかしら?」
「それくらいになりますかね。五十五歳になる顔でも覚えてくださっているようで嬉しいですよ」
「当たり前じゃない。私の事情を知る、貴重な友人ですもの」
「それは光栄です」
クラークは口元を緩めながら、視線をオフェリアから一階にいるユーグに向けた。
「ユーグ君は、私が持っている知識の大半を吸収しましたよ」
にわかに信じられず、オフェリアはクラークに怪訝な眼差しを送ってしまう。
クラークが研究している内容は、高度な計算学を用いた最先端の魔法陣についてだ。クラークが三十年以上という長い歳月をかけて追及してきた研究を、ユーグはたった五年で自分の物にしたというのだろうか。
そんなオフェリアの動揺など些細なことのように、クラークは言葉を続ける。
「素晴らしい魔術師の卵を見つけた……というよりも、よく育てましたね。あの子は未知の魔法が目の前にあれば、貪るように学ぶ。しかもどれだけ食べても満足しない、猛獣のようだ。私が先に見つけて育てても、あのようにはならなかったでしょう」
「クラークさんがそこまで言うなんて、本当にユーグは真面目で優秀なのね」
「真面目や優秀という言葉で片付けられるレベルではありません。最初はあったはずの嫉妬も枯れてしまったほど、ユーグ君は本物の天才ですよ。生まれ持った素質も、努力できるところも桁外れ。私に、魔法陣を教えられる最高の雛を貸してくれて感謝しています。ぐんぐん成長していく姿を間近で見られて、非常に楽しかった」
ユーグと過ごした日々を思い出しているのだろう。瞼を閉じ、軽く天を仰ぐクラーク姿は、心から満足しているように見えた。
「ふふ、感謝しているのは私の方よ。五年間ユーグに魔法を教えてくれてありがとう。私だけでは、ここまで大きな翼は与えられなかったわ。ユーグも、クラークさんをもう一人の師匠と思っているはずよ。でも、そうね……ふふ、師匠がふたりなんて、なんだかユーグはクラークさんと私で育てた子どもみたいじゃない?」
「私とオフェリア殿がユーグ君の両親と?」
クラークが両眉をあげたかと思うと、隠すように額に手を当てて黙ってしまった。
魔塔の有名な研究者クラークに、無名の呪われた魔術師が並ぶような発言をして気分を害してしまったのだろうか。心配になったオフェリアが謝ろうとしたのだが、その前にクラークの口から笑い声が漏れた。
「はっ――……くくくっ、それは最高な考え方ですね。オフェリア殿にそう言っていただけるとは。ふっ、くく、失礼。少々以外で、案外嬉しくて」
クラークは肩を揺らしながら額にあった手で口元を隠し、声を押さえるように笑う。ツボに入ってしまったようで、笑いすぎたせいで皺の寄った目尻には小さく光るものが滲んだ。
そこまで面白いことを言ったつもりがないオフェリアは、戸惑いながらクラークの笑いが収まるのを待つ。
ひとしきり満足したクラークは「ユーグ君本人には言わない方が良いでしょうけどね」と付け加えると、大きく深呼吸して落ち着きを取り戻した。
「私が集めた希望の種は、ユーグ君に託しました。これから本当の戦いを迎える彼を、どうかオフェリア殿がそばで支えてやってください」
「希望の種を集めた……――って、クラークさんがユーグに魔法陣を教えたのって」
「いよいよ花が咲くと、私は信じています。それでは失礼」
質問は受け付けないと言わんばかりにクラークはさっと席を立ち、その場を離れようとする。
一方でオフェリアは、真実が知りたくて引き留めの言葉を口にしようとしたが……喉より先には出なかった。
軽く口元に弧を描いたクラークの横顔はあまりにも清々しく、やり切った顔をしていたから。つまり、花は咲くと確信しているということで――。
声をかけられないままクラークを視線で追えば、出入り口でユーグとすれ違うところだった。クラークはユーグの肩を軽く叩いただけで、振り返ることなく会場を出て行く。
(あ、ありがとう……!)
オフェリアは立ち上がると、クラークの背に向かって静かに頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます